05


「クスバがどうかしたの?」
「溺れているんだ。深い泉で溺れている。足が引っ掛かったようで、出てこられないんだよ。クスバは苦しんでいるんだ、大変だ!」
 喉をかきむしって苦しんで見せると、イジャとサヌーイも泉に走った。先に着いていたファオエンが、水中のクスバに呼びかけている。
「クスバ、大丈夫か!」
「どうせ冗談だろう」とイジャ。
 サヌーイは心配そうに泉を見ている。
「でも、出てこないわよ」
「本当に溺れているんだ」
 ファオエンは珍しく真面目な顔をして、水に手を入れた。「頭に届いたぞ。このまま引っ張るか」
 ファオエンが引っ張っても、クスバは出てこなかった。邪魔者を追い払おうと、クスバが手を振り回す。三人にはそれが助けを求めているように見えたらしい。
「クスバの奴、苦しんでいるみたいだ」
「早く引き上げよう」
 今度はファオエンとイジャが手を伸ばした。
「もう少しの辛抱だ。クスバ、しっかりしろよ!」
 二人の力では、クスバの巨体を引き上げるのは難しそうだった。おまけにクスバは水中で抵抗しているのだ。
「どいて。私がやるわ」サヌーイが手を伸ばした。水飛沫があがり、クスバの体が現れる。乱暴に引きあげられたせいで痛むのか、クスバは首を押さえていた。
「クスバ、大丈夫なの」
 むせるクスバにサヌーイが言う。
「何のことだ」
「お前、溺れていたんだろう」ファオエンとイジャが言った。
「この俺が溺れるものか。俺は自分で泉に入り、どのくらい息を止めていられるか挑戦していたんだ」
 クスバが言い終わるか終らないかのうちに、緑のサヌーイは彼を突き飛ばした。三度目の水飛沫があがり、クスバが沈む。
「くだらないことをするんじゃないわよ!」
「心配して損したな」赤いファオエンは舌打ちした。
 この様子を、傍の木の陰から見ていたのはタムと光の人ルトだった。
「おわかりいただけましたか」タムが囁く。「あの四人は、仲が悪いように見えますが、互いを憎んでいるわけではない。全く好いていないのなら、あのようにクスバを助けたりしないでしょう。喧嘩するほど仲が良い。ね? そういうことです」
「そうですね。安心しました」
 老人は顔を綻ばせた。言葉の通り、安心しきった表情だった。「あなたのおかげですね。お礼をさせて下さい」
「いえ、お礼をされるほどのことをした覚えはありませんから」
「そう仰らずに。私が安心出来たのも、あなたがあの子達の絆を証明してくれたおかげなのです」
 タムはルトと共に、あの白い箱のような建物へと戻った。タムは建物の前で待たされ、ルトは森の奥へ行ったかと思うと、何かを連れて戻ってきた。
「タム、あなたの旅はこの先も長くなるでしょう。供のものがいると何かと便利だ。一頭差し上げます。連れて行って下さい」
 ルトが連れてきたのは、三頭の象だった。一頭は神々しいほど白く、その瞳もまた純白だった。もう一頭は雨雲のように灰色の象だ。そしてもう一頭は黒象だった。瞳は黒曜石のような輝きを放っている。黒象の牙は三頭の中でも最も白く、美しく見えた。
 タムは、自分に助言したのはあの黒い象だと思った。
「この子達は花から生まれた三頭の象です。白いのは長男のナティ、灰色は長女のエメディです。黒いのは弟のサンディ。好きなのをお選び下さい」
「それでは、黒い象のサンディをいただきましょう」
 迷いはなく、タムはサンディを選んだ。サンディとタムの目が合う。
「サンディ。この子は気の優しい良い子です。さあサンディ、タムを主人としてしっかり付き従うんだぞ」
 ルトがサンディの体を撫でた。サンディは頷く代わりに、長い鼻を上げる。
 タムはルトに別れを告げ、サンディと森の出口へ向かった。森を出ると、広大な大地が広がっていた。遠くには美しい連山が見える。
「広いなサンディ」
「そうですね」
 返事をしてくれる者がいるのは、妙にありがたかった。サンディが、自分に乗るようにタムに言う。
「長く歩くことになります。後で疲れたと泣かれるのは嫌ですから、どうぞ乗って下さい」
「私はそんなことで泣かないよ」
 サンディは抑揚のない話し方をする象だった。今のところ、タムを主人として敬う様子は見られない。
 タムはサンディの軽く曲げた左脚に足をかけ、耳をつかんでよじ登ろうとする。だが二度も転げ落ちてしまった。
「象にも乗れないんですか」
「乗ったことがないんだよ」
 サンディの鼻の支えもあり、やっと乗ることに成功する。サンディはゆっくりと歩き出した。タムの体がそれに合わせて左右に揺れる。
「あの四人と落ち着いて話も出来なかったな。また会えるだろうか」
「どうでしょうね」
 サンディは素っ気なく答える。この象と上手くやっていけるのかと思いながら、タムは本を開いた。

 ――森の中で四人の兄弟と出会った。彼らの不仲を、彼らの父は嘆いていた。しかしよく見れば、兄弟は深刻なほど仲が悪いようではなかった。全く、兄弟というのは複雑で難しい。私は彼らの父から象を一頭貰った――

 揺れに慣れてくるとそれが心地好く、眠気を誘われた。タムは大きな欠伸をした。
「いい天気だな、サンディ」
「本当に」
 タムは蒼穹を見上げ、生まれて間もない太陽の眩しさに目を細めた。
「タム、あなたの気持ちは四人にきっと届いていますよ」
 象が言った。
「ああ、そうだな。そうだといいな」
 タムはそのまま、目を閉じた。



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