大切なあの人を守るために
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奇跡のダブルスピリット! ベオルフモン!
 深淵を漂う。視界がぼやけて青い。
 この海には、生きる物はわたし一人。他には何もない。
 呼吸をするたびに、したへ、したへと墜ちていく。この一番奥底には、何があるのだろう。わたしは、あまり知りたくないと思った。知りたくないし、どうしてわたしは水中にいるのだろう。


「これは、ある世界のお話だよ」


 なつかしい声が聞こえた。あの時、夕くんはスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した話をしてくれていた。わたしと望ちゃんは、そのお話に耳を澄ましていた。けれど、そんな声が聞こえるはずなかった。
 そうだ。私はわたしのターミナルからトレイルモンに乗ったんだ。だとすれば、これは当然まぼろしでしかなくて――
 だんだん、黄泉の彼方へ行ってしまっていた意識が戻っていき、目の前には誰も座っていない電車の長椅子が映っていた。
 黒いトレイルモン。闇より出でたトレイルモン。わたしの闇が、この電車を呼び寄せてしまったのか。今となっては何も分からず、わたしはただトレイルモンに乗車するしかなかった。がたんがたんと電車が揺れる度に、わたしの意識も闇へと沈んでいった。


*

 そうして、気付けばわたしは渋谷駅にいた。わたしは渋谷駅で立っている「わたし」を、上から見ていた。どうやら今のわたしは、幽霊みたいな存在になって、渋谷駅で立っているわたしを俯瞰しているらしかった。――これは、きっとわたしが気を失ってデジタルワールドに迷いこむ直前の記憶だ。
 一瞬、エレベーターに輝二くんが乗り込む姿が見えた。だけれど「わたし」はそんなことには気づかずに歩いていた。階段を降りていた。ざわざわと人の声がうるさい。その中で、一際大きな声が聞こえた。


「危ない……っ!」


 「わたし」は、振り返った。息が、止まるかと思った。人が落ちてきたことにも驚いた。けれど、その落ちてきた人は、落ちてきた人は――。夢に出てきた、輝二くんにそっくりなあの子だった。
 「わたし」は逃げようとしたけれど叶わず、そして落ちてきた彼、と共に倒れ込んだ。――そうだ、そうだった。そこで、わたしは色々なことを思い出す。
 あの時、わたしは渋谷にいる従妹の家を訪れた帰りに階段を降りていた。それが、ちょうど輝二くんたちがエレベーターに乗った時と、同時刻のようだった。
 わたしは後ろを振り返った。すると、彼、が落ちてきた。階段から落ちる彼を見て、わたしは途端に望ちゃんのことを思い出してしまった。するとわたしはその場から動けなくなって、彼と、衝突する。そしてそのまま意識が遠のいていき――、気付けばわたしは見たこともない世界にいたのだった。
 ――だから、わたしは夢で輝二くんによく似た子の姿を見ていたのか。けれど、今更それが理解したところで何もなるわけがない。
 わたしは男の子の下敷きになる「わたし」を見ていた。周りの大人たちが、子どもたちが階段から落ちた、と騒いでいる。わたしたちを介抱しようとしている。
 わたしはその光景を傍観していた。すると、今度は辺りが真っ暗になる。これは、気絶した「わたし」のヴィジョンなのかもしれない。目の前には、闇に染まったトレイルモンがあった。もし、これに乗り込んだら。わたしはどうなるんだろうか。輝二くんたちに会えないまま、望ちゃんと分かり合えないまま、闇に沈んでいくのかもしれない。――そんなのは、いやだ。
 「わたし」はうつろな瞳で、トレイルモンに乗り込もうとしていた。


「……行っちゃ、だめだよ!」


 わたしは、「わたし」に向かって大きな声を出した。その瞬間だった。
 目の前に、金色の烏が現れた。――ヤタガラモン、の姿だった。ヤタガラモンは「わたし」を抱えて羽ばたいていった。

 それから、しばらくして、目の前には森が広がっていた。ここは、最初にわたしが意識を取り戻したときにいた森だ。
 ということは、つまり、望ちゃんが闇に堕ちそうになっていたわたしを助けてくれた、ということだ。


「望、ちゃん……!」

 どうして。わたしは、あの子を傷つけたのに。わたしなんかを、救ってくれたのか。
 ヤタガラモンからは今のわたしの姿は見えないようだった。けれど、望ちゃんはわたしを助けてくれた。そのお陰で、わたしは皆に出逢うことができた。
 ――行かなきゃ。わたしの為に戦ってくれた望ちゃんの為にも、拓也くんたち皆にも――、そして、輝二くんの為にも。
 再び、ヴィジョンが変わった。「わたし」を俯瞰していたわたしは元に戻り、今度は視界には渋谷駅が目に映る。大人の人が、まわりにいっぱいいた。


「女の子のほうが、目を覚ましたぞ!」
「君、大丈夫かい!? 今、病院に連絡したばかりだから――」
「大丈夫です」


 気絶したままの男の子を避け、わたしは起き上がる。頭がずきずきと痛む。けれど、わたしは長いながい階段を、駆け下りる。大人が、どこへ行くんだと叫ぶ声が聞こえる。
 きっと地下には、望ちゃんがまだいるはずだ。わたしは、望ちゃんを傷付けていてばかりだ。もう、こんなことはあってはならない。わたしは、今、強くならないといけない。
 今頃、皆は戦っているだろう。輝二くんは頑張っている。――もちろん、あの男の子も。きっと、この子はダスクモンだ。
 走り続け、わたしは地下にたどり着く。けれど、その地下はいつもの地下鉄乗り場とは様子が異なっていた。そこには、トレイルモンのケトルがいて――予想通り、望ちゃんが倒れていた。


「望ちゃん!」
「……想、?」
「想だよ! 望ちゃん、望ちゃん! 痛くない!?」
「いいの。……さっき、ロードされて。私、人間界に戻って来たんだね」

 望ちゃんはゆっくりと身体を起き上がらせた。そして、辺りを見渡した。

「最初にわたしを助けてくれて、ありがとう。今度は、わたしが望ちゃんを守るから、だから! もう一回、デジタルワールドに行こう!」
「平気よ。――私は、行かないわ」
「えっ、」
「想に逢えたから、もういいの。ケルビモンやメルキューレモンを倒すのは……きっと、その望みは想たちが叶えてくれる。そのスピリットは、想が持っているほうが、いいわ」
「で、でも……」
「ほら。皆が待ってるんでしょう。私はきっと、ここまで。先に、夕樹のところに戻ってる」

 その時だった。ポケットに入れていた、携帯が電子音を奏でた。


 ――比沢想さん、これはあなたの運命を決めるゲームです。
 スタートしますか、しませんか。


 再び、選択肢が現れる。あの時とは違う、今度は携帯に文字が現れる。
 わたし戸惑って望ちゃんを見た。デジタルワールドに行きたい。けれど、望ちゃんを置いていくなんて――。

「想。デジタルワールドに行って――あの子を助けて」
「……ダスクモンのこと?」
「うん。ダスクモンは、光の子じゃないと救えない。けれど、光の子を支えられるのは、想だから」

 輝二くん――。そうだ。今頃、輝二くんはあの子と戦っている。それならば、答えはYESしかなかった。わたしは、携帯のボタンを押して選択した。

「……望ちゃん、ありがとう。大好きだよ」
「私もだよ。……いってらっしゃい、想」


 わたしは望ちゃんを抱きしめる。お姉ちゃんみたいな、わたしの大好きなお友達だった。
 そして、わたしは拳を強く握り締める。ねえ皆――わたしは、今行くよ。


「スピリット・エボリューション」

「イナバモン!」


 そしてわたしは、新たな色の闘士へと姿を変貌させ、トレイルモンに乗り込む。もう闇のトレイルモンが現れることはなかった。
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