咎を抱えて色褪せる
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親友との再会 想の追憶!
 輝二が迷い込んだのは、森だった。
 触手に捕らえられる寸前、想は輝二に手を伸ばした。しかし、輝二は、想の手を取れずにこの地に迷い込み――そこで、カラテンモンに遭遇した。
 カラテンモンはスピリットを欲していた。輝二は進化して、カラテンモンを倒そうとしたが、ヴォルフモンの攻撃は通用しなかった。ヴォルフモンはカラテンモンに押され、苦戦していた。
 ヴォルフモンは、息を荒くしながら立ち上がる。


「くっ……」
「ほう、ここまでやられても立ち上がるとは、見上げた精神力だな。……だが、どんなに強い者でも弱い心を持っている」

 ヴォルフモンが、再び反撃しようと剣を構えた。

「……お前は、友達を持つことを恐れているな。見えるぞ! お前の心の弱さが!」


 そう言われて、思い出すのはデジタルワールドに来る前の自分のことだった。
 今までの輝二は、人間関係を築き上がるのをためらっていた。更に輝二は、幼い頃から産みの母親が亡くなったと聞かされ、信じてきた。
 誰かと共にいても、いつかは必ず別れが訪れる。だから、友達は必要ないと思っていたのだ。


「お前は友達を得ても、心から喜べない。どんなに仲良くなってもいずれ別れるときが来ると知っているからだ。どんなにそれがお前の弱さだ!」
「それがどうした……! 俺には、友達も、家族も必要ない!」


 しかしそれは虚勢だった。
 ――二人の母の姿が、輝二の脳内をよぎる。物心付いたときには亡くなっていた母親と、三年経っても「母さん」と呼べずにいる義理の母親。
 そもそも輝二がデジタルワールドに旅立った日は、両親の結婚記念日だった。母親へ贈る花束を買いに行っているときに、メールを受信した。
 あの時、「YES」を押さなかったら、輝二はここにいなかった。拓也や、想たちに出会うことはないままだった。


「家族……? そうか、母親か!」


 カラテンモンに、見破られたのだろうか。だが、こんなところで怯むわけにはいかない。ヴォルフモンは、カラテンモンを睨む。
 輝二は、この世界に来てから変わった。拓也たちと過ごして、あらゆることを学んだ。心の底からこの世界を、仲間を守りたいと思ったのだ。輝二は、想の姿を思い浮かべる。
 前から、想は何かを隠そうとする。テレビの森でも、闇の大陸でも。エレキモンの集落でも、純平には語っていたのに自分は何も知らなかった。口には出さなかったものの、輝二はそれが腑に落ちなかった。
 二人の表面上の性格は全く異なる。だが、輝二は想と自分は、似ているのかもしれないと思った。――どちらも、人との関わりが不器用で意地を張りたがるのだ。
 ダスクモンの攻撃に打たれ気を失い、目覚めると想がいた。輝二はそのことに安心して、想に触れたくて、指を絡めた。想は顔を赤くして走りだしてしまって、手が離れた。そのまま想の手を握ることができなかったのは、想に嫌われたくなかったからだ。そもそも輝二は人の接触を拒んでいた。だから、こんなに色々なことを思うのは、想が初めてだった。
 輝二は想のことを知りたかった。想の傍にいたかった。想に、会いたい。


「……ッ、ヴォルフモン! スライドエボリューション!」


 ヴォルフモンはガルムモンになり、必殺技を喰らわせた。高速で攻撃を繰り出していけば、カラテンモンにあっという間にコードが浮かび上がる。いつものデジコードをスキャンする時のセリフを言うのが煩わしくなり、そのままスキャンした。
 目の前には、新たな扉が現れた。輝二は、扉の向こうへと進む。


『お前の心はいつも孤独だ――』


 ――ただ、カラテンモンの声が、離れなかった。


*


 鋼の闘士のそれは、聖書に出てくるとある樹を模したものだった。彼はいわゆる悪役であるというのに、神話の樹の体を成している。考えすぎなのかもしれないが、運命は皮肉めいているような気がした。
 しかし私はそこに向かわなければならなかった。ハクジャモンとしてこの世界に存しているだけで、ケルビモンの誘う声がきこえる。きっと、色の人型のスピリットを手に入れろとーー、そう言いたいのだろう。
 そもそも私がこの世界にやってきたのはメールに導かれたからだ。
 私がデジタルワールドにやって来たのは、「奇跡」だった。
 私はあの日、オファニモンからのメールを受けて渋谷駅に行った。母親の携帯を勝手に持ち出して出かけた。あとで怒られるかどうかなんてことは全く気にしていなかった。


 ――千代田望さん。これは貴方の未来を決めるゲームです。
 あなたが選択することにより、世界は奇跡のように変わるでしょう。


 私は奇跡だとか運命だとか、論理的でない不確かな言葉が嫌いだ。それなのに、私の足は自然と渋谷駅へ向かっていた。今から考えると、私が渋谷駅へ向かった行為自体が「奇跡」とやらだ。
 電車に乗ると、他にも私と似たような境遇の子どもがいたらしく、車両内で一斉に携帯が鳴り出した。ゴーグルの少年が(後にそれは想の仲間の彼だということが分かったのだけれど)叫んでいた声が聞こえていた。
 時計を見れば時間はあまりなく、だから私は下車してから急いで地下へ向かおうとした。エレベーターか階段を使うかで迷っていたときに、私は懐かしい人の姿を目撃したのだ。


「……想、」


 想が、階段を降りていた。
 しかし、階段を降りていたのは想だけではない。想の後ろを駆け下りていた、青い野球帽をかぶった少年がいた。その少年が、階段から落ちようとしていた。そういえば私の乗っていた車両には彼とよく似た男の子が乗っていたような気がする。
 すべてがスローモーションに映る。あのままでは、想は彼にぶつかって落ちてしまう。


「危ない……っ!」


 かつてのわたしと、おなじように。
 そして、少年は想を巻き込み倒れてしまっていた。


 それからの記憶は朧気だった。ただ、私はがむしゃらに走って地下までたどり着いた。息が荒く、私はそのまま電車のなかで気を失っていた。怖くてこわくて、どうしたらいいのか、分からなかった。
 そんな時、目の前に現れたのは冷たい目をした兎だった。ケルビモン、だった。ケルビモンの手が、私に近づく。私は拒絶しようと声を出したが、闇の中に私の声が響くことはなかった。ケルビモンが、ゆるやかに近づいていく。そして、


「ハクジャモン」


 兎に呼ばれた名前の姿に、私は変貌してしまっていた。それから私はケルビモンの傀儡と化してしまったのである。……。


 元々はオファニモンというデジモンが誘ったのだが、結果的には私はケルビモンの傀儡としてここにいる。不幸中の幸いだったのは、ハクジャモンとしてケルビモンに操られる一方、ヤタガラモンとしては確固たる自我を保つことが出来た。

 こんなに薄暗い地でも、森林はあるし、花が咲いている。万物には命がある。故に、私はその花を傷つけないように、そっと森を抜け出す。そして、セフィロトの樹へと呑み込まれていったのだ。

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