咎を抱えて色褪せる
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 皆、いなくなってしまった。わたし一人だけが、ここに取り残されてしまった。辺りを見渡しても、出口のようなものはない。


「ど、どうしよう!」


 とりあえず進化をして出口を探そうと思って、わたしはポケットからデジヴァイスを取り出す。その瞬間、だった。
 目の前がぐにゃり、と揺れた。そして色あせていく視界。地震のように辺りがぐらぐらと揺れて、わたしは瞳を閉じる。
 揺れがなくなったと感じると、わたしはゆっくりと瞳を開いた。
 ――気付けば、わたしは夜の海のような場所にいた。コロシアムがあった茶色い大地は、すっかり海へと姿を変えていた。辺りには、やっぱり誰もいなかった。空にはいつもあるはずの、三つの月の姿もなかった。波の音しか聴こえない。静かで不気味だった。辺りは薄暗く、色がなくなったように見えてしまった。
 どうして変わってしまったのかは分からない。けれど、はやく、ここから出なくちゃ。わたしは、拳に力を入れて歩き出した。今頃、皆はどうしているのだろう。不安で、寂しかった。
 一人で歩いているときに思い出すのは、昔のことだった。かつて大好きだった二人と過ごした、幸せな時間の、こと。
 二人とはじめて話したのは、病院の売店前のソファだった。声を掛けてくれたのは、夕くんだった。病院には子どもが少なくて珍しかったから、わたしたちはすぐに仲良くなった。
 それから、わたしは夕くんのいる病室にたびたび訪れるようになった。夕くんと望ちゃんとわたし、三人で遊んでいた。
 それまでわたしは、放課後に約束をして遊ぶような友達がいなかったから、遊びに行くわたしをみて、お父さんもお母さんもとても喜んでくれた。

 ある日のことだった。いつものように遊んでいて、わたしと望ちゃんは病院近くの公園にいた。わたしの手には、本があった。それは夕くんのくれた本だった。


『この世界のあらゆる物には、魂が宿っているんだよ』


 なんて、今から思えば少しオカルトめいたことを話しながら、以前夕くんは神話の本をくれた。
 わたしと望ちゃんが二人でブランコに乗って遊んでいると、遠くの方から女の人の影が見えた。わたしは知らない人だからと気にしていなかったのだけれど、望ちゃんは違った。


「……お母さん」
「え、あの人が?」


 お母さん、は望ちゃんを睨んで、つかつかと歩いてきた。何でも、夕くんが入院してからはじめてお見舞いに来たらしい。
 望ちゃんのお母さんはそのまま望ちゃんの前に立つと、彼女の頬を叩いた。望ちゃんがびく、と震えた。わたしも、とても怖かった。


「何してんの、行くよ。……ごめんね、こんな子に付きあわせちゃって」
「え、」


 それから望ちゃんのお母さんは、望ちゃんの腕を掴むと連れて行ってしまった。公園を出た先にある下り階段を、二人は降りていく。太陽の光が、望ちゃんたちをオレンジと黒の影に染め上げていた。
 けれど望ちゃんは何か言いたそうだった。わたしは望ちゃんを助けだすために、二人に向かって走った。


「望ちゃん、待って!」


 望ちゃんのお母さんが行くよ、また強く望ちゃんの腕を引っ張ったのと、わたしが走ったのは同時だった。
 運が悪かった、としか言いようが無かった。わたしは望ちゃんを助けようと思ったのに、わたしは望ちゃんとぶつかってしまった。
 そしてぶつかった衝撃で、望ちゃんは足をすべらせてしまった。望ちゃんの目の前には、階段が広がっている。何もかもがスローモーションになる。お母さんとも手が離れてしまったらしく、望ちゃんは、階段から真っ逆さまに落ちていった。
 ――ドン、と音がした。わたしは、階段下を見る。そこには、倒れた望ちゃんの姿があった。頭には血が僅かに滲んでいた。


(わたしの、せい……?)


 心臓が嫌にうるさく鳴る。こわい、こわい、こわい。本来ならば、不運な事故で済む話だったのだろう。けれど、当時のわたしにはとてもそうは思えなかった。望ちゃんに、嫌われてしまうのではないか。わたしも同じように、望ちゃんのお母さんに頬を打たれてしまうのではないか。


「望! ……何してんだよ、うちの子に! 親の連絡先は」


 望ちゃんのお母さんがわたしに向かって罵倒する。わたしを激しく睨む。
 わたしは――怖くて、走りだした。泣きながら走って、目を逸らした。走り続けたビルのエレベーターに飛び乗って、わたしは逃げきることができた。
 走っている途中で、夕くんの本を置き忘れてしまったことに気付いた。――公園には、夕くんがくれた本だけが取り残された。

 それから、わたしは一度も望ちゃんにも夕くんにも会うことはなかった。わたしは病院に行くのを、公園に行くのをやめた。それからそのまま三年の月日が流れた。
 わたしが生きてきた短い時間のなかで、いちばん楽しかったのはあの病院で過ごした時だった。――デジタルワールドに行くまでは、そうだった。
 今は、仲間がいた。泉ちゃんが、拓也くんが、純平さんが、友樹くんが、ボコモンとネーモンが、――そして、輝二くんが。
 わたしはときどき漠然と、この自分の世界がいつか失われてしまうのではないかと思う。三年前に失ってしまった大好きな友人。再び、同じ過ちを冒してしまいそうな感覚に襲われて、その度にわたしは自分を呪いたくなる。
 仮に事故だったからと言い訳が済んでも、わたしは望ちゃんから逃げた。そのことだけは、わたしの胸に深く刻まれた罪だ。

 人は皆、罪を抱えているというのは以前読んだ本に書いてあった。わたしも、同じ。
 こんな不気味なところにいるから、余計に暗くなってしまったのかもしれない。

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