逃げて考えること
拓也くんも戻って来てくれて、輝二くんも元気になって、再び六人全員が揃った。[2/2] わたしたちは、再びバラの明星へ向かうために歩き出していた。 色々考えたけれど、ヤタガラモンとハクジャモンは同一の存在である――と推理するのがいちばん妥当だった。だけれど、そのヤタガラモンの言っていた目的は何? 何のために悪の闘士として存在するの? なぜ、わたしを知っているの。 わたしを知っていてわたしを助けようとしてくれる人なんて、今ここにいる五人とボコモンとネーモン以外にいるのだろうか。わたしは現実世界での友達は少なかった。仲がいい子なんて――それこそ望ちゃんと夕くんくらいだった。 けれどわたしは、事故とはいえ結果的には望ちゃんを突き落とした。だから、あの子がわたしの前に現れるはずがない。 わたしは望ちゃんを突き落としたあの日、自分で何もかも壊してしまって逃げた。逃げて、逃げ続けたはずなのに気付けばこの世界にいた。 「想、どうかしたのか?」 「なっ、何でもないよ……っ!?」 考えていたところに、輝二くんが声を掛ける。 わたしが何でもないと言うと、輝二くんは眉間にシワを寄せてから、ほんの一瞬、少しだけ悲しそうな表情になった。 けれど、わたしは輝二くんには自分の暗いことを知られるのが嫌だった。本当は色んなことを話したい。だけど、輝二くんに嫌われたくなかった。 「言いたくないなら、無理に言わなくていい。だが、あまり抱え込むなよ」 「う、うん……ごめんね」 輝二くんの言葉に、泣きそうになる。わたしは、ずるくて卑怯だ。 * わたしたちが歩く列の先頭では、純平さんが、何だかとってもご機嫌だった。 「それ、いっちに、さんしっ」 「純平さん、楽しそうだなあ〜」 「純平のやつ、いつからリーダーになったんだ?」 拓也くんは呆れ笑いだったけれど、何だか楽しそうだ。もちろん、拓也くんだけじゃなく、皆。やっぱり、久しぶりに全員揃えたからだろう、わたしも今こうして皆と歩いているだけで心が弾む。 「ボクもリーダーやってみたい!」 「じゃあ、甘えん坊は卒業しなくっちゃな?」 「純平さんだって、チョコレート大好きな甘えん坊だよ?」 あはは、と笑う。友樹くんかわいいなあ。 歩を進めていると、純平さんの前で急に道が裂けた。地が、純平さんより先を歩いていたボコモンとネーモン、わたしたちを別つように崩れる。 目の前ににあった道がみるみるうちに崩れ去り、大きな空洞ができたかと思えば、今度は急に風が吹き荒れた。 「わああああっ」 飛ばされる最中、風にかき消されて聞こえにくかったけれど、ボコモンの、わたしたちを呼ぶ声がたしかに聞こえた。――せっかく、みんな無事に揃ったと思ったのに。 わたしたちは飛ばされていき、そのまま赤い洞窟のようなところに吐き出される。わたしは思いっきり顔面ごとダイブしてしまったようだった。ひ、ひどい――。 身を起こそうとしたけれど、突風の衝撃で腰が抜けて立ち上がれない。 「想、どうしたんだよ座ったままで」 「……手、貸してください」 「立てないのか?」 拓也くんがわたしを見下ろしている。 わたしは拓也くんの問いに返事がわりにこく、と頷く。すると拓也くんが「ほら、」とため息をついてわたしに手を差し出した。 「ありがとう、拓也くん!」 「想さんも、甘えん坊さんだね?」 「ち、違うよ!?」 年下の友樹くんに言われるとショックだった。 「……やっぱり、拓也くんはお兄ちゃんみたい」 「へいへい。輝二も、こういうときに手、出せるようにしろよー?」 「何だと拓也」 拓也くんがにやり、と笑いながら言った。 いや、でも仮に輝二くんが今手を差し伸べてくれていたら、今頃わたし恥ずかしさのあまり悶えているけど――。輝二くんも拓也くんにからかわれて顔赤いし。 「……でも輝二くんはお兄ちゃん、って感じしないなあ、名前に二って入ってるし」 「確かに俺は兄弟はいないな。ひとりだ」 「……てか、オレ、輝二が兄ちゃんとか、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」 今更輝二くんそっくりの暗い性格な輝一お兄さん、とか出てきても驚かないけどね。それにしても、長男なのに二ってやっぱり不思議な名前だなと思った。 あ、拓也くんの言葉はとりあえずスルーしようと思います。――皆、色々わたしたちに対して勘違いし過ぎのような気がする。 それから、この辺りを調べた。輝二くんが言うには、どうやら、わたしたちは何者かによってここに閉じ込められてしまったらしい。その言葉を受けてわたしと拓也くんは洞窟の岩壁を触ったり、じっと見たりする。けれど、どれもが普通の岩とは違うもののようだった。 「……あれ。純平は?」 「あっちへ行ったわよ」 泉ちゃんが指差す方に、皆で向かった。でも、そこには純平さんの姿はなかった。そこは行き止まりで、奥には赤い目玉のようなものがあった。――ダスクモンみたいだ。 大丈夫、こわくない。純平さんを探さなきゃ。純平さん、どこにいるの。 以前、エレキモンさんの集落で純平さんにわたしの昔のことを話をしたことがあった。それはわたしが純平さんは信頼出来る人だと思っていたからだ。ううん、純平さんだけではなく、皆、信頼出来る大切な人。――でも、さっきのわたしは、輝二くんには、何でもないと言ってしまった。 「……純平に、何かが起こっている」 拓也くんがそれを言った瞬間、天井から巨大な板が降ってきて、それはまた地面に消える。それが去ったかと思うと、今度は赤い色の触手が出てきた。――気持ち悪い! 「な、なにこれっ」 触手に、手がつかまえられそうになる。 「きっと純平も……!」 「えっ。純平さんもこれにへんなとこ触られてるのっ?」 「どんな勘違いだよ!」 泉ちゃんもこの触手に触られたみたいで、拓也くんを殴ってた。と、とばっちりだ。 でもひどいよ、この触手――。皆で、顔を見合わせて、頷く。そうしてデジモンになったわたしたちは、奇妙なものに必殺技を喰らわせていく。五体もいれば、あっという間に片付いてしまった。 純平さんも、きっとあの扉の向こうにいる。あの扉の向こうで、大変な思いをしている。そしてわたしたちは、拓也くんを先頭に、扉の中へ入っていった。 そこには、コロシアムみたいなものがあった。観客は、何十人ものわたしたちの分身。皆、目に光がなくて意地悪そうな顔をしている。こ、こわっ……! 「な、何だこいつら、一体……! 純平!」 「皆っ! ……やっぱり、来てくれたんだ」 「純平さーん!」 純平さんの目の前には、黒いブリッツモンがいた。 「ふっ、ちょうどいい。お前を倒し、あいつらを始末しよう」 「そんなことさせるか!! スピリット・エボリューション!」 純平さんは、ボルグモンに進化した。すると、黒いブリッツモンは同じように黒いボルグモンになる。 「アルティメット・サンダー!」 黒いボルグモンは純平さんのボルグモンに必殺技を喰らわせるが、全然効いていない。純平さんボルグモンは、黒いボルグモンに砲口を向けた。 「ば、ばかな! この近距離で打てば、お前自身も無事では――っ!」 「皆を守るためなら、俺はどうなっても構わない……!」 純平さんすごいかっこいいこと言うなあ。うう、何だか感動して泣きそうだ。 「フィールド・デストロイヤー!!」 その瞬間、激しい光と爆発音が響いて、辺りが真っ白になる。黒いボルグモンは、倒れたみたいだった。 「純平さーん!」 「大丈夫か!?」 わたしたちは、純平さんの元へ駈け出した。 「皆、ありがとう……来てくれたんだね」 「皆心配したぞ?」 「急にいなくなっちゃうんだもん」 「会えて良かったわ、純平」 泉ちゃんにそんなこと言われるなんて最高だね、純平さん。だけれど、何故か純平さんは俯いてごめん、と言った。 「……おれ、ほんの少しだけ、少しだけ、皆を疑った!」 「一体何のこと?」 「でも、そのときに思ったんだ。友達って、信じることが大切なんだって。おれたち、六人のように」 信じる、かあ。 わたしは、この間のエレキモンの集落でのことを思い出す。一歳だけ年上なだけなのに、純平さんはものの考えとかもしっかりしている。だから、わたしも、断片的にとは言え望ちゃんのことを話せた。 よくよく考えてみれば、わたしが自分の昔のことを言ったのなんて、純平さんがはじめてだった。泉ちゃんにも、輝二くんにも話したことがないのに。 むしろ、わたしは、輝二くんにはそういう自分の暗いところなんか知られたくないと思ってしまった。テレビの森で傍にいてくれたのは、輝二くんだったのに。――いつか、話せるようになりたい。 「難しいこと言うなよ」 「いいんだ、おれ自身の問題だから」 「わたしも純平さん信じてるよ。純平さん、何でも話しやすいもん」 「……想、ありがとう。皆も、無事でよかった! ……うわあっ」 そのとき、だった。地から触手が生えてのび、わたしたちを捕まえようとした。空間にも、あのダスクモンの目に似た不気味な扉が現れる。 逃げようにも、皆、捕らえられてしまって。 「こ、輝二くん!」 「想!」 咄嗟にわたしが手を伸ばしたのは、輝二くんのいる方だった。輝二くんも、わたしの方に手を伸ばす。あと少しで届きそうなのに、だめだった。扉も触手も、輝二くんたちを攫うと消えてしまった。――そしてわたしは一人、この地に取り残された。 121229 NOVEL TOP |