17 武器
- 「お前、ライナーを殺せるのか?」
そう問いかけた時、向かいの相手は言い聞かせるように機械的に呟いた。
「殺さなきゃいけない。きみは巨人の力で、私は武器の力で、敵を殺すんだ」
◆◆
「クソ真面目。お人好し。面白みのねえやつ」
――誰かにベロニカのことを聞かれたら、ジャン・キルシュタインは3つ指を折り曲げてそう答えただろう。
入団式で耳にした「鎧を倒す」なんて大言壮語を、同期なら誰もが覚えている。あとから顔を見て、こんな人畜無害そうなのが?と意外に思ったのは、なにも己だけではないはずだ。みるからに頼み事を断れなさそうなお人好しで、実際に個性豊かな女子たちをどうどうと落ち着かせたり、損な役回りを押し付けられているのをよく見かけた。目立つ点と言えば技巧でトップの成績を収めたところくらいで、それ以外の実力が抜きん出ていたこともない。こういう口だけのバカが早死にすんだよ、だなんて斜に構えていたのは……まあ、若気の至りというやつか。
一を言えば百返してやるとばかりにすぐ突っかかってきたイノシシ野郎と違って、「ジャンの言う通りだ。実力を補えるようもっと頑張るよ」みたいな恐ろしくまっすぐな回答しか返ってこないので、全くもって煽り甲斐もなく。自己研鑽がすべてで、ひどく自己完結して、大人びている。話すとなんだか自分がちっぽけなように感じられて、正直に言って接しにくい相手だった。
印象が変わりはじめたのは調査兵団に入ってからだ。正確にはあの日、ライナーとベルトルトの正体が発覚した日――はじめて、ベロニカの復讐心を目の当たりにしてから。
首の痛々しい痕を見れば暴力を振るわれたのは一目瞭然で。ライナーが女にそんなことをしたなんて信じたくなくて、ひどくショックを受けたことを覚えている。だがそれ以上に、特別慕っていた相手が親の仇だと知った彼女の感情は計り知れない。捨て身で鎧に斬りかかり、「こいつらは敵だ」と吐き捨てた時の目の色はまるで別人で、苛烈な怒りで燃え立つようだった。
そうしてライナーを逃がして以来、ベロニカはずっと思い詰めた様子でいる。事情が事情だ。心配をかけまいと気丈に振る舞っているのは分かるので、無理に心の内を話せとは言わないようにしてきた。……が。
「オーイ、ベロニカ生きてるか?」
食堂の机で腕に顔を埋めて撃沈しているベロニカを、コニーが心配そうな面持ちでツンツン突いている。返事をするように力なく手のひらが上がるも、すぐへたっと机に落ちた。「ダメだ。さっきから『うん』しか言わなくなっちまってるぞコイツ」向かいに座っていたエレンが頬杖をつきながら半目でため息をついた。
最近はいつもこうだ。自分たちが王政の安定化に努め、兵士として訓練を続ける傍ら、この二人はまた別行動でいろいろと実験に参画しているらしい。硬質化の実験で連日巨人の力を使い果たして帰ってくるエレン、そして先祖の手記を解読して以来、慌ただしく技術班と作業場に籠りはじめたベロニカ。彼らを囲むように周りに座り、飯を食べるのが日課になりつつある。
「エレン、私の分も食べて。たくさん食べて体力回復しないと」
「だからいいって。お前もこれから復興の手伝いに行くんだろうが」
ミカサに甲斐甲斐しく世話を焼かれているいけすかねぇ死に急ぎ野郎が目の端に映り込む。……羨ましい!ギリッとジャンは歯を食いしばった。
「それにしてもベロニカがこんなになるなんて、よほど切羽詰まってるのかな?新兵器の開発は……」
「そうなんだよ全然まだ実用段階じゃない」
「うお!喋った!」
急にムクッと体を起こしたベロニカにコニーがビックと肩を跳ねさせた。
「型はできてる。文献にあった信管技術を使いこなせれば間違いなく強力な兵器になるんだ、この壁の中で一番の!問題はどう活用するか、弾頭に硬質化の結晶を使う案も出たけどそうすると内部からの爆発の威力まで軽減されてしまう、かといって今のままじゃ貫けるかどうか……これ以上となるとさらに射出速度を、――……あ!ちょっと待って今思いついた!これなら手持ちをブチ込めばいける!!」
あ、違うわ。
ジャンは悟った。大人びてるとかじゃない。こいつ、思ったより周り見えてねぇしほっとくと人を頼らず勝手に限界迎えるタイプだ。
だんだん熱が籠った口調になり、ついにはガバッと懐から取り出した手帳に猛スピードで書き殴りはじめたベロニカの目つきは完璧にキマっていて、あたりにドン引きした空気が流れる。隣のサシャが彼女の肩を掴んでガクンガクンと揺さぶった。
「どーしたんですベロニカ!?ついに壊れちゃったんですか!?大丈夫ですか!?私の声聞こえてますか!?あっ調子悪いならパンいらなかったりしますか!?」
「次は工業都市行って新素材の調査を」
「何も聞こえてねぇな」
だめだこれ。何日寝てねぇんだよ。呆れながら「オイはやくコイツを寝かせろ」と口にすると、ミカサが立ち上がった。あっという間にベロニカを椅子からひっぺがすとヒョイと右肩に担ぐ。
「おろしてミカサ……この後もまだやらなきゃいけないことが……」
「……」
無視である。そのままぷらんぶらんしながら連行されていくベロニカの姿を見て、ジャンは「う……羨ましい!」とギリッと拳を握りしめた。その横で、「あいつ……なんかハンジさんに似てきた気がする」と遠い目のエレンがボソッとこぼすのであった。
ベッドの下段にドサリと下されると、ベロニカはようやく我に帰った。「あれ……?ここ……宿舎……?」とうろうろあたりを見渡す。みんなと食堂にいた気がするのだが、正直何を口走ったか覚えていない。ベロニカの手帳を片手に、じっと無言で圧を送ってくるミカサに冷や汗を滲ませながら、おそるおそる問いかけてみる。
「え、えっと……?ミカサ?送ってくれた?のかな?ありがとう……それでその……それ、返してもらっていいでしょうか……?ないと作業に差し支えが」
「ダメ。寝て」
「え?」
「寝て。起きるまで没収」
「えー……?」
ミカサはふうとちいさく息をつくと、困惑しっぱなしのベロニカが横たわるベッドに軽く腰掛けた。
「……ベロニカ。あなたのやっていることは役に立つ、し、これからの戦いに必要。でも、だからといって無理してはダメ。エレンもアルミンも、みんな心配している」
ミカサは不器用ながらも、訥々と言葉を紡ぐ。軽く目を閉じて再び開いたあと、真摯なまなざしでベロニカの目を覗き込んだ。
「あなたが手がけた武器は、どんなものであろうと、必ず私が一番に使いこなしてみせる。――だから、安心して」
前髪をさらっと払って、少しだけ微笑んでみせたミカサを唖然としながら見上げる。ベロニカは疲れ切った脳に浮かんだ言葉をそのままぼろっと垂れ流した。
「ミカサ……世界一かっこいい……」
「……そう?」ミカサは少し恥ずかしげに俯く。凛とした佇まいにさらに可愛らしさが加わって、なんというか、これは惚れるのも無理はない。この瞬間をひとりじめしてしまったことをジャンに謝ったほうがいい気がしてきた。
気を取り直して、ベロニカはミカサにふんにゃり微笑み返した。「分かった。今はゆっくり休んで、また頑張るよ」そう口にして、天井に手を翳してぎゅっと拳を握りしめる。
「鎧を穿つために」