10 暗鬼
- 巨人発見から11時間後。巨人が侵入したであろう壁の破壊箇所の特定に赴いた南班、そして合流したナナバたち東班を待ち受けていたのは、壁にはどこにも穴が見当たらないという不可解な真実だった。心身共に疲弊し、これ以上の捜索は続けられないと判断した彼らは、偶然発見した古城でしばしの休息を取ることになる。
劣化で文字の掠れた看板には『ウトガルド城跡』と記載されていた。安全の確保のため、まずは兵士総出で内部をあらかた見聞する。誰も寄り付かない壁のほど近くにもかかわらず、つい最近までならず者が根城にしていたのか何者かが生活していた痕跡があった。「幸運なことに井戸の水も腐ってはいないようでした」ベロニカは自身の発見をゲルガーたちに伝えた。「これで汲めそうなので、今のうちに馬に水をやってきます」倉庫の中で見つけた縄と木桶を掲げてみせると、「それなら俺も手伝うぞ。一人より二人でやった方が早いはずだ」とライナーが立ち上がった。
「月が出てて助かったな。松明を無駄に浪費せずに済む」
「だね……もう少し早く雲が晴れててくれれば壁の破壊箇所の特定も早めに済んだかも」
「違いない。とにかく、明日に備えて今はゆっくりと身体を休めねぇとな……」
崩れかけの城内を青い月明かりが照らしている。足元の石くれを避けながら桶を両手で持ち上げると、たっぷりと入れた水がちゃぷちゃぷと音を立てた。
「それで最後か?俺が持つ」
「あっ」
有無を言わせず、水の入った桶が二の腕までシャツを捲ったがっちりとした腕にあっという間に掠め取られた。「ありがとう」と礼を口にすると、「こんなことでいちいち礼を言わなくていい」とライナー。予想通りの返しにベロニカは苦笑した。
厩舎へ辿り着き、飼槽に水を入れてやると馬たちもよほど疲労していたのかごくごくと勢いよく水を飲み始める。それを見守りつつ、木箱に寄りかかって一休みしていると、隣から聞き慣れた低音が降ってきた。
「ベロニカ」
「?」
名前を呼ばれてライナーの大きな体躯を見上げると、思いの外真剣な表情でこちらを見ていて心臓がどきりと高鳴る。静かな夜だ。ふたりきりになるのは随分と久しぶりで、月明かりで地面に落ちる影がよりいっそう状況を意識させていくようだった。無言のまま大きな手がこちらに伸ばされる。頬に湿った硬い指が触れて、ベロニカは肩をびくりと震わせた。思わぬ距離感に混乱していると、痛くない程度にぐいと横に拭われる。
「泥がついてた」
「……え……あ……そう。」
「……?どうした?」ライナーは不思議そうな顔でこちらを見下ろしている。ベロニカは今になってじわじわとあつくなってきた顔を逸らして、なんでもないともごもご呟いた。いや、わかっている。ライナーに他意はないのだ。別にこんなのは頭を撫でられるのと変わらないし、いつもの妹扱いと同じじゃないか。なのになんだか今日はおかしい。触れた体温、自分との体格の差。そういったものが妙に気恥ずかしく感じられた。ちょっと前までこんな風にはならなかったのに。落ち着け。落ち着くんだベロニカ・ファイト。そう懸命に自分に言い聞かせる。謎の羞恥心から内心で悶えていると、具合でも悪いと思われたのか気遣ったような声が降ってくる。
「お前、本当に大丈夫か?さっきから随分顔色が悪いぞ。これだけ動きっぱなしなんだ、無理もないが……出立する前にも言ったが、何か言いたいことがあるなら一人で抱え込むなよ。遠慮せず、いつもみたいに頼りにしてくれればいいんだ。」
「俺たちは仲間だろ?」話してみろ、と落ち着いた声音。きっとライナーなら何を言っても受け止めてくれるに違いない、という思考がベロニカの脳裏によぎった。その言葉に甘えたくなる。少し前の自分なら躊躇せずにそうしていたはずだ。
(だけど今は……ライナーに頼りたくない)
避けるというと大袈裟に感じるが、市民から庇ってくれた日以降、不甲斐なくて、ライナーから少し距離を置こうとしていたのは事実だった。いつまでも頼りきりで守られてばかりではいられない。一端の兵士として、一人でちゃんと進んでいけるように強くなりたいのだから。
それに明日も壁の調査がある状況で、『巨人の正体が人間かもしれない』だなんて憶測を共有するのは今後の士気にも関わりかねない。「その……」ベロニカは言い淀みつつ口にする。
「ごめん、ちょっと疲れてるんだと思う。昔のこととか、色々思い出しちゃって……」
歯切れ悪く言い訳をする。流石に苦しいかと思ったが、「……。そうか。……すまん、無神経だった」とライナーは顔を背けて視線を落とした。
「ううん、いいの。ライナーは悪くないよ」
無理やり笑みを作ってみせると、彼もまた、彼の失われた故郷のことを思い出しているのか軽く拳が握られる。嘘をついた罪悪感でベロニカの胸はつきんと痛んだ。ふたりはそれ以上何も口にすることなく、どこか気まずい雰囲気のまま皆の待つ城の中へと帰りつくこととなった。
◆◆
休息の時間は、どこかのならず者が用意したらしい盗品のおかげで思ったより快適に過ぎていった。情報を共有する中で、『家にいたあの巨人が母親に似ていた』とコニーが溢した時は、確信が強まって恐怖から思わず身震いしたが、すぐにユミルのバカ笑いがそれを遮ったことで有耶無耶となった。
身体は全身疲労を訴えているにもかかわらず、ベロニカはうまく寝付けないままでいた。うとうとと浅い眠りに落ち、はっと目を覚ますのを繰り返していると、ふと誰かが身を起こす衣擦れの音で目が冴える。
壁に設置された松明で照らし出された大柄な影がゆらめく。ライナーだ。階段を登ってどこかへ向かおうとしている様子だった。ギィ、と腐りかけの木の扉を閉じる小さな軋みが耳に入ってくる。ふと周りを見渡すとユミルの姿もない。まだ出発までは時間があるようだが、どうせもう眠れなさそうだし、何かあったのかもしれないと心配に思い、ベロニカも彼の後を追って塔の上階へと向かうことにした。
暗がりの中、古びて罅の入った石壁に手をついて歩を進める。少し歩いた先にある扉が開かれていて、そこから細々と話し声が聞こえてくる。「ライナー?」ユミルも、ここにいたんだ。そう続けようとして部屋の手前に立っていた彼に呼びかけると、驚いて振り向いたライナーが何かを手から取り落とした。カンカンと高い音を立て、硬いものが床を跳ねてベロニカの元まで転がる。
「落としたよ」
「ああ……悪い」
互いの声が石造りの回廊に反響する。足元のそれを右手で拾い上げてライナーに渡そうとした矢先、ベロニカは目を見開いた。
「……え?これって……」
手の中にある円柱の物体をしげしげと眺める。缶詰の表面には、どこかで見覚えのある文字が刻印されている。それは小さい頃に家で見つけた羊皮紙に書かれていた文字列にそっくりだった。解読しようと試みていた頃のかつての記憶を遡りながら、ベロニカは途切れ途切れにその単語を読み上げる。
「ええと……に、しん?」
ベロニカは首を傾げた。
にしん、とは一体何だろうか。それになぜここにこんな文字が書かれたものがあるのだろう?古城にあるのだから、やはり昔使われていた古語という線は正解だったのか。しかしそれにしては、この手元にある缶詰は随分新しいもののように見える。
「――は?」
ライナーが呆気に取られたような声をあげた。凍りついた空気に驚いて目を上げると、ライナーとユミルが信じられないものを見るような目の色でこちらを見ている。「ど、どうしたの?二人とも……」ただごとではない雰囲気に気圧されてベロニカは一歩引き下がる。その沈黙を破ったのは、リーネの緊迫した召集の合図だった。
「全員起きろ!!屋上に来てくれ!全員すぐにだ!」
ただごとではない様子の声を耳にしたベロニカたちははっとした。おそらくは緊急事態。そのまま部屋を後にして、慌てて屋上へと階段を駆け上る。そこで目にしたのは、夜にもかかわらず、城を囲むようにして蠢く巨人の群れの姿だった。
「何でまだ動いてんだ!?日没からかなり日が経ってるのに!」
愕然と下を見下ろす。昼にしか行動できないはずの巨人が、月明かりの中でも変わらず活発に動き続けている。調査兵団の従軍経験が浅くない上官たちにとってもこれは全くの想定外らしい。
「オイ!あれを見ろ!」コニーが指さす南西の方角。そちら側では――形容しがたい毛むくじゃらの15m級の巨人が、壁に向かって前進を続けていた。顔、腹、手だけが素肌のまま、残りはごわついた毛で覆われている異様な風貌。なんだあれは。奇行種か?あんな巨人は見たことも聞いたことがない。ベロニカもその存在感から目を離せず硬直する。
「でけぇ……なんだあいつは。巨人?っていうか、何かありゃあ獣じゃねぇか、なぁ?」
皆動揺しているからか、コニーの呼びかけにも誰も反応を返そうとしない。
混乱の中、巨人が塔に体当たりを仕掛けてきて床からビリビリと振動が伝わってくる。おまけに小さな巨人が一番下の扉を破ろうとしている光景を目にして、ゲルガーは激昂と共に刃を抜く。
「オイオイオイオイ……何入ってきてんだよ……ふざけんじゃねぇ!ふざけんじゃねぇぞ!酒も飲めねぇじゃねえか俺は、てめぇらのためによぉ!!」
「……新兵、下がっているんだよ。ここからは――立体機動装置の出番だ」
ナナバの抜いた刃に月光が写り込んで煌めく。「行くぞ!!」そのまま戦闘を開始した上官の様子を武装のない104期たちは呆然と見ていた。そうしているうちに扉の様子を見たリーネがパッと塔の最上まで飛び上がってきて、彼らに指示を飛ばした。
「巨人が塔に入ってきてる!急いで中に入ってバリケードを作って防いで!屋内では立体機動装置は使い物にならない、防げなかった時は最悪……この屋上まで逃げてきて。でも、それも必ず助けてやれるってことじゃないからね?私たちも生きているか分からないから……」
ごくりと唾を飲み込む。あれだけ何体も相手取るのは、いくら戦闘経験豊富なメンバーとはいえ難易度が高い。いつガスやブレードが尽きるかもわからない。
「でも、やることはいつもと同じさ。――生きてるうちに最善を尽くせ!いいね!?」
「了解!」
声を張って返事をし、彼らもまた巨人に立ち向かうべく階下へと走り出した。
「巨人がどこまで来てるか見てくる!お前らは板でも棒でも何でもいい、かき集めて持ってきてくれ!」
松明を持ったライナーが先陣を切って階段を駆け下りていく。「待てよライナー!待つんだ!」ベルトルトの呼びかけにも構わず一人で階下へと進んでいくライナーの姿を目にしてベロニカの心臓もドクンと嫌な音を立てた。
「あいつ訓練でも本番でも変わらねぇのかよ……真っ先に一番危険な役回りを引き受けやがって、あいつには敵わねぇな……」
コニーが汗をかきながら口にするのにベロニカも内心で同意する。こういう時真っ先に飛び出していくのは、いつだってみんなの兄貴分であるライナーだった。でも今はそれが不安でたまらない。「早く追いつかないと……!」「ああ……悪いクセだ……」ベルトルトも汗をかきながら一人ごちる。
そのまま別れて手分けして物置部屋で木の板や丸太をかき集めていると、横の部屋を漁っていたらしいコニーが扉から顔を出した。
「ベロニカ、そっちはどうだ?武器になりそうなもんあったか?」
「ないね……さっきベルトルトが持ってった干し草用のフォークが一番威力高そうだった」
「だよな……他に何か使えるもんがあるかと思ったけどよ」とコニーは焦ったように頭をかく。
「武器代わりになりそうなのは、この小せぇナイフくらいしか――」
「――ここだあぁ!!何でもいいから持って来い!!」
その時、下からライナーの叫びが聞こえてきて二人の体が強張る。「おいまずいぞ、どうする!?」コニーが焦った声を上げた。緊迫した声から時間がないのは分かった。ベロニカは部屋の奥で埃を被っていた物体に駆け寄ってバッと覆いをひっぺがす。これしかない。
「コニーお願い、手伝って!みんな!4階の1つ目の扉!」
ベロニカは声を張り上げた。バタバタと上からユミルとクリスタが降りてくる。「大砲!?でも火薬がなかったら使えないんじゃ!?」大砲を見た瞬間、ユミルも同じ考えを閃いたらしい。
「デカブツにはデカブツをってか――動かすぞ!」
4人ががりで重い台を押して、勢いよく回廊へと車輪を転がしていく。扉を蹴破ると、ピッチフォーク一本で3m級程度の小ぶりな巨人と格闘しているライナーとベルトルトの姿が目に飛び込んできた。
「……!?オイそれ……火薬は!?砲弾は!?」
「そんなものねぇよ!これごとくれてやる!そこをどけ!」
「せーの!!」
「ウオラぁ!!」
ライナーとベルトルトがバッと侵入者から離れると同時に、掛け声と共に台を前方に蹴り飛ばす。激しい引っ掻き音を立てながら階段を下りはじめた鉄の塊はそのまま加速しながら扉の方へと突っ込み、勢いよく巨人を下敷きにした。松明を掲げて全員でおそるおそる様子を観察しにいくと、衝撃で空中に巻い上がった塵や埃の類が、そのまま動けなくなった巨人に再度降り積もっていくのが見えた。
「……上手くいったみてぇだな、奇跡的に……」
「ああ、ありゃ起き上がれねぇだろ。あいつのサイズじゃな」
とりあえずこれで一安心だと、ベロニカもほっと一息つく。コニーが先ほど見つけたナイフを取り出して続けた。
「どうする?こんなナイフしかねぇけど、うなじ削いでみるか?」
「やめとけ。掴まれただけでも重傷だ……」
「と……とりあえず上の階まで後退しよう!入ってきたのが1体だけだとは限らないし――」
クリスタの言葉が途切れ、木箱の近くにいたベロニカは背後を振り向く。木屑をパキンと踏みつける音。破壊された扉の向こうから現れたのは2匹目の巨人。その真正面にいたコニーに向かって、涎を垂らした大きな口ががぱりと開く。「コニー!!」叫びながら咄嗟に手を伸ばそうとする。間に合わない――誰もがそう思った瞬間。
――ドン、と肉のぶつかる重い衝撃。ライナーがコニーを庇うように前に躍り出て巨人に体当たりを食らわせた音だった。歯を剥き出した巨人がぐるりと狙いを変え、ライナーの腕にガブリと噛み付く光景が、ベロニカの瞳にはまるでスローモーションのように映った。「グッ……!!」骨が軋む音と共に食いしばられた歯の間から苦し気な呻きが漏れる。
「――だめ」色を失ったベロニカの唇から意味のない言葉がこぼれ落ちた。伸ばした手がひきつる。届かない。どうする。どうすれば。「ッ!!」松明を目に突っ込んで隙を作るしかないと咄嗟にダッと一歩を踏み出せば、「近寄るな!!」と大声で怒鳴られてビクリと体を震わせる。そのままライナーは決死の掛け声をあげ、グルンと体を捻って思い切り巨人の巨体を持ち上げた。
「……!?」
そのまま一歩一歩、階段を踏み鳴らして窓に向かって階段を登り始めるライナーの姿を全員呆然と見ていることしかできない。「ライナー、まさか……」ベロニカは青ざめたまま声にならない悲鳴をあげそうになる。巨人ごと下へ飛び降りる、気だ。「――それしかねぇだろ!!」ついに窓枠に足をかけたライナーの元にナイフを携えたコニーが駆け寄る。
「待て!!こいつの顎の筋肉を切っちまえば……!」
勢いよくナイフを刺して肉を切断すると、巨人はようやくライナーの腕から歯を離した。そのままバッと身を引いた二人のそばまでユミルとベルトルトが駆け寄り、巨体を外へと弾き飛ばしたところで、ようやく攻防は終着を迎えた。
二度も心臓に悪い事態に迫られ、全員が精神的に疲れ切り、息を切らしていた。「痛っ……」ライナーが噛まれた腕を抑えて表情を歪ませる。「ライナー怪我は!?」ベロニカは青ざめ、珍しく大声を出しながら彼に詰め寄った。巨人に噛まれた上に巨人を持ち上げて移動したのだ、色からいってもおそらく骨が折れている。早く処置しないと化膿する危険もある。腕が二度と使い物にならなくなるかもしれない。「何か……何か消毒できるもの持ってくる!!」ぐるぐると考え込んだ末、ベロニカは言葉も待たずにバッと上階に駆け出した。その剣幕に、ライナーはポカンと口を開けて彼女を見送ることしかできなかった。
確かゲルガーが見つけた盗品の中に酒があったはずだ。焚き火を囲んでいた場所、木箱の上にあった酒瓶と止血帯代わりになりそうな紐を回収し、また同期たちがいる階へと階段を駆け下りる。軽く息を切らしながら「これ……使って……」と差し出すと、「お、おう……助かる」とライナーがぎこちない様子で返した。怪我の具合はクリスタが見ているようだったので、これでだいたいの処置は一通り彼女がやってくれそうだとベロニカは胸をなでおろした。自分は動揺でまだ手が震えていてできそうにない。ユミルたちはといえば、上階で調達してきたらしい木の板と丸太を並べてバリケードを築こうとしていたので、ベロニカは踵を返して人手が足りなさそうなそちら側を手伝うことにした。
「どう?扉は塞げそう?」
「ああ。台座はとりあえずこんなもんだろ。あとは丸太をどう固定するかだな」
「何か間に滑らない物を挟んだほうがよさそうだね。大砲を覆ってた布なら千切れば……取ってくるよ」
ベロニカはそう言い残し、再度階段をタッタッと駆け上っていった。扉をバタンと閉じた瞬間、糸が切れたように思わずその場にずるずるとしゃがみ込む。早く立ち上がりたいのに、足ががくがくと震えて立ち上がれない。「良かった……」安堵からこぼしたはずの自分の声はひどく弱々しい。心臓が爆発してしまうのではないかというほど早鐘の音を立てている。
死んだと思った。ライナーが死ぬかと思った。あの日の光景がまたフラッシュバックしてきて、吐き気がこみあげる。もうあんなのはごめんだ。大事なひとが誰かを庇って死ぬ姿なんて二度と見たくない。だって死んだら何もかも終わりなのだ。ぜんぶなくなってぐちゃぐちゃになって残るものといえば原形のない肉だけ。もう二度と触れられない、二度と話せない。そんなのは、いやだ。
――ライナーまで喪ってしまったら。自分はもう、なにを縁にして立てばいいのか、分からない。
「大丈夫だ。ライナーは、死なない。死んでない、大丈夫、大丈夫……」
きつく目を閉じて、恐怖心を振り払うようにぶつぶつと己に言い聞かせる彼女の呟きを聞く者は、この場において当人以外にどこにもいなかった。