泡沫の夢 | ナノ
季節は梅雨に入り私は久々に洋服に着替えて外へ出た。外に出て浴びる日差しは家にいる時よりも眩しく、雲の隙間から差す光に思わず目が眩んだ。別に外出を禁止されていた訳では無いが離れから出ないのは理由があった。


離れの玄関は出たが、高い塀に囲まれた加茂家から出るにはまだ先は長い。正門とは逆にある裏木戸に行かなければ外には出られない。敷地から完全に出るまでは人に会わない様に願っていたけど、向かいから加茂家の人達が歩いて来るのが見えて私は庭の隅に寄り深々と頭を下げる。

加茂家の手伝いをしている人の多くは血縁者が多いと聞く。縁も血の繋がりも無い私は部外者として蔑まれていた。


「最近、御当主様は穢れた側女へのお渡りが多いとか」

「まだ10代で嫁入り前なのに性技に長けているのでしょうね。本当に穢らわしい」

「同族同士気が合うのではなくって?側女の子と側女、お似合いだもの」

「御当主様には本妻様も後継ぎもおられるのに、不要で哀れな側女様」


クスクスと笑いながら聞こえる様に陰口を叩く彼女達に対して私は唇を噛む。頭を下げていて良かった。今の私の顔は人には見せれないだろうから。

側女の私はあまり良く思われてはいないのはここに来た時から知っていた。この家の誰よりも一番低い身分だし、人は仲間外れを嫌う物だ。私への対応も当然の事だろう。

今まで散々色々な事をされて来た。それでも傷ついた事なんて一度も無い。

嫌味を言われても、外に干していた洗濯物を泥で汚された時も、食事に虫を入れられた時も、なんとも思わなかったのに最後の言葉が胸を刺す。


『御当主様には本妻様も後継ぎもおられるのに、不要で哀れな側女様』


憲紀様には本妻がいて跡継ぎのお子様までいたのか。不意にそんな事を初めて知ってしまったからか胸が強く痛む。私は側女。不要で哀れな女だって事分かっていた筈なのに。

胸の痛みは側女としてあるまじき感情を彼に抱いている事を実感させられる。

こんな気持ちを想うだけでも良くは無いと分かっている。だからこそ私はその想いに蓋をして再び歩き出した。



敷地内とは思えないほど長い距離を歩き、小さなの裏木戸から外へ出る。今日は珍しく梅雨の晴れ間で絶好のお出かけ日和だ。

どうしても欲しい物があった。ネットで注文して取り寄せる事も出来たけど届いた物を加茂家の人達に捨てられたら困るし、実際に自分の目で見て購入したかった。

私はスマホを取り出し、事前に調べていたお店の住所を目的地として入力する。タクシーを使うか考えたけど、部屋にずっと引き篭もっていたから、この際体力をつけようと意気揚々に歩き出した。




外出先で買い物を済ませて、せっかくなので周辺を観光していたらいつの間にか日も暮れていた。

裏木戸から加茂家へ入り、広い庭を歩いて離れへ戻る。離れが見えると同時に見慣れた背中があり、それと同時に私は駆け出した。

「憲紀様!」

私の声に彼は振り返り軽く微笑んでくれた。今日は渡りがあるとは聞いていなかったので驚きと喜びが私の心に広がる。

「お帰り」

「ただ今戻りました。すみません不在で」

「いや、構わない。今日は任務が早く片付いたから会いに来れた」

彼の言葉に心が跳ねる。任務で疲れているのに会いに来てくれた事がすごく嬉しかった。

「もしかして、待たせてしまいましたか?鍵は開いておりますよ」

「いや、そんなに待ってはいない。それに鍵が開いているのは知ってたが…君の住む家だ。勝手に入るのは良くないよ」

この離れは元を辿れば加茂家の所有物だ。言い換えれば憲紀様の物と言っても同義なのに私なんかに対しても気を使ってなのか離れに入らないのは彼らしい。

ふと、彼が私をじっと見つめている事に気付く。

「どうされました?」

「洋服を着ているのを初めて見た」

憲紀様の視線に緊張してしまい私は思わず目を逸らす。普段は和服の寝巻き姿で憲紀様に会う。別に和服を着る事を強制されている訳では無いが、加茂家の人達は和服が多く何か言われるのを避けて普段でも和服を着ていた。

「ちょっと私用で外へ出ていました」

「そうか。私は先程済ませたが晩御飯は食べたのか?」

「はい。今日の昼と夜のご飯は不要だと侍女の方に伝えて外で食べて来ました。着替えたらお茶でも淹れますね」

「それは楽しみだ。土産も買って来たから一緒に食べよう」

玄関の引き戸を開け憲紀様が先に離れへと入ると私も後に続く。他愛の無い会話を楽しみながら私は玄関の扉を閉めた。



21.0920




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