「まず現地へ赴き、情報収集をする。その時に呪いの被害を受けた被害者の関係者に話しを聞くが十分配慮しなければならない事がある。何だか分かるか?」
「えっと……高専の正体がバレない事でしょうか?」
「それもあるが…呪霊の源は何だ?」
「あ!関係者に不安を与えて呪霊の力を増強させない為ですか?呪霊の源は人間の負のエネルギーなので」
「正解だ」
私が任務の事を初めて聞いたあの日以来、憲紀様とは膝枕をしながら話す仲になった。初めの頃は彼の話しを一方的に聞いていたけれど最近は彼に慣れたのか私から話題を振ったり、気になった事は食い入るように質問をした。
そんな時間を過ごす内に私と憲紀様は教師と生徒の様な間柄になっていた。彼は教えるだけでは無く、何故その事が必要なのか根拠を持って丁寧に説明してくれた為、分かりやすかった。
彼が寝落ちするまで続く短い授業は毎日あるわけでは無く彼も忙しい人だからか週に1、2回くらいのペースで行われていた。渡りがある日は昼に侍女から伝えられるけど、今回彼が来たのは出張を挟んでいたからか前回の渡りより1週間後の事だった。
「お土産だ」
「ありがとうございます」
「君が欲しいと言っていた菓子だ」
お土産の入った紙袋を手に取りつつ、彼の言葉に手が止まった。そんな事を言った記憶が無い。この人に何かを強請るなんて失礼に値すると思うから気を付けていたつもりなのに。私の表情から察したのか、彼もまた不思議そうに私に尋ねた。
「前に欲しがっていただろう?」
「申し訳ありません、覚えが無くて。私そんな事言いました?」
「言った。膝枕する前、出張に行くからしばらく会えないと言った後に」
彼の言葉に私は前回会った時の会話を思い出した。
『次の出張先は、地元で有名な食材を使った菓子が名物らしい』
『そうなのですか。きっと美味しいのですね』
『欲しいのか?』
『憲紀様から戴ける物がありましたら何でも嬉しいですが、お気遣いいただかなくて大丈夫ですよ。任務お気をつけて行ってらっしゃいませ』
『あぁ』
「……」
思い出したが彼から言われるまでそんな会話すら忘れていた。確かに言っていたけど、あんなのただの事務的な返しで遠回しに要らないと言っていたつもりなのに、憲紀様の中では伝わらなかったらしい。
「言って…ましたね。申し訳ありません。忘れてしまって」
「思い出してくれたのならいい。他に欲しい物があるなら言ってくれ。窮屈な思いをさせているからせめてもの侘びだ」
「何もいりません」
これに対しては拒絶では無く、本当に何も要らないのだ。欲しい物と聞かれて思い当たる物が浮かばない。離れから出られないのは窮屈だが、衣食住には困っていないから欲が無いのだ。
私の住む離れは玄関を入ってすぐに和室の居間があり、トイレと風呂、また別に寝室と小さな空き部屋がある小さな一軒家みたいな物だ。小さな空き部屋はおそらく私に子供ができた時の子供部屋なんだろうけど、一生使わない部屋だと思っている。
食事は侍女が持って来てくれるし、洗濯は自分でしたかったから不便は無い。彼からの夜の誘いも無いから今の生活は充実している。そのせいか何か欲しい物があるかと聞かれても困ってしまうのだ。
「そうか」
「お気遣いありがとうございます」
「明日は四国の方に行って来る。お土産は何がいい?」
また出張とは加茂家当主と言えど呪術師は常に人手不足だからかよく駆り出される様だ。
「憲紀様が無事にご帰還なさる事が何よりのお土産です」
「そう言うのは土産とは言わない。土産とは遠方に行った時に買うその土地の名産や品物の事だ」
困った様に私に言い聞かせる姿に少し笑いそうになった。この人は何でも真面目に受け取る節がある。今のだって愛想のつもりで言ったのに。普通なら分かるはずなのに生真面目な人だ。
「本当に大丈夫です。憲紀様が私にお気遣いを下さるだけで嬉しいです」
「そうか」
「お土産ありがとうございます。大切にいただきます」
「口に合うと嬉しい。……名前、今日もいいだろうか?」
その言葉は膝枕をしたいと言う意味だ。私はいつもの様に彼に微笑みつつ頷く。
「もちろんです」
私は紙袋から出したお土産を小さな冷蔵庫に入れ、彼と一緒に寝室へ移動した。布団を捲り足を崩して座ると、彼は頭を私の膝に乗せる。
「随分と長い間これが出来なかった気がする」
「そうですね。今回は1週間くらい空きましたから」
「私はそれ以上に感じた」
「……そう、ですか」
彼の言葉に心が騒つく。例え膝枕でもそれは私を必要としてくれるからだろうか?不意にそんな事を言われたからか少し戸惑ってしまった。
「名前」
「はい」
「家の者から何か言われてないか?」
彼の予想だにしない言葉に息を呑んだ。今日は返答に困ってしまう事ばかり言われる。
まさか知っている?いや、もし知っていたら私にでは無く本人達に注意しそうだ。それが関係を悪化する要因とも気づかずに。憲紀様はそんな融通が効かない所もある。だけど私にそれを聞くと言う事は、確証は無いけど確信していると言った所なんだろう。
彼の問いに、私はいつもの様に仮面を被る。
「何も…ごさいません。皆様良くして下さいます」
「……。何かあったら言ってくれ」
私の返答には納得はしていない様だったけど追求はされなかった。そしてすぐに寝息が聞こえる。今日は任務の内容について全然聞けなかった。出張から帰ったばかりだからか疲れていたのかもしれない。それなのに私に気を使うなんて…。
お土産といい、さっきの事といい、私に気を使っても何の得にもならないのに。
加茂憲紀とはやっぱり変な男だとそう思っていた。
21.0423
前へ 次へ
泡沫の夢