泡沫の夢 | ナノ
御三家の1つとされる加茂家は呪術界上層部とも最も近しい名門中の名門だ。

その当主となれば、身分も神に近いものなんだろう。人間、身分も上がればそれに比例して態度もでかくなる。初めて彼と出会うまではもっと偉ぶっていて傲慢な男だと思っていた。

だが彼はそんな男では無く…というか全く真逆の男だった。彼は成人しているものの、同世代には無い落ち着きを払っていた。伝統と格式を重んじる歴史のある家だからか、加茂憲紀もそんな人だった。

だからと言って彼に心を許した訳ではない。いつ身体を求められても躱せる様に気を抜いてはいけないと、彼の渡りがある度に己に言い聞かせていた。


「……」

「……」

彼と出会って1ヵ月近くが経った。私は緊張しながら膝を差し出し、そして彼はそこに頭を乗せる。若い男女が膝枕をしている仲ではあるがそこに甘い雰囲気は一切無く、空気は重い。

いつもは膝枕をすると早く寝るのに、今日はまだ彼は起きていた。とても気まずくて、とりあえず頭を撫でているけどそこには早く寝てよ、と念を込めている。身体を求められないのは有り難いけどこの重苦しい空気もある意味辛い。

「名前」

「はい!どうなされました?」

不意に名前を呼ばれて私は心の中を悟られたのかと思い、普段より大きな声で反応してしまった。けれどそんな事はあり得ないと冷静を取り戻して彼に笑い掛ける。

「普段は何をしているんだ?」

問われた言葉は簡単な質問なのに理解するのに時間がかかった。そんな事本当に興味があるの?でももしかしたら彼もこの空気に耐えきれず話を振ってくれたのかもしれない。コミニュケーション能力は高くは無いけど、せっかくの気遣いに私は乗る事にした。

「普段…ですか?テレビを見たり、スマホを操作してネットを楽しんだり、旧友と連絡を取ったりしております」

「そうか…」

「はい」

「……」

そこで会話は途切れてしまった。

え?それだけ?もう少し深掘りしてよ、どんなテレビを見るのかとか。友達とどんな話しをするのかとかさ。そう思ったけどいくら待っても口を開かないので、彼の中では終わったらしい。

このままではまたあの重い空気に逆戻りだ。さっきの沈黙が続くとか耐えられない。話しの流れが途切れない様に私は間髪を容れず彼に話しかけた。

「憲紀様は今日はどの様に過ごされましたか?」

「今日は任務に赴いていた」

聞き覚えのある任務と言う言葉に私の心は高鳴った。初めて彼と出会った時も任務に行っていたと言っていたけれどあの時は緊張していてそれどころでは無かった。でも今は少しだけ彼に慣れたのか、すごく任務の話しが聞きたかった。それは私にとってすごく気を引く物だったからだ。

「宜しければ任務のお話しを、お聞かせいただけませんか?」

「そんな話しが聞きたいのか?」

仰向けに寝ている彼は不思議そうに私を見上げる。確かに普通の女なら任務の話しなんて聞きたがらないのかもしれない。けど私は本当なら呪術師になりたかった。それが叶わなくとも補助監督や窓でも呪術師を支える、そちら側でいたかった。

呪術師になる為の努力は殆ど両親に反対された。呪具なんて女が持つべき物じゃ無い。呪霊を殺す事よりも男を喜ばす術を学びなさい、そう教えられて来た。

「はい、とても聞きたいです。ですが…憲紀様がお話しされたく無いのであれば大丈夫です」

本当はすごく聞きたい。けれども家に帰ってまで任務の話しなんてしたく無い人もいるだろう。彼がそっちの人では無い事を祈り、不安を押し殺しながら口を開くのを待った。


「今日の任務は廃校になった女子校で、いつもより苦戦してしまった」

憲紀様の言葉に私は思わず笑みが零れた。彼が苦戦したと言っているのにそれを隠す事も忘れて。学校、しかも女子校ともなれば陰湿でかなり等級の高い呪霊が出そうだ。私は心の中にある高揚感を悟られ無い様に続きを促す。

「そうだったのですね。女の怨みは恐ろしいと聞きますから。お一人で行かれたのですか?」

「いや、二人一組だった。足場も悪く、同じ任務で組んでいた者が目の前から消えた時は肝が冷えた。ただ床に空いた穴に落ちただけなのに呪霊の仕業かと思った」

「その方はご無事だったんですか?」

「あぁ。軽い打撲で済んだ……」

軽い打撲だけで済むとは流石呪術師だ。私だったら上手く受け身を取れずに大怪我していたかもしれない。羨ましい。私も任務を受けて呪霊を祓い、活躍したかった。私には呪術師としての才能は無いし、色々あって諦めてしまったから。


「それで、呪霊はどの様に現れて、憲紀様はどの様な方法で祓われたのですか?」

「……」

「憲紀様?」

返事が無いので耳を澄ますと微かに寝息が聞こえる。1番聞きたかった所なのに残念だ。どうやら話している最中に寝落ちしてしまったらしい。疲れているのなら私と話す事よりも寝る事を優先させればいいのに、変な人だ。

彼が寝てしまったら私に出来る事は限られてくる。すぐにでも頭を布団の方に下ろしたかったけど、今は出来ない。以前すぐに頭を持ち上げ膝から下ろすと起きてしまったからだ。それ以来私はある一定の時間が経過するまで動かない事を決めていた。

この時間はとても暇だ。テレビを見たくても音で起きてしまうだろうし、スマホをイジって彼の顔面に落としたらと考えると迂闊に手が出せない。

手持ち無沙汰になった私は自然と彼の顔を眺める事が多い。毎回見るその寝顔は起きている時とあまり変わらない。次、渡りがあったらさっきの任務の続きを聞こうと、彼の寝顔を眺めながらそんな事を考えていた。



210410




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