泡沫の夢 | ナノ
憲紀様の事を知ってから3日後、彼は私の離れにやって来た。いつもの様に膝枕をしながら彼は私に話しかける。

「今日は名前の話しを聞かせてくれ」 

今日の彼の言葉を聞くまで、私の話が聞きたいなんて話しの流れで適当に言ったのかと思っていた。でも催促されると、本当に聞きたかったのだと改めて感じてしまった。私の話しなんてつまらないし、彼が気を使うだろうから濁そうかと思ったけど嫡流では無いと私に明かしてくれた憲紀様に報いたくて正直に話す事にした。


「私は普通の呪術師の家に生を受けました。私は呪力量は並みの術師以上にありましたが術式は上手く扱えませんでした。両親はいつもせめて術式が上手く扱えければ、せめてお前が後継の男なら、それが口癖でした」

見栄の為、家を繁栄させる事しか頭にない欲深な父とその父に怯えて言いなりだった母。女なんていずれ嫁にいくから穀潰しだ、それが父の口癖で母も憐れむ様に私を見ていた。幼い頃は意味が分からなかったけど私は両親に好かれていない事だけは理解できた。

「6才の誕生日に両親が珍しく私に笑顔を向けていました。私が何故そんなに喜んでいるの?と聞くと、両親は嬉しそうにこう言ったんです」


あの時の両親を私は今でも忘れられない。頬を紅潮させ、口元に弧を描く両親は私にこう言い放ったのだった。


「お前の使い道がやっと見つかった。御三家の子を孕み相伝の術式を継いだ男児を産め、と」


彼の表情を見ていなかったけど息を呑むが分かった。そんな憲紀様に気にしなくていいと言う意味を込めて頭を撫でる。

「私はまだ6才でしたので意味も分からずに両親の役に立てる事が嬉しくて、同調して両親と一緒に喜んでいました。ですが成長していくにつれて、意味を理解するにつれて、両親と自分の未来に絶望しました」

私一個人に価値など無い。

そう両親に言われている様な気がした。家の役に立って初めて認められても、それは私の望む物では無かったし、精一杯抗うつもりだった。

「中学の卒業を控えた頃、せめて高専に行かせて欲しいと頼みました。両親は難色を示していましたが、将来御三家の方とお近づきになるのなら呪術師について明るい方がいいと説得しました。両親にはそう言いましたが、そこで呪術師として活躍出来れば両親も私を認めて呪術師になっても良いと言ってくれると思っていました。実家は関東の方なので東京校に入りましたが、今思えば東京校には五条先生…五条家の御当主様がいらっしゃいましたから、早めに会わせたかったのかもしれません」

お膳立てされた状況でも良かった。私は呪術師としての才能も無く、呪力を込める事は出来ても術式を発動させる事は出来なかった。けどここで努力をすれば夢だった呪術師になれると希望を抱いていた。

「高専は大変でしたが、クラスメイトにも恵まれて私は楽しい日々を過ごしました。初めての任務も受けて私は呪術師としての一歩を踏み出すのだと意気込んでいました」

だけど任務先で待っていたのは絶望だった。

「少年院に出現した特級仮想怨霊の呪胎が変胎を遂げ、特級呪霊になり、それに遭遇した私は傷を負いました。幸いにも跡は残りませんでしたが、両親は顔や身体に傷を負う事を恐れて私の意思を無視して退学させられました」

治療を終えた時には全て終わっていた。

怪我の事を聞き、高専に駆けつけてくれた両親は私の心配をしてくれたけどそれは御三家との繋がりが断たれる事を恐れての事だった。

高専を退学させられたあの日、私は初めて両親に食ってかかった。けれど既に私の退学届は受理されてしまっていて、もう籍はないと言われた瞬間、目の前が真っ暗になった。夢はあくまで夢でしか無い。期待なんてするんじゃなかった、欲を持たなければ良かった、抗ってもその先に待つのは絶望しかないのだと。

そして私は全てを諦めた。

夢だった呪術師にもなれず、見知らぬ男の子を成す道具として生きる道を選んだ。努力しても私はこの運命から逃れられない。そのせいだろうか、欲も感情も何もかも失ってしまったかの様に思える。


「もし名前がそのまま東京校に在籍していたら、姉妹校交流会で今よりも早く出会っていただろうな。私が三年の時、東京校は一年も参加していたから」

ずっと黙っていた憲紀様が不意に口を開いた。

「姉妹校交流会…とは何ですか?」

「呪術高専の京都校と東京校の学生同士が競い合う恒例行事の事だ」

そんなイベントがあったなんて知らなかった。あのまま高専にいられたらきっと私もみんなと姉妹校交流会に参加していたのかもしれない。役には立たなかっただろうけど。

「そうだったんですか。あの時は憲紀様に出会わなかったのに、この様な関係になっているなんて…縁とは不思議な物ですね。交流会、参加したかったです」

もっとみんなと学びたかった。人々の役に立って両親に認められる呪術師になりたかった。でももうそれは叶わない夢物語になってしまった。

昔の話をしていると気分まで落ち込む。気を紛らわせる為に話を元に戻した。

「両親は五条家へ嫁がせる予定でしたが、私の家柄は低く良いお返事が中々貰えなかったそうです。それに五条家の御当主様は現在の所、結婚の意思が無いと言われ両親は途方に暮れていました。そんな中、加茂家からお声掛けがあり側室で良いならと言われて私は加茂家に迎え入れられました」


長くつまらない私の話しが終わると辺りは静寂に包まれた。きっと憲紀様もなんて言っていいか分からないのかもしれない。

「すまない」

長い沈黙の後、憲紀様から出た言葉は謝罪だった。彼の言葉に私は軽く笑う。謝って欲しいとかは全く無い。寧ろこんな話しを聞かせてしまって申し訳ない。彼に謝るのは私の方だ。

「申し訳ありません、貴方様にする話ではありませんでしたね」

「側室は私の意思では無く周りが決めた事だ。私は当主だがまだ若く成ったばかりで、お飾りの当主に過ぎない。表向きは跡取りの為と聞いているが側女の子に側女を充てがう嫌がらせもあるのだろう」

なる程、分かりやすい嫌がらせだ。胸糞悪い皮肉にも感じる。当主と言えど彼には内部にも敵がいるのかもしれない。そもそも“のりとし”と名付けられている時点で加茂家の内部にある闇を感じる。

「やはり、つまらない話でした。申し訳ありません」

「いや色々分かったよ。君が実家に帰らない意味が分かった」

憲紀様はよく実家に帰って良いと言ってくれる。だけど実家に帰ればそんな暇があるなら子を成せと両親から言われるのがオチだ。時々来る手紙にも似た様な事が書かれている。内容はどれも同じだから最近では封を開ける前にゴミ箱に直行している。


「名前」

「はい」

「何か欲しい物はあるか?」

会う度に、彼は私に問う。

それが浮かんだのは偶然だった。本当に欲しいか、と良く考えたらそうでも無い。気まぐれ、偶然、ただの思い付きに過ぎなかった。

「では憲紀様の時間を戴きたく思います」

「私の?」

「はい。今度の5月の大型連休に」

「それは…」

初めて彼が私に対して言葉を濁した。理由は分かっている。私の要求は無理な話だからだ。ゴールデンウィークともなると加茂家の親族がこの本家に集まる。御三家ともなると顔も見た事無い親戚もいるだろう。憲紀様は当主だけれども遠くからやって来る親戚達をもてなす側でもある。そんな暇ある訳ない。

「冗談です。忘れて下さい」

「……」

誤魔化す様に笑い掛けると彼からの返事は無く、起きているのか寝てしまったのか、表情を見ても分からなかった。



21.0703
 




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