■ 07-02

「今から病院に行くぞ」

「行かない。病院の注射は嫌…」

病院に行く提案は案の定却下された。体調が悪いのにそこだけはしっかりと拒否されて、本当に行きたく無いのだと分かる。


病院は名前がシギだった頃に言っていた持病の事が気になって調べてもらう為に行った事がある。CTや様々な検査をしたが結果として重篤な疾患は見つからなかった。薬も処方されなかったが名前の持病は日常生活に多少支障がある為無理はしない様に医者から言われている。採血の時暴れてしまってあの日は大変だった。


「名前、今の君は風邪を引いているんだ。早く治す為にも病院に行くぞ」

「かぜ?……私死ぬの?」

不安そうに眉を下げる名前の言葉に軽く笑う。ただの風邪では死なないと思うが、これ以上の悪化を防ぐ為にも病院に行く事は不可欠だ。

「死にはしないさ。仮にそうだとしても絶対に死なせないから安心してくれ」

「うん…」

「怖いだろうが病院に行こう」

「注射はしない?」

「……」

ただの風邪なら注射はしないだろうが症状が悪ければ点滴をする可能性だってある。だが正直にそれを言えば行かないと言われてしまうかもしれない。今ここで嘘を吐いて連れて行く事も出来るが、いざ点滴をする事になった時が大変だ。これは注射じゃなくて点滴だから、なんて名前には通用しないだろう。

嘘も方便と言うが嘘を吐かれて裏切られたと知った時の方が精神的ダメージは大きいかもしれない。確実とは言えない為どちらとも受け取れる言葉を選んだ。

「多分」

俺の言葉に名前は口を閉し、少し考えた後俺の目をぼんやりと見上げながら口を開いた。

「なら…頑張る」

不安気な表情を浮かべる名前とは逆に俺の口角は自然と上がっていた。



今日はポアロに行く日だったが、適当な理由をつけて欠勤の連絡を入れた。名前の保険証等準備をして買い置きしていたマスクを取り自分に着けつつ名前にも着ける為に寝室へと戻る。

「名前、これを口元に着けるぞ。これはマスクって言って風邪を他の人に移さないようにする為に着けるんだ」

マスクの必要性を説明しつつ名前にマスクを見せる。街中でマスクを着けた人を見た事があっても自身が着けるのは初めてかもしれない。ベッドの端に座っている名前はマスクをじっと見つめていて、自分の仮説が合っている事を確信した。

「風邪って移るの?」

「あぁ」

「じゃあ…零とあまり近づかない方がいいの?」

「俺は大丈夫さ。それに一緒に生活しているから移るならもう移っている」

「ごめんなさい…」

しょんぼりと肩を落とす名前に膝をついてマスクの紐を彼女の耳に掛ける。髪の毛がマスクの紐に絡まってしまった為、丁寧に解いて耳に掛けた。寝癖の付いた髪もあったのでついでに全体の髪の毛も整えていく。ハロの毛並みを整える時と同じ様に優しく、ハロとは違う愛を名前に込めて。

名前は基本自分の事は自分でやりたがるし、こんな事はさせてくれない。でも今は風邪を引いているからか俺に身を委ねてくれている。こんな小さな行為が俺にはとても楽しい事に感じた。

「一緒に住んでいるんだ、そのくらい織り込み済みさ」

「ありがとう…」

ベッドからゆっくりと立ち上がる名前にコートとマフラーを渡し着替えを手伝う。私服のまま寝ていた事が功を奏し、着替える手間が省けてよかった。寒いと訴える名前に出来る限りの防寒対策を行う。


全ての準備を整え一緒に玄関を出た途端、強い北風が吹き隣にいた名前が強い風に煽られよろけてしまった。咄嗟に手を伸ばし倒れない様に名前の両肩を抱く。

「歩くのが辛いのなら抱っこして運ぶぞ?」

「やだ…子供じゃないもの。大丈夫」

言葉では強がってはいるが歩き出した名前はフラフラして足取りが覚束ない。そんな彼女の身体を支えながらなんとか駐車場にたどり着いた。




車を走らせ、郊外にある以前お世話になった病院に到着した。名前は怯えてはいたものの体力が無いからか大人しく診察を受けていた。そして医者から風邪のお墨付きを貰い、薬を処方してもらって無事に診察を終えた。

車に戻ると緊張から解放された名前は今朝よりも体調が悪そうに見えた。シートを倒した助手席でぐったりと横になっている名前を一刻も早く自宅に連れて帰りたいが、食べられそうな物が自宅に無い事を思い出しすぐ近くのスーパーに車を停める。

「ちょっと出てくる」

「どこかに行くの?」

「君が食べられそうな物を買ってくる。すぐに戻るから寝ててくれ。何か食べたい物はあるか?」

「何もいらないから……もう一回だけぎゅってして。今朝みたいに」

名前の言葉に思わず目を見張る。普段は絶対そんな事は言わないのに風邪のせいなのかいつもより甘えてくれる。そういえば寝ぼけていた時も自ら俺の胸に寄り添ってくれた事を思い出した。風邪のせいで意識が朦朧としているせいか、どうやら半覚醒状態では甘えてくれるみたいだ。俺だって名前と離れたくない。ずっと俺を求めてくれればいいのにと、自分勝手な考えを抱きながら身を乗り出した。

「君が望むなら何度でもしてあげるよ、名前」

覆い被さる様に名前を優しく抱き締める。もっと距離を縮めたいのか彼女も少しだけ俺にくっついてくれた。風邪が移るとかそんな事は全く気にならず、ただこの甘い一時が長く続けば良いのにと心のどこかで思っていた。

「すぐ戻る」

「うん……早く帰って来てね」

安心させる為に名前の頭を優しく撫でる。元気な時も甘えて欲しいが、彼女の性格なのか組織にいた頃の癖なのか中々甘えてくれる事は少ない。毛布代わりのコートをしっかりと名前に掛け直し、俺は車を後にした。


車で待っている名前が心配で早めに買い物を済まそうと歩調も早くなる。歩きながら買う物のリストを脳内で作成していった。果物、スポーツドリンク、名前の好きなアイスクリーム。そういえば、初めて病院に行った帰りもアイスクリームを買って2人で食べた事を思い出す。

今日は無事に診察が終わって良かった。初めて名前を病院に連れて行った時は大変だった。彼女が食べれそうな物を再度考えながら、俺は名前と初めて病院に行ったあの日の事を思い出していた。



21.0820


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渡り鳥は救われたい



   
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