■ 07-03

名前が新しい名前に慣れてきたある日、持病の事が気になり色々調べてもらう為俺達は一通りの検査が出来る病院に来ていた。小さな症状でも大きな病が隠れている可能性があるからシギから名前になった時にしてあげたい事の一つでもあった。名前はあまり乗り気では無かったがなんとか説得して渋々了承してくれたのだった。

あの時は付き添わなくていい、1人で大丈夫だからと言った名前の言葉を鵜呑みにしたのが悪かった。顔が引き攣っていたのは緊張のせいだと思っていて、これから起こる事への前兆だとは思いもしなかった。


受付を済ませて、不安げな表情を浮かべる名前を見送りしばらくの間待合室で時間を潰す。近くにあった新聞を隅々まで読み尽くし、そろそろ終わる頃だろうかと時計を見ながら考えていると慌てた様子で看護師が俺を呼びに来た。

「すみません、お連れの方が…」

呼びに来た看護師の表情でただならぬ雰囲気を感じた俺は急いで名前の元に駆けつけた。診察室には人集りが出来ていて通してもらい中に入ると、そこには腕から血を流し注射器を掲げ、近づこうとする看護師達に針を向けている名前がいた。一目で緊迫した状況だと理解し、思わず息を呑む。

「降谷さん、落ち着いて下さい」

「来ないで!」

名前は酷く興奮していて俺が来た事にも気づいていないみたいだった。看護師の話しによるとそれまでは大人しく検査を受けていたが採血をする為に針を刺した所、急に看護師の手を払い除け暴れ出してしまったらしい。落ち着かせようと試みたが名前は更に痛い事をされると思ったのか自ら刺さっていた注射器を抜き、看護師に向け近づく事すら拒んだと言うのだ。

無理矢理自分で針を抜いてしまったせいか深い傷になり、腕を縛ったままのせいか血が吹き出している。騒然とする診察室、時間が経つにつれて大きくなる血溜まり。このままでは失血死してしまう恐れがあるから看護師達も焦っている。だがその焦りが名前にも伝わり余計に興奮してしまっている、状況は最悪だ。

「すみません、彼女と二人っきりにさせて下さい」

俺はすぐに看護師達に声を掛けて名前の視界の入らないギリギリの所まで下がってもらった。人が多いと余計に興奮するからだ。診察室の中には俺と名前だけになり、落ち着かせる為に優しく彼女の名前を呼ぶ。

「名前」

俺の姿を確認しても名前は興奮状態だった。息は荒く、看護師達に向けていた針を俺に向ける。

「どうした?何があったんだ?」

「零…もうやだ…アイツらみたいに色々調べられて、痛い事もさせられて…帰りたい」

その言葉に胸が痛む。

恐らくだが拉致された時、組織の奴らに色々調べられたトラウマが彼女をこうさせてしまったのかもしれない。知らない場所での検査は彼女にとっての最大のトラウマだ。一生懸命検査に耐えていたが採血時の痛みがトリガーとなってパニックを起こしてしまったのだろう。そばに着いていて逐一説明をすればこんな事にはならなかったかもしれない。彼女の過去を知っているのにサポート出来なかった俺の落ち度だ。


興奮している相手に接する時は、落ち着けなどの言葉はかえって逆効果だ。あくまで冷静に日常会話をするような口調でこちらの要求を混ぜながら話しかける。

「すまない、怖かったよな。それを俺に渡してくれ。君もこんな事したく無いだろう?」

よく見ると注射器を持つ手が震えている。振り上げてしまった拳をどう下ろせばいいか名前自身も分からない様だった。名前は危害を加えるつもりは一切無くあくまでも自衛の為にやっているのだ。だとしたら冷静に対処すればこの現状を打破する事ができる筈だ。

「今からゆっくりそっちに行くぞ。それを俺に渡して家に帰ろう。ハロも待ってる」

安心させる様に笑いかけ、一歩ずつゆっくり名前に近づく。未だに針は向けられているが助けを乞うその目には攻撃性は感じられなかった。

焦りや動揺を必死で隠しながら一歩、また一歩と名前に近づく。出血の事もあって早く近づきたいが今急に動くとかえって危険だ。

時間を掛けて手を伸ばせば触れられる距離まで近づき、手を差し出すと名前は震えながら注射器を俺の掌に乗せてくれた。それを人がいない方に転がす様に軽く投げる。

「いい子だ。腕を縛っているそれも外すぞ」

優しく声を掛けながら駆血帯も外し、床に落とす。吹き出していた血は緩やかに止まり一先ず安堵する。だが、その先の最悪を想定してしまい次に進む事を一瞬躊躇ってしまった。それでも名前の為なら嫌われても仕方がないと割り切るしか無い。

そして覚悟を決めた。


「ごめん、名前」

彼女の返答が返る前に間髪を容れず名前の首筋に手刀を入れる。

「…え?」

徐々に意識を失う名前と目が合う。驚愕と悲愴を語る瞳に一瞬動揺したが崩れ落ちる彼女の身体を反射的に抱き止めた。名前に触れられるのはこれで最後かもしれないと名残惜しさを感じながらも、完全に意識を失った名前を抱き抱えて近くのベッドに仰向けになる様に寝かせる。

「ごめんな、名前」

伝わらない謝罪は自己満足でしかない。

眠る名前の表情は安らかな物ではなく、どことなく悲しそうに見えた。


21.1009

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渡り鳥は救われたい



   
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