■ 06-06

工藤邸を出て名前を車に押し込み、扉を閉める。急いで運転席に回り俺も車に乗り込んだ。無理矢理連れて来たせいで俺を嫌いになってしまったのか名前は俯いていた。

「名前」

「帰らない、帰りたくない…」

名前がここまで感情を露わにするのは初めて見た。そんなにあの男と一緒にいたかったのかと思うと怒りが沸々と湧き上がりそうなるが、なんとか理性で押し留める。

「何故あの男の家にいた」

「零には…関係ない」

関係ない、と言われて少しだけ腹が立った。例え彼女が沢山の人と知り合っても、俺は誰よりも深く名前と繋がっていたかったからだ。名前を与えて、社会の事を一緒に学んでいった仲として関係ないとは。勝手だが裏切られた気持ちにすら感じた。

「一応今の所、君は俺の妻だ。夫婦でいる以上、他の男の家に1人で行くのは良くない」

「零だって…」

そう言って名前はまた押し黙る。零だって?その言葉の続きを促そうとしたが、それよりも先に名前は1人にして欲しいと言う。何故と聞いても躱され答えてくれず、怒っているのかと聞いてもそうでは無いと言う。

名前の言葉の続きが気になったが、それよりも何故あの男の家にいたのかも気になる。あの必死な抵抗は最悪の事態を想定してしまった。もしも名前があの男を好きだったら?そう考えただけで恐怖に苛まれた。怖いが、確かめずにはいられない。

「あの男が……好きなのか?」

「違う!」

悲鳴に近い否定に苦しそうな、悲しそうな表情の名前を見て思わず息を呑む。その表情をさせてしまった事に、やっと自分が冷静ではいない事に気づいた。名前が家に帰っていない時からずっと冷静になれと言い聞かせて冷静でいるつもりでいたが、全くそうでは無かった。

俺は何をしていたんだ?名前に好きな男が出来たら潔く身を引くと思っていたのにこの様だ。名前を取られたく無いと自分の気持ちばかり押し付けて、さっきから全く名前の気持ちなんて聞いていない。暴走とも言える自分の行為は、あの男が絡んでいるのも要因だろう。

名前に気付かれない様に深呼吸をする。とりあえず今は名前が苦しんでいる原因を先に解決するべきだ。その為にはよく話し合わなければならない。少しだけ平常を取り戻した俺は優しく名前に話しかける。

「名前、言ってくれないと分からない」

「言ったらアンタは私を嫌いになるわ」

その言葉に自分に向けて嘲笑を零した。

そんな事は出来ないよ、名前。

「ならない。もうどうしようも無く名前が好きだから」

俺の言葉に名前は顔を上げ窺うように俺を見る。そんな彼女に安心させる様に俺は軽く笑った。

例え名前が俺を嫌いになっても、俺は名前を嫌いにはなれない。演じる分けてみせるのは得意な筈なのに、名前の事になると我を忘れてしまう。この事で思い知ってしまった。


そんな俺の言葉が良かったのか、名前は迷いながらもやっと口を開いてくれた。

「今日、お出掛けしていたら零が…女の人と腕を組んで歩いているのを見たわ」

唐突に語られた内容に昼間のエスコートを思い出した。気づかなかったが名前に見られていたのか。

「それで…私何かよく分からないけど気分が悪くなって…私よりその女の人の方が零の隣に似合うな…って考えて。何故か零に会いたくなくて、どうしたらいいか分からなくて。私も自分の気持ちがよく分からないの…」

「……」

混乱しているものの名前の言っている事は大体分かった。だが理解していくにつれて名前の表情とは逆に思わず口元が綻ぶ。

待ってくれ、それは嫉妬じゃないか?名前が俺に嫉妬している。それは俺を意識していないと生まれないし、俺に好意が無いと生まれない感情だ。名前から嫉妬されるなんて初めてで嬉しく思ってしまった。だが当の本人はそれが嫉妬だと分かってないらしい。

表情が緩みそうになるのを耐えながら俺は自分の事を交え嫉妬と言う感情について説明する。初めは否定したが根気よく説明していくと納得した様だった。初めて抱いた感情を理解するのは名前にとって大変だっただろう。

「嫉妬なの?これ?こんな感情いらなかった。すごく苦しくて…嫌だったわ。零に迷惑をかけたいわけじゃないのに」

「嫉妬も大事な感情の一つさ」

嫉妬された事も嬉しいがベルモットの件を勘違いされたくなくて、俺は名前の頬に手を添え俺の方を向かせて真っ直ぐに名前を見つめた。

「昼間の件だが……あれは仕事で仕方なくやった事だ。俺は麻由しか好きじゃないし、女性と2人きりになる事はあるが君を裏切る行為は絶対にしてない」

してない、と言うよりも出来ない。真っ直ぐ名前を見つめ、自分の気持ちを伝えると名前も分かってくれたのかやっと目を見て話してくれた。

「うん……分かった。迎えに来てくれたのに、手を叩いてごめんなさい」

「俺こそ手荒な真似をした」

頬にやった手を今度は彼女の手首に移動させる。名前の手首は俺が掴んだせいか赤くなっていた。乱雑に扱ってしまった事に謝罪を込めて撫でると名前の手がいつもより冷たい事に気づいた。

「手…冷たいな」

一頻り撫でた後、名前の両手を俺の手で包んだ。あの男の家にいた筈なのに手がすごく冷たい。少しでも温もりを分け与えたくて軽く摩る。

「あの人の家にはさっき来たから。それまでずっと外にいたからかも」

それまでずっと外にいたのか。氷の様な冷たい手は悩んだ証だ。

「あの男とはいつ知り合ったんだ?」

「ついさっき。バス停でぼーっとしてる所を話しかけられたの」

ついさっき、と言う事はそこまで深く関わっていないと言う事だ。ずっと外にいたのは良く無いが、あの男と関わりを持たれる方がもっと良くない。俺も身勝手な男だと反省しながら名前から手を離した。

「そうか……。帰ろう、麻由。ハロが待ってる」

「うん…帰る」

名前の口から帰ると言葉が出て、やっといつもの俺達に戻れた様な気がした。


車を運転しながら俺はこの先にある未来に少しだけ希望を抱き始めた。このまま上手くいけば名前は俺を好きになってくれるかもしれない。昼間のエスコートは最悪だったが名前に嫉妬された事で良しとしよう。

信号待ちで隣を見ると名前は眠っていた。色々考え込んで疲れたのだろう。すかさず自分のジャケットを名前に掛ける。

希望は見出せたが、嫉妬にも様々ある。一般的な男女間の嫉妬はもちろん、自分の親が他の子供と仲良くしていると生じる物もある。名前が抱いた嫉妬はどっちの感情なのだろうか。それが前者である事を祈りながら、信号が青になったのでハロが待っている俺たちの家へ向けて車を走らせた。
 


21.0322

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渡り鳥は救われたい



   
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