■ 06-05

深夜に帰宅すると名前のお気に入りの靴が無かった。下駄箱にでも仕舞っているのだと思い、気にせず家に入ると暗闇からハロが出迎えて来てくれた。

「珍しいなハロ、出迎えだなんて。名前と喧嘩でもしたのか?」

冗談のつもりだったが電気を付けると本当に喧嘩をしたのかと思うくらい、ハロの表情は暗い様に見えた。

名前と一緒に住んでからハロ1匹での出迎えはしてくれなくなった。深夜に帰宅するとハロはいつも眠る名前の傍らにいて俺が帰ると自分のベッドへ戻っていく。俺の代わりに名前を守っているつもりなんだろう。ハロにとって名前は妹みたいな存在なのかもしれない。名前が起きている時は一緒に出迎えてくれるので、ハロ1匹だけの出迎えは久しぶりだった。

珍しい愛犬の行動に風呂より先に名前の様子を伺おうとリビングに行くがソファーは空だった。こちらも珍しくベッドで寝ているのかと今度は寝室に行ったがそこにも名前はいない。

「名前!」

名前を呼び家の中を探し回ったがどこにもいない。ハロも俺の足に擦り寄り心配そうに俺を見つめる。

まさか前言っていた持病が悪化してどこかで倒れているんじゃないか?

最悪のシナリオが頭に浮かぶ。電話に出ないかもしれないから彼女のスマホに仕込んだGPSを調べると動いていた。

良かった、動いていると言う事は意識はあるみたいだ。道にでも迷ったか?何かあったら電話する様にと言っていたのに気を使っているのだろうか。すぐに電話を掛けようと思ったが、不審者に連れ去られている可能性が頭を過る。もし今電話をしたらスマホを捨てられる恐れもある。とりあえず名前の所に行こうと、再び家を出て駐車場まで走った。



再度現在位置を確認しようと運転席でスマホの画面を確認すると名前が今いる場所に目を見開いた。見覚えのあるその住所はあの男が住んでいる工藤邸だった。

「何故あの男が…」

先日ベルモットの協力を得て沖矢昴の正体が赤井秀一だと確証を得た為、工藤邸に乗り込んだ。公安の仲間を待機させ十分な証拠を突き付け対峙したが沖矢昴がいる目の前で赤井秀一が電話を掛けてきた事により失敗に終わってしまった。だが俺の中ではまだその疑念は消えて無い。

まさか、これ以上正体を知られたく無いあの男が名前を人質に?目的の為なら手段を選ばないあの男ならやりかねない。スマホを持つ手に力が入る。腹の底で沸々と怒りが湧くのが自分でも分かった。





車を飛ばしてあの男が住んでいる家の近くに車を停める。そこから走って工藤邸のチャイムを鳴らすとあの男が出てきたので門扉を潜って玄関まで行きあの男に詰め寄った。
 
「ここに名前という女性がいるはずだ」

「この前はどうも。残念ながら今この家には私1人だけですよ」

「とぼけるな!ここにいるのは分かっているんだぞ!」

はぐらかす沖矢昴に掴みかかると玄関の扉の隙間から名前の靴が見えた。それを見た瞬間抑えきれない怒りが湧く。自分の大切な物を汚された様で俺の理性を失うには十分すぎる物だった。無理矢理扉を開けあの男の静止も聞かず、名前を連れ帰る為に屋敷中を探し回った。

客間のドアを開けるとそこには驚いた表情の名前がいた。名前の顔を見てとりあえず具合は悪くなさそうで一安心する。

何故ここにいたのか理由なんて帰ってから聞けばいい。1秒たりとも名前をここに居させたくはない。彼女に近づきその手を取ろうと手を伸ばすと名前は俺の手を振り払った。

「嫌っ!」

名前の拒否に何を言われたか理解するのに時間が掛かった。弱い力で振り払われただけなのに手が酷く痛む。

今、嫌と言ったのか?俺よりあの男の方がいいのか?

頭が真っ白になったが拒否があるという事は彼女の意思でここに来たという事を理解してしまった。ショックで固まっている間名前を助ける為にかお節介にもあの男が割って入る。

「落ち着いて下さい」

「貴様には関係ない!」

胸倉を掴むと悲鳴に近い名前の声が俺に向けられた。

「止めて!乱暴しないで!!」

ガツンと頭を殴られた様に、頭の中で名前の言葉が響く。その言葉はまるで赤井が味方で俺は名前の敵じゃないか。名前が必死であの男を守っている姿なんて見たく無かった。何故と視線を向けると俺に怯えてあの男の背中に隠れる姿も気に食わない。何故俺に怯える。何故そいつを庇う。何故だ……名前。

これ以上ここにいると自分がおかしくなってしまいそうで、名前の腕を引っ張り、膝に手を回し肩に抱き上げる。運んでいる間名前は嫌だ嫌だ、と必死に抵抗する。殴られても蹴られても全く痛くない。それよりも名前に拒否された事の方が辛い。


何故、俺を好きになってくれない。
俺はこんなにも君を愛しているのに。


名前の所持品を全て回収し、帰ろうとするとあの男が玄関まで追って来た。腕を掴みまた俺の前に立ちはだかる。

「待って下さい。彼女、嫌がっているじゃないですか」

「口を出さないで下さい。彼女は僕の妻ですから」

「……。ご夫婦だったんですか」

あの男の問いかけに名前は頷く。だから貴様は口を出すな、と意味を込めて掴まれている手を大袈裟に振り払った。

あの男に名前を妻だと明かしたのは得策では無いが牽制だった。彼女に好意を寄せない為に。あの男に…いやどんな男でも名前を渡してなるものか。




21.0213

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渡り鳥は救われたい



   
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