■ 07-04

感傷に浸っている場合では無い。すぐに時間が無い事を思い出し、外にいる看護師に呼びかけた。

「すみません!処置をお願いします」

俺の呼びかけにスタッフが集まって来る。状況を把握した看護師と医師はすぐに各々動き出し名前の傷の処置や片付けをしていく。

「貴方も急いで手当てを!」

看護師の呼び掛けに視線を辿ると俺の服にはべっとりと血が付着していた。きっと俺が怪我をして傷を負ったのだと思ったのかもしれない。職業柄血なんて慣れているはずなのに名前の血だと思うと心が痛んだ。

「あぁ…大丈夫ですよ。彼女の血ですから」

「そうだったんですか…。ちょっと待っててください」

そう言うと看護師は踵を返し診察室の奥へと行った後すぐに戻ってきた。手にはタオルと洗剤らしきものを持っていてそれを俺に差し出す。

「これ良かったら使って下さい」

「ありがとうございます。使わせていただきますね。少し席を外しますが、また来るのでそれまで彼女の事よろしくお願いします」

「分かりました」

気絶している名前を一度見て、俺は看護師から受け取ったタオルと洗剤を握りしめトイレへ向かった。


トイレの洗面台で水を出し服を擦り合わせて名前の血を落とす。目の前の服よりも、気絶する前に見た名前の目が脳裏に焼き付いていた。


名前に手を上げる事は心が痛かったが、ああするしか他は無かった。落ち着かせた所でこの後傷の手当てもしなければいけない。だが一度ああなってしまった名前に治療という名目でも看護師が近づいたらまたパニックを起こしてしまう。そうなれば今度はベッドに拘束して治療をしなければいけないだろう。きっとそれは名前にとってもっと負担になる。傷を更に抉るより嫌われる覚悟で俺が気絶させるしか方法は思い付かなかった。

検査はあくまでも俺の希望で、こんなの彼女は望んでいない。持病が治せるものなら検査して適切な治療を受けさせてあげたかった。だが結果はこのザマだ。俺の気持ちがどうであれ名前に負担をかけてしまった負い目が更に俺の心を締め付ける。


信じていたのに裏切られた、そう訴えているような名前の瞳はきっと一生忘れられないだろう。理由があっても名前に暴力を振るった事実は変わらない。あの時は本当に嫌われたかと思った。せっかく積み上げてきた信頼が崩れてしまって、自業自得だと分かっていても次に目が覚めた時怯えさせてしまったら、と考えてしまうと怖かった。


服の血を完全に落とし診察室に戻ると傷の処置が済んだ名前はまだ意識が戻らないとの事で病室のベッドで寝かされていた。

検査は採血で最後だったらしく目が覚めるまでこの個室を使っていいとの事だった。俺は備え付けの椅子に腰掛け眠る名前の顔を見つめる。

手を上げてしまったのに嫌いにならないで欲しいなんて、身勝手な願いだ。それでも嫌わないで欲しいと名前が目覚めるまで子供のようにずっと祈っていた。


あの後目を醒ました名前は落ち着きを取り戻し、暴れてしまった事を俺と看護師達に謝罪した。帰りの車内で2人っきりになった時も謝られ、どうやら嫌いにはなっていないのだと心の底から安堵した。

「ごめんなさい」

「いいんだ。俺も痛い思いをさせて悪かった」

「零のは正当防衛だわ」

「なら仲直りしようか」

俺の言葉に名前も頷く。仲直りの名目でお互いの好きなアイスを奢る事になり近くのコンビニに寄り名前の好きなアイスを買って交換した。仲直りのアイスは嫌われずに済んだ事もあってか、いつもより美味しく感じたのを今でも覚えている。


安堵はしたがあの時の自分の行動が正解だったのか今でも時折考えている。いくら名前の為とは言え検査を行った事にだ。それもトラウマを引き出してまで。

後日検査結果で分かった事は名前の持病には治療法が無い為出来るだけ無理をしない様にと言われてしまった。結果的には治療方法が無かったから検査は無意味だったと思ってしまう事もある。だが検査をしないとその事は分からない。治療をしたい俺のエゴは身勝手な物で結局は名前に精神的負担を与えたまま終わってしまった。名前に手を上げてしまった事も含めて、あの時検査をした方が良かったのか否かは今も答えは出ていない。




ふと考え込み過ぎて手が止まっている事に気づいた。手に取ったままでいたゼリーをカゴへ入れる。今は名前の風邪の方が優先だ。そう思いながら名前が好きなアイスも買おうとアイスコーナーまで急いだ。



買い物を済ませて車に戻ると名前は眠っていた。こんなに寝ているを見るのは初めてだ。昨日は夜遅くまで起きていたし、今日は病院に行ったストレスから解放されて安心したんだろう。

車を再び走らせて家に着いたが名前は相変わらず寝たままだった。起こすのも可哀想なので助手席へ回り名前のシートベルトを外して横抱きに抱きかかえた。いつもより息も乱れて苦しそうだ。早くマスクを外してあげたくて起こさない様にかつ急いで家へと急いだ。

玄関の鍵を開けて家に入りそのままベッドに直行して彼女をベッドへと下ろす。名前は未だ眠っていて、ゆっくりと起こさない様に彼女のマスクを外し首元に手を当てると、今朝より熱が上がっていて脈も早くなっていた。悪化しているのは心苦しいが、今俺が出来る事を一生懸命やるしかない。

ずっと暖房と加湿器を作動させていたから部屋は適切な環境に整えられている。名前に毛布を掛け身体が出ていない事を確認した後、車に置いて来た荷物を取りに再度車へと戻った。



22.0715

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渡り鳥は救われたい



   
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