■ 06-02

沖矢昴と名乗った彼に連れられ、私は大きな一軒家にお邪魔していた。家に入った瞬間温かな空気に包まれて凍った身体にじんわりと血が通うのを感じた。他人の家なのにホッと一息ついてしまいそうになる。通された部屋は大きなテレビのある部屋で沖矢昴は部屋に入った瞬間エアコンのスイッチを入れた。

「外は寒かったですね、今お茶でも淹れます。でもどうしてあんな所に?親御さんと喧嘩でもしましたか?見たところ貴女は高校生にも見えますが」

おやごさん?こうこうせい?よく分からないけど流す事にした。

「色々あって…」

「そういえばまだ貴女の名前を伺ってなかったですね」

「………降谷名前、です」

人に名前を名乗るのは初めてで緊張して思わず敬語になってしまった。降谷名前になってからたくさん話したのは風見さんぶりだけど、風見さんは零の部下だから名前を知っているから名乗らなかった。

そういえば零は外では安室透だけど外では私も必然的に安室になるのかな?でも安室透は独身の設定のはず。私も偽名の苗字を使った方がいいのかな?その辺について詳しく聞いておけばよかった。


「降谷?」

私が偽名について思っていると沖矢昴は私の苗字をポツリと独り言の様に呟き、考える素振りを見せる。普通に名乗ったつもりなのに何か間違えたのだろうか。

「もしかして…」

何か言いかけた沖矢昴の言葉を遮るように玄関のチャイムが鳴った。真夜中の訪問者に私達は顔を見合わせる。私が思うのも可笑しいがこんな時間に来客なんて珍しい。時刻は深夜を頭に過ぎていた。

沖矢昴は壁に備え付けられているインターホンを確認する。そして何故か振り返って私をじっと見つめた。彼が何故私を見ているのか分からず首を傾けると

「少し待ってて下さい」

そう言って沖矢昴は玄関へと向かった。


彼が部屋を出て行った瞬間、私は大きなため息を吐いてしまった。

見知らぬ男の人に付いて行って何をしているんだと自分でも思う。何故彼の世話になっているか分からない。ただ、顔も声も全く違うのに降谷零に似てたから付いて来てしまった。

でも今は零と顔を合わせたく無い。明確な理由はハッキリとしないけど、私が今零に対して抱いている感情に近いものなら思い当たる節がある。零達に向けた感情を以前向けられた事があるからだ。私がシギになる前でナンバー0511と呼ばれていた時だ。 

ナンバー0511は臓器の商品番号で名前の代わりに呼ばれていた。臓器提供に向かない私たちはそのまま番号で呼ばれていて、組織の奴らからクラッカーになる知識を叩き込まれた。そして時々行われるテストに合格すれば生きる事が出来たのだ。

私は成績がよく従順で扱い易かったから、他のみんなから僻まれていた。同じ立場でそんな感情を向けられるのは悲しかったけど、みんなの気持ちもよく分かっていた。生きられる私は僻まれて、恨まれて仕方がないのだと。

きっと私は零達を僻んでいるのだ。自分は子供で、彼らは大人で羨ましく感じてしまうから。でも何故だかしっくりこない。また別の違った感情があるような気がする。考えても答えは出なかなった。


ふと扉の向こうで言い争う声が聞こえて我に返る。静かな夜に似合わない怒号に不穏な空気を感じ取るとそれは段々と大きくなり扉が乱暴に開かれ、現れた彼に思わず目を見開いた。 

てっきり沖矢昴が戻って来たと思っていたけどそこに立っていたのは零だった。まさか零がいるとは思わず、一瞬見間違えたと思ったけど昼間見た服装と同じ格好をしている。私を見るその目は怒りに燃えていて、初めて見るその表情に彼が怖くなって身構えてしまった。

どうしてここが…と思ったけどスマホのGPSの事を思い出した。しまった、それを使ってここを突き止めたんだ。アレの事ばかり考えていたせいか切るのを忘れていた。怒られると思って何て言ったらいいのか考えていると、零は私に近づき手を伸ばしてきた。

「帰るぞ」

「嫌っ!」

私は触れようとした彼の手を振り払う。脳裏にあの女の人と腕を組んでいた事を思い出して反射的に振り払ってしまった。零が女の人と腕を組んで歩いている。たったそれだけの事なのに彼から触られるのがすごく嫌に感じた。

零は私からそんな事されるとは思っていなかったのか驚いて固まっていた。私も零を拒んでしまった事に後悔して思わず俯く。私達のやり取りに仲裁をする為か沖矢昴が私達の間に割って入った。

「落ち着いて下さい」

「貴様には関係ない!」

零は沖矢昴の胸ぐらを掴む。今にも殴りかかりそうな勢いに私は思わず声を上げた。

「止めて!乱暴しないで!!」

零を止めたのは沖矢昴に怪我を負わせたく無いのもあった。けれども1番は零が沖矢昴を殴ったら警察を呼ばれて捕まってしまう。それを阻止する為に止めたのだ。

私の必死の静止に零は鋭い目線で私を睨みつけた。前に風見さんを庇った時とは違う殺気がこもった射殺す様な睨みに思わず息を呑む。私は恐くなってビクリと肩を揺らし、その目から逃げる様に沖矢昴の背中に隠れた。それが良くなかったのか零は沖矢昴を押し除け私の手を無理矢理痛いくらいに掴み引っ張る。そして零はしゃがみ、両膝に手を回されそのまま担ぐように抱き上げられる。

「やだ!降ろして零!」

零は近くにあった私の鞄を掴み歩き出した。向かう先は玄関で帰りたく無い私は半ばパニックになりならがらも抵抗する。暴れても暴れても彼から逃げられず、力で敵うはずがないと分かっていても私は暴れた。蹴っても殴っても零は何事もない様に玄関へと向かう。

「嫌だ、帰らない。ここにいる!」

自分でも聞き分けの無い子供のようだと思ったけど、アレを見て気持ちの整理がつかない。

なんでよりによって今日は帰ってくるんだろう。いつもいて欲しい時にはいないくせに。


零は無言のまま靴を履き、玄関の隅にあった私の靴も取る。玄関を出ようとすると沖矢昴が追いついて来て零の腕を掴んだ。

「待って下さい。彼女、嫌がっているじゃないですか」

「口を出さないで下さい。彼女は僕の妻ですから」

「……。ご夫婦だったんですか」

沖矢昴の問いかけに私は頷くと零は掴まれていた腕を大袈裟に振り払った。そして零は再び歩き出し心配そうに見つめる沖矢昴の姿が徐々に遠くなっていく。その目に私はつい視線を逸らしてしまい、零に抱き上げられたまま私は沖矢昴の家を後にした。
 


21.0122

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渡り鳥は救われたい



   
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