■ 04-04

  
先を歩く零の背中を追いかけながら私は昔の事を思い出していた。


まだ零と出会ったばかりの頃、彼にも尾行と盗撮をされた事があった。買い物の帰りに誰かに見られている様な気がして視線のする方を見ると私にカメラを向けている降谷零がいた。詳しくは知らないけど盗撮は私の顔を公安の仲間に教える為だと思う。睨みつけてやると構えていたカメラを下ろして零は驚いた表情をしていた。

その時はそのまま何もしなかったけど、後日家に押しかけて来た時に尾行は止めるように彼に言ったのを覚えてる。零は尾行に気づかれたのは初めてだと言っていて、普通の人は気づかない事が多いから、あの時は凄く驚いたと言っていた。私はその時初めて自分が尾行に気付きやすいのだと知った。

あの時はまだそこまで仲良くは無かったけど尾行も盗撮も、もうしないって約束したのに。


約束を破った彼に少しだけ裏切られたような気がして、悲しかった。




駐車場に着くと車に乗るよう促され、仕方なく助手席に乗り込む。シートベルトを閉めようと手を伸ばすと零が運転席に乗りロックを掛け口を開いた。

「風見と何してた?」

自宅で尋問されるかと思ったけど取り調べ室はここらしく、もう始まったみたいだ。シートベルトをしようとした手を止めて零に向き直る。

「別に他愛もない話よ。尾行のコツとか、年下の嫌な上司との付き合い方についてとかね」

「名前、真面目に答えてくれ」

「今聞かなくても風見さんに報告書を出させるんだから明日には分かるでしょう?」

ぶっきらぼうな私の態度に零は眉間に皺を寄せる。どうやら彼もご立腹のようだ。部下を連れまわして業務を妨害したから当たり前か。でも私も同じくらい怒っている。

「風見さんを連れまわしたのは謝るわ。でもアンタも私に謝るべきじゃない?信用されているって思っていたわ、もう尾行しないって約束もしたのに。私が気付くって知っててやってるから余計に嫌だったわ」

シギだった私に社会的信用はない。仕方がないとわかっていても零にこんな事をされたのは少なからずショックだった。

「俺が名前を信用してないから尾行したと思ってるのか?」

それ以外何があるのか思いつかない。

私が目でそう訴えると零は君に伝えるつもりは無かったんだがな、と前置きをして尾行の理由を語ってくれた。


「君がいた組織と取り引きしていた奴らが来日した」


零の言葉に心臓をギュッと掴まれた気がした。ドクドクと心臓が音を立てて息苦しさも感じて、無意識のうちに手を握り締める。
 
私の様子に零は安心させるように手を重ねてくれた。

「安心しろ、全員逮捕した。だがまだ残党がいるかもしれない。君に何かあったら俺は自分を許せない、だから風見に護衛を頼んだ」

組織のあいつらはどこかの国の諜報員だった。臓器はその国に運ばれて売られていった。組織が壊滅してしばらく経つけど、まさか取り引きしていた奴らが日本に来るなんて考えもしなかった。

「そう…私がいた組織の事ばかりで他の事は調べ損ねていたわ」

奴らは何しに日本に来たのだろうか。組織を壊滅させた私に復讐する為?シギだった私をまた拉致する為?どっちにしろ私は狙われていたかもしれない。組織と組んでいたならシギを知ってても可笑しくない。今は降谷名前だけど私がシギだったとバレない保証はどこにも無い。私のスペックは金になるから仮に奴らに捕まって零を人質に協力しろと言われたら私はシギに戻るかもしれない。奴らに拉致されていたかもと考えると恐怖で血の気が引いた。

「そんな顔を見たくなかったから、君に言わなかったんだ」

零の言葉に顔を上げると心配そうに私を見つめていた。彼の表情に私は自分が如何に愚かだったと悟った。

零は私が心配で風見さんに護衛を頼んでいたのだ。尾行に気付いてしまうけど理由を話せば私は怯えてしまうから自分が嫌われるのを承知で内緒にしていたのだ。なのに私は勝手に勘違いをして零を責めてしまった。信じて無かったのは私の方だった。

「ごめんなさい」

私が素直に謝ると零は優しく微笑んでくれた。

「君が無事でよかった」

そう言いながら私の手を優しく握りしめてくれた。零の言動はいつも私に安心感をくれる。


「零あのね、貴方にプレゼントがあるの」

その気遣いの感謝も込めて私は零に紙袋を手渡した。

「俺に?」

零は紙袋を受け取ると中に入っているラッピングされたプレゼントを取り出した。

「この前初めてまともな仕事でお金を貰えたから零に何かあげたいと思って用意したの。気に入ってくれるか分からないけど…」

私は最近プログラミングの仕事を受け持つ様になれた。とは言っても一回きりの仕事で報酬もそこまで多くは無い。毎月零から貰える家事報酬に比べたら、私が稼いだお金なんて微々たる物だ。でも、私が稼いだお金で零に何かを渡すのは意味があるような気がした。

「開けてみてもいいか?」

私が頷くと彼は包装を丁寧に開けていく。中に入っていたネクタイを見て零は嬉しそうに声を上げた。

「ネクタイか」

「風見さんにアドバイスはもらったんだけど選んだのは私よ」

「着けていいか?」

「今?明日にしたら?」

口でそう言っても、零がすぐに着けてくれる事は嬉しかった。大袈裟に喜ぶよりも彼らしくて嬉しさが伝わってくる。零は今付けているネクタイを外し、私がプレゼントしたネクタイを器用に巻いていく。

「どうだ、名前?」

ネクタイをつけた零は得意気に笑う。その姿はいつもの零と違って子供っぽくて何故か可愛く見えた。

「うん、似合う。零と同じ瞳の色を選んで良かった」

「ありがとう、名前。大切に使うよ」

零の嬉しそうな顔を見ていると、つられて私も嬉しくなった。本当にプレゼントを買って良かった。またお金が手に入ったら零の為に何かしてあげたいそう思った。

「今日はこのまま君と家に帰りたかったが、俺はまだ仕事が残っているから家まで送る。またしばらく帰れそうに無いからハロと仲良くしていてくれ」

「うん、分かったわ。仕事頑張ってね」

私はシートベルトを装着して、零は私達の住む家に向かう為にエンジンをかけた。



今日はとても楽しい1日だった。零の為に買い物をして、風見さんとご飯を食べて、零の喜ぶ顔も見れた。そういえば、風見さんと友達になったんだった。零に報告しなくちゃ。

「そういえばね零、私初めて友達が出来たの。風見さんが私の初めての友達になってくれたのよ」

初めて友達が出来た事が嬉しくて、私らしく無いやや興奮気味に話すと零の返答は以外とそっけないものだった。

「そうか」

想像していた反応とは違い思わず拍子抜けする。それだけ?もうちょっと他に言う事あるでしょう?零のサポートのお陰でここまで来れたのに。もっと喜んでくれるかと思ったのに。

「零なら私に友達が出来たって事を喜んでくれるって思ったけど、あんまり嬉しくなさそうね」

「嬉しいさ、名前が社会に馴染めつつあるのは」

そう口では言っていても、零はあまり嬉しそうには見えなかった。表情は笑っていたけど、目はどこか遠くを見ている様な気がした。きっと運転中だったからかもしれない。喜んでいる様に見えなかったのは残念だけど、今は彼の言葉を信じる事にした。


風見さんについて話していたら最後に聞きそびれた言葉について思い出した。人を好きになると多少ある、どくせんよくと言う言葉は調べれば出てくるかもしれない。私はスマホを取り出して、『どくせんよく』と打ち検索した。


独占欲、自分だけの物にしたい欲求。


他のページを見比べて、言葉の意味は分かったけどいまいち理解出来なかった。私で例えるなら零が風見さんと仲良くすると嫌、私とだけ仲良くして欲しいみたいな物だろうか?

じっくり考えてみたものの、そんな気持ちは全く起きなかった。風見さんは私が零に対して恋慕していると言っていたけど、独占欲が無いなら私は零に対して恋愛感情は持っていないのかもしれない。そう考えると少し悲しい気持ちになってしまう。


運転する零の顔を見ながら彼への気持ちが分かる日が少しだけ怖くなった。



20.1202

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