■ 04-03

 
零から待機を命じられた私達はとりあえず運ばれてきた昼食を食べる事にした。でもさすがにそれだけで1時間居座る事は出来ないので、食後のデザートを追加で注文してそれをゆっくり食べながら零を待つ事にした。


「降谷さんはあの事件から変わられました」

食後のデザートを食べていると不意に風見さんが口を開いた。あの事件とはおそらく私がやった組織壊滅の事件の事だろう。

「前は仕事一筋って方でしたが最近では部下を気遣ったり被疑者の心情に寄り添ったり…おそらく貴女の影響です」

風見さんの言葉にそうだろうか、と疑問に思ってしまった。彼を疑っているのでは無く、単純に私が零にそこまで影響を与えられる存在だとは思えなかった。

「そうかしら。たまに思うの同情で一緒にいるんじゃないかってね。貴方も知っているでしょう?私の過去。私達の関係も普通じゃ無いのは知っているわよね?」

零の部下なら情報も共有してるから私の事も知っているはずだ。普通とは違う夫婦関係の事も。


零は私の事を好きだと言ってくれた、それは同情なんかでは無いことも知っている。でも伝えてくれたあの日から時々思う事がある。どうして零は私の事を好きだと確信を持って言えるのだろうか。そんな事を疑問に思うのは私が恋愛感情というものを分からないせいでもあると思う。

私の過去を聞いて少なくとも同情したはずだ。彼は優しいから好きではなく無意識のうちに哀れみで一緒にいるのではないかと時々考えてしまう。


「一度だけ降谷さんに聞いた事があります。戸籍を用意するなら結婚までしなくてもいいのでは、と。貴方は被害者ですがあの組織にいたので結婚ともなると降谷さんの経歴に少なからず傷が付きます。出世しにくく立場も危うくなるでしょう」

その事実に胸が傷んだ。上には監視の目的で結婚したと言っていたけれど私との結婚はデメリットの方が大きいはずだ。零の足手纏いにはなりたくなかったけど現実はやっぱり私の存在は足枷になっている。

零はこの国が好きだ。公安の仕事にも誇りを持っている。だからこそ私と結婚した事が理解ができない。

私だって少なからず組織というものを知っている。足並みを揃えないとそこでは居場所すら与えられない。組織に所属していれば目立った言動は身を滅ぼす運命だ。詳しくは知らないけど警察も似たような物だと思う。


「ですが降谷さんは真顔でそんなの傷にならないくらい成果を上げればいい。それに彼女を…あ、愛してしまったから…と」

「ぶっ……ふふっ」

真剣な話しをしていたはずなのに思わず吹き出して笑ってしまった。零の言葉なのに言った風見さんは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしている。そんな事、恥ずかしがらずに真顔で言えるのは零だけた。

「愛している、か…くさいセリフね」

でもその言葉が何より嬉しかった。


零から直接言われた言葉も嬉しいけど、こうやって人伝に聞ける事は彼が私を本当に好きなんだと確信出来る。零を疑っていた訳じゃない、ただ自分に自信が無かったのだ。風見さんからの言葉でも零の想いが伝わってきて心が温かくなる。
 

「貴女への愛は本物です。それに貴女への独占欲もあったと思いますよ。人を好きになると多少はありますから」

「どくせんよく?」

分からないそれについて聞こうとしたら風見さんが私の後ろの方を見てあ、と声を上げた。どうしたんだろうと思い後ろを振り返るとそこにはスーツを着ている零がお店の入り口に立っていて辺りを見回していた。風見さんとの話しに夢中で零の気配に気付かなかった。


零は私達を見つけるとこちらにやって来て私の側に立つ。あれ?まだ1時間経っていないような気がするけど。そう思って私はスマホで時間を確認した。やっぱり、言っていた時間より早めのご登場だ。随分と車を飛ばして来たらしい。

「まだ30分しか経っていないけど、交通規則は守ってきたのかしら。この人きっと速度違反してるわよ、捕まえた方がいいんじゃない?風見裕也警部補さん」

零を指差しながら風見さんを見ると、零のくさいセリフを吐いたさっきとは違い真っ青になっていた。

「風見」

零の冷たい声が風見さんを呼ぶ。その声に零を見上げるといつもより声も表情も苛立ってるような気がする。

「はい!」

彼に呼ばれた風見さんは弾かれたように立ち上がって姿勢を正し直立した。風見さんの声と椅子がガタガタと音を立てたせいか店内にいる人達の注目を浴びる。周りの人達の目線が痛い。ここお店の中だから目立つのはやめて欲しいんだけど。

「今日の報告書を明日までに提出。俺に直接持って来い。遅れる事は許さん」

「はい!」

「待って、風見さんは悪くない。怒らないで」

私も立ち上がり零と風見さんの間に立つ。風見さんを庇うつもりで立ったが、2人の身長差があり過ぎて零の鋭い視線を遮れなかった。

「風見を怒るつもりはない。俺の尾行でさえも気づいた君だ、上手く行くとは思っていなかったさ。だが尾行対象と仲良く食事を共にしているとは思わなかったがな」

零はまた風見さんを鋭く睨む。そんな目で怒っていないと言うのは無理がある。怒るつもりは無いって嘘じゃないの。

「だから風見さんを怒らないで。私が零への腹いせに連れ回したの。怒るなら私にして」

零は鋭い目付きを崩さず、財布から一万円札を1枚出すとテーブルの上に置いた。

「風見、会計は君がしておいてくれ。釣りはいらない。それと名前、君は俺と来るんだ」

どうやら取り調べとお説教は別の場所で行うらしい。これ以上は目立ちたくないので、大人しく零に付いて行く事にした。

「分かったわ、私もアンタに言いたい事あるしね」

私の言葉を聞くと零は踵を返し出入り口の方へ向かう。彼の後に付いていく前に私は振り返って風見さんに向き直った。

「さよなら風見さん。今日はありがとう、また会えたら嬉しいわ」

今日の感謝の気持ちを込めて頭を下げると風見さんはそれよりも深々と頭を下げた。



20.1121

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