■ 04-02
私達が昼ご飯を食べに来たのは以前、零と来た所だった。注文をして待っている間、風見さんにさっき店員が言っていた事を教えてもらった。
ご自宅用とは家に持ち帰る事では無くプレゼントとして渡す物なのかを聞いているらしい。基本プレゼントで渡すなら値札を外したりラッピングをしたりするから聞くのだとか。本当ややこしい。言葉の中に深い意味があるから一々覚えるのが大変だ。
「ありがとう風見さん。ラッピングなんて知らなかったし、ご自宅用って意味も本当に理解していなかったわ。時々あるの、同じ日本語を話しているはずなのに分からないことが。以前店員に分からない事を聞いたら鼻で笑われた事があって、それ以来店員とはあまり話したくないの」
私がまだ零と一緒に住む前、コンビニで飲み物を買った時にストローの有無を聞かれた事があった。今までストローなんて使った事無かったから店員にそれは何かを聞いてみた。すると店員は馬鹿にしたように、はぁ?と鼻で笑ったのだ。
屈辱的だった。言い返せない自分も取り返せない過去も笑われているようで悔しかった。
それ以来、どの店のどの店員に対してもトラウマができてしまい、質問はおろか話す事さえ苦手になってしまった。会話をしたくなくて、店員から話しかけられても意味が分からないまま適当に返してしまう。
「今日貴方がいてくれて本当によかった」
再び感謝を伝えると風見さんは照れくさそうに頬を掻いていた。
「貴方から見た零ってどんな感じ?」
「降谷さんですか?」
「言えなかったらいいわ」
公安は秘密主義だ、言えない事も多いだろう。言えなければそれでもいいと思っていた。でも風見さんは私の為に少し考えてやがて話してくれた。
「降谷さんは厳しい方ですが、とても尊敬できます。仕事ができる方ですしあの人の下で働ける事は喜ばしい事です」
彼について話す風見さんはなんだか楽しそうだ。零が褒められていると何故か自分も嬉しくなってくる。
「貴方も零が好きなのね」
「そうですね、貴女とは違った好きですが」
「違うの?」
好きにも様々あるらしいが区別はつかない。零の事はもちろん好きだ。でも目の前にいる風見さんの事も好きだと言える。だから余計に分からなくなる。
「私の場合は敬愛です。尊敬をしていると言う意味です。これは私一個人の意見ですが貴女の場合、恋慕では?」
れんぼ?聞いた事ない言葉だ。
「れんぼってどんな感じ?」
「そうですね…貴女は私の事好きですか?」
「どちらかといえば好きよ」
「では触れ合いたいとかありますか?時間を共有したいとか?」
「特に無いわ」
「では降谷さんについてはどうですか?触れたいとか、触れられると嬉しいとかありますか?長く一緒にいたいと思いますか?」
零に言った事は無いけど、撫でられると心が跳ねる。自分から触るのは恥ずかしくて出来ないけど。一緒に住んでから時間が増えたが時間を許す限り一緒にいたい。
「あるわね」
「それが恋慕だと思います。おそらく貴女は降谷さんを慕っています。ネクタイを選ぶ時の貴女の表情でそう思えましたから」
「そう見えるの?」
「はい」
「そうなんだ」
自分の感情なのによくわからない。頭では理解できる、だけどまだ心の中で納得できないそんな感じだ。でも以前より彼のことを好きだとは思えていた。
今日は色々学べたり知れたりしたけれども随分と長い時間、風見さんを拘束してしまった。私の用事も終わったし、名残惜しいけどそろそろ風見さんを解放しなくちゃ。
私は自分のスマホのカメラ機能を立ち上げてインカメにする。そして私と風見さんをフレームに収めて写真を撮った。
「名前さん!?」
いきなり了承もせず、勝手に写真を撮ったから風見さんは驚いていた。聞いたら絶対に断られると思ったから勝手に撮ってしまった。
「大丈夫、すぐ消すから。この写真も送るけど身内だから安心して」
「身内ってまさかそれは…」
青くなっている風見さんを尻目にスマホを操作して私達が写っている写真を零に送った。
「大丈夫よ、悪いようにはしないわ。今の状況を零に説明するだけだから。まぁ…零ならあれを見ればすぐに察してくれるでしょうけどね」
「いや、ですが…」
私が宥めても風見さんは怯えた様子でそわそわしている。普段零は風見さんにどんな風に接しているんだろう。彼の様子から普通の扱いをされていないのは見て取れる。風見さんはいい人だから優しく接して欲しいものだ。
そんな事を考えていると零から電話が掛かってきた。意外と早かったな、写真を送ってからまだ3分も経っていない。スマホを操作して零からの電話に出る。
「部下を使って監視だなんて、いい趣味してるわね降谷零」
「名前、風見と何してる?」
いつもより声が低い。怒っているのだろう。怒りたいのはこっちの方だわ。
「うーん、そうね……アンタの大事な部下は私が預かった!みたいな?」
「今どこにいる?いや、言わなくていい。そこを動くな」
「怒らないでよ、遊んでもらっているだけよ。大体、私が気づくって分かってて尾行を指示したのに怒れる立場かしら」
返事は無かった。きっと私達がいる場所を調べているんだろう。
「1時間後にそこに行く。絶対にそこを動くなよ」
再度念を押され一方的に電話を切られた。せっかちな人だ、思わずため息が出る。
「ごめんなさい、面倒な事になったわ。1時間後に来るって。零に何か言われたら私に無理矢理脅されたって言って。私からも言っとくから。それとスマホ、奪ってごめんなさい」
バッグから風見さんのスマホを取り出し彼に返すと、いいですよと言って許してくれた。本当に今日風見さんに出会えて良かった。そこだけは零に感謝しよう。
「降谷さんとはいつもあんな感じなんですか?」
「いいえ、そうでもないわ。だけどシギだった時はあんな感じだったかも。私が説明した方が早いと思ったけど、まさかこっちに来るとは思わなかったわ」
「ではそろそろお別れですね」
「また会えるかしら、風見さん」
「残念ながら降谷さんが許さないでしょう」
「そう、寂しいわ。せっかく初めて友達ができたのに」
「友達ですか?」
私の言葉に風見さんはきょとんと目を丸くする。その表情に私も彼と同じ表情になった。
え?友達じゃないの?私たち。
「たくさん話ししたわ。ご飯も一緒に食べたし、貴方の事好きだし、それって友達じゃないの?」
風見さんは何も言わない。友達の定義を間違えたのだろうか。もしかして風見さんは私の事嫌いとか?元犯罪者だしスマホも取ったし彼の時間も奪ってる。そう思うと急に悲しくなってきた。
「ごめんなさい、間違ってたなら…」
「いえ、友達でいさせてください」
「え…いいの?」
「はい、自分で良かったらですが」
良かったらなんて私のセリフだ。風見さんを見ると少しだけ照れたように笑っていて、私も思わず笑みが零れる。
友達なんて人と関わる事が難しい私には一生できない物だと思っていた。ドラマを見ていて友達の存在に憧れてはいたけれど。
友達ができた、ただそれだけの小さな出来事なのに世界が少しだけ広がったような気がした。
20.1117
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渡り鳥は救われたい