■ 08

散歩のつもりでふらふら歩いていると、目の前に見た事のある顔があった。私が帰るまで家の近くで待ってればいいのに。わざわざこの辺りを探したのか。

「何しに来たの、降谷零」

「たまたま君を見かけてね。自由はどうだ?」

「せっかく満喫してたのにアンタのせいで台無しよ」

居場所を変えても追ってくる。そんなに犯罪者が憎いのか。

たまたまな訳あるもんか。きっと降谷零も私と似たスペックを持っているんだろう。じゃないとこんな短期間で居場所がバレるわけない。

明日引っ越ししなきゃ。居場所を変えるのは面倒だが逮捕されるよりマシだし彼に関わるのは嫌だった。


何回も居場所を変えても彼は私に会いに来た。彼は来る度に私に対して質問をする。私を逮捕する証拠固めの事情聴取のつもりだろうか。別に隠す事では無いので機嫌がいい時は答えてあげた。雑談なんて逮捕の決め手にならないし。

過去を知ってくれれば逮捕されないかもと期待もあった。でも彼は私の正体を暴いても会いに来た。だから結局逃げるしかないのだと会う度落胆した。そうして会話するうちに彼との時間が居心地いい物だと気づいていても、居場所を変える事は続けていた。どうせまた傷つくのは自分だし。


自由になってから引っ越しが両手で数えきれなくなった頃、コンビニからの帰り鍵を回すと開いた感触がなかった。鍵はちゃんと掛けたはずなのに。不思議に思いながらドアを開けると彼が座って待っていた。どうやらピッキングで勝手に入ったようだ。

ここで会うのは初めてなのに私が住んでいなかったらどうするのよ。そう言おうとした矢先、彼はニコリと微笑んだ。

「おかえり」

まるで家族が帰ってきたかのように、彼は優しく私を出迎える。その瞬間心の中に温かい物が溢れるような気がした。出迎えてくれる降谷零を見て、内心会えた事に思わず喜んでしまったと同時に焦りを感じた。

あぁ、嫌だ。こんな想い消し去りたい。彼に会える事が嬉しいなんて認めたくは無かった。不意打ちで彼が現れたせいか彼に対する気持ちが他の人とはなんとなく違うと気づいてしまった。

これが好きと言う感情なのだろうか。正直よく分からない。物心ついてから初めてまともな人に出会ったのが降谷零だから勘違いしてるのかとも思った。彼に会えると嬉しいけど彼は私を逮捕する目的で会いに来ている。複雑な気持ちだった。


いっその事隣県にでも出てしまおうか。潜入調査中ならそこまで追って来られないだろう。それとも今度こそ不法侵入で訴えようかしら。そんな事できるわけないのに。ここに住んでからまだ日が浅いのにもう引っ越し決定か。


「それにしても、戸籍も無いのによく引っ越しできるな」

この頃の私は儲かる株の情報を株主に伝えてお金を稼いでいた。これも犯罪だが生きる為仕方がなかった。犯罪を犯すなら必要最低の事だけと決めていた。私ができる事はこれしか無い。本当は普通の仕事をしたかったが色々あって諦めた。

株主の中に不動産経営している奴がいてそいつから空き部屋を貸してもらっていた。見返りにそいつにだけはタダで株の情報を流していたから心置きなく何回も引っ越しができた。

「戸籍が無くても私のスペックと引き換えに自由に引っ越しできるようにしたの。利害の一致ってやつかしらね。それに戸籍を作ったって意味ないもの。私は家族なんてつくれない、普通じゃないから」

戸籍なんて簡単につくれる。でもそんな事をしたって意味がない。犯罪を犯したくないのもあるが社会経験がないから人と話すとボロが出る。人と関われないし家庭を持つ事なんてもっての外だ。スマホを契約する時も必要になるが私にはパソコンがあるし電話する相手もいない。そんな奴に戸籍を作ったってなんの意味があるというのだ。私は一生世界の隅っこで1人で生きるしかない。

「君程の天才ハッカーならもっといいとこ住めるんじゃ無いか?金には困ってないんだろう?」

金には困ってない。その気になれば金持ちの口座を乗っ取っていくらでもお金を移すことができる。今流行りのスマホ決済でも簡単に同じ事が可能だ。でもそんな事はしたくない。私はアイツらと同じじゃないもの。

記憶の片隅に置かれた情景を思い出しぽつりと零すように呟いた。

「昔生きていた頃こんな感じの家に住んでいたの」

生きていた頃とは組織に誘拐される前の事。家庭は貧乏だったがそれ以上のものがあった。優しい両親に自然と自分も母になると夢見ていた。家族をつくりたいと言うより、あの頃は両親への憧れみたいなものだった。その夢はあっけなく潰えたのだけど。

だから解放された時真っ先に家族について調べた。だけど私は死んでいたし妹も生まれていた。死亡届を出すのは当たり前だし、第一今更会いに行っても混乱するだけだ。会って私の存在が負担になるのなら死んだままの方がいい。それに1番怖いのは両親が私を拒絶すること。

まず温もりを忘れて声を忘れて顔を忘れてどんどん失って。残ったのはこんな部屋に住んでいた記憶と取り止めのない会話だけだった。

「何よその顔」

ふと彼を見ると眉間にシワを寄せ悲しそうな顔をしていた。なんでアンタが傷ついた顔してんのよ降谷零。噂のトリプルフェイスも台無しね。

「生きていた頃の記憶があるのか?」

「少ししかないわ」

「本名があったんだろう?」

「そうねあったけどシギになる前はナンバー0511ってずっと呼ばれてたら上書きされたわ。シギの方が名前として使いやすいから使ってるだけ」

「何故そんな虚勢を張る?」

その言葉に何故だか腹が立った。
虚勢?馬鹿言わないでよ。虚勢なんて弱い奴が使うものよ。

「何?じゃあこう言って欲しかったの?辛いの、苦しいの助けてーって。馬っ鹿みたい。私は別に哀れんで欲しくない」

やめてよ、降谷零。アンタにそんな顔して欲しくない。泣いても助けてって叫んでも誰も助けてはくれなかった。アンタだってそう、今にも私を逮捕しようと画策してるくせに。組織にいたから犯罪者としてしか見れないだろうけど私は哀れみを持たれるような、可哀想な子じゃない。

「もう寝たいの、今日は帰ってくれない?」

アンタのそんな顔見たくない。
まだ夕方前なのに私は彼を部屋から追い出した。




20.1002

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渡り鳥は救われたい



   
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