逃避行 | ナノ
付き合ってすぐ彼からデートのお誘いがあり私達はトロピカルランドに来ていた。その日は一日中アトラクションに乗り、気づけば夜になっていた。

「パレードもいいと思ったんですが朝から遊んで疲れたと思いますし、少し休憩がてら展望台はどうですか?」

そう誘われ展望台に行くと人はいなくて閑散としている。下ではパレードが始まっていて遠くからでも楽しめる穴場だった。昼とは違い光り輝くトロピカルランドの夜景に目を奪われる。

ふと彼が夜景ではなく私を見つめているのに気付いた。私の顔になんか付いているかな?と考えていると彼の大きな手が私の頬に触れる。彼は慈しむかのように笑った後ゆっくりと顔を近づけてきた。

あ、キスされる。
慌てて思いっきり目を閉じると唇に柔らかい感触。心臓の鼓動が彼に聞こえるんじゃないかと思うくらい大きくなる。触れるだけなのに私の心が満たされていった。重なった唇が離れ目を開けると彼の嬉しそうな顔が飛び込んでくる。

「すみません、あまりにも名前さんが可愛くて。ついしちゃいました。嫌でしたか?」

彼の不安そうな顔に私は勢いよく首を振った。嫌なわけないむしろ嬉しすぎて言葉が出なかった。私の様子に彼は安心したように微笑む。

「ならもう一度させてください」

断る理由なんて無かった。私は彼から与えられる愛情を噛みしめるように、もう一度目を閉じた。


幸せすぎて死にそうだった。
彼と初めてキスしたとき、あの頃はこの幸せな時間がずっと続くと思っていた。


彼が偽名を使って私と付き合っている事を偶然にも知るまでは。










瞼が重い。夢から醒めてないのかまだ頭が働かない。何か夢を見ていた気がするが思い出せない。けれど、とても幸せな夢を見ていた気がする。


昨日はどうしたんだっけ?昴さんに泣き顔見られて抱き締められてその後の記憶が無い。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。やってしまったと自己嫌悪に陥るがすぐに昴さんに抱き締められたのを思い出し今度は顔に熱が集中する。

横を見るともう一つのベッドで背を向けて寝ている昴さんがいた。起こさないようゆっくりベッドから出て着替えと化粧ポーチを持ち洗面台に向かう。鏡を見ると瞼の腫れた女が映っていた。

「酷い顔…」

水音で起こさないように少しだけ蛇口を開ける。冷たい水で顔を洗い目を冷やし軽くマッサージをする。しばらく続けていると大分マシになってきた。顔をタオルで拭き着替えてメイクで顔を誤魔化す。ユニットバスを出ると起きていたのか着替え終わった昴さんがいた。

「おはよう御座います。すみません起こしちゃいました?」

「おはよう御座います。いいえ丁度目が醒めたので。朝食にでも行きましょうか」

正直お腹は空いていなかった。昨日の夜は食べずに寝てしまったのに全然減ってない。

「何か食べないと」

私の表情から食欲が無い事を昴さんは察したらしい。このままでは倒れてしまい、また迷惑をかけてしまうかもしれない。無理にでも食べようと朝食を摂る事にした。


朝食は別階の会場で行われているらしい。エレベーターを待つ間私は昨日の事を昴さんに謝った。

「昨日はすみませんでした」

あの後の記憶が無いから確実に眠ってしまったはずだ。起きた時はベッドにいたから昴さんが運んでくれたのだろう。男性とはいえ意識の無い人間を運ぶのは大変だったと思う。昨日から昴さんには謝ってばっかりだ。

「いえ、僕もあれ以外女性を慰める方法を知らなくて……ですが結局手出しちゃいましたね」

昴さんは悪戯っ子のように笑う。手を出したとは抱き締めた事を言っているのだろう。

抱き締めて慰めてくれるなんてやっぱり女性慣れしてる。そういえば胸板が硬かったな、細身に見えて意外と鍛えているんだろうな。って何考えてるんだ私は。

昴さんに悟られないよう恥ずかしさを隠すように丁度来たエレベーターに乗り込んだ。



ホテルの朝食はビュッフェ式だった。食欲が無いためサラダを少し取る。気分が落ち込んでいるせいか何も味がしない。食べた気がしない朝食を食べ終わり2人で飲み物を飲む。

「今後の事なんですが名前さん、アメリカに行きませんか?」

「え?アメリカですか?」

突拍子も無く海外を出されて驚いた。
聞けば昴さんは昔アメリカに留学していて知り合いに日本語が堪能な友人がいるらしい。女性だからしばらく彼女の家に身を隠してはどうかと提案された。

「でも身を隠すなら国内でもいいと思うんですが」

「相手は拳銃を持っていた奴らです。もしかしたらここもすぐ突き止められるかもしれない」

「……」

「急に海外と言われても実感が湧かないですよね。可能性の一つとして考えてて下さい」

「わかりました…」

「さて、僕はコーヒーのおかわりでももらって来ますね」


昴さんはカップを手に取り席を離れた。私のコップにはまだ飲み物が残っていたので彼の背を見送る。


拳銃の存在は明らかに彼らが普通では無いと語っている。少なくとも私と付き合ってた頃の彼は暴力団関係者に見えなかった。だとしたらもっと凄い犯罪組織に属しているのだろうか。

考えても考えても今後の不安だけが募っていった。



20.0908

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