部屋はシンプルなツインだった。ユニットバスも付いていて何よりベッドが2つある事に安堵する。
昴さんは荷物を窓側のソファに置きコンビニで買った食料品をテーブルに置いた。
「先にお風呂へどうぞ」
「いえ昴さんが先に使ってください。ここまで運転して疲れたでしょう?」
「僕は食事を先に済ませたいので名前さんから入って下さい」
「ならお先に失礼します」
おそらくだか食事と言うのは先に私がお風呂に入れるようにする名目だろう。ここは好意に甘える事にした。ボストンバッグの中から購入したての下着を昴さんに隠しながら取り出す。彼のアドバイスで購入時タグを切っていて正解だった。そしてベッドに置かれているホテルの寝巻きも取りユニットバスへ入った。
「……ふぅ」
鍵をかけてため息を溢れる。疲れた。
本当ならすぐ寝たい所だが汗をかいたしさっぱりしたい。次に待っている昴さんの為にも急いで済まそう。
服を脱ぎバスタブのカーテンを閉めシャワーを出す。降ってくるお湯は身体と心を温めてくれた。私は急いで全身を洗っていく。一通り終わった後はバスタブを流し軽く掃除する。バスタオルで身体を拭いて寝巻きに着替えると備え付けのドライヤーで髪を乾かし化粧水などで肌を整える。最後に汚れていないかチェックをしつつ濡れた床などを拭いてユニットバスから出た。
「すみません、お風呂いただきました」
「おかえりなさい。お茶を入れたのでよかったらどうぞ」
テーブルの上にはコップに注がれたお茶とコンビニで買ったおにぎりが置いてあった。
「では僕もお風呂行ってきますね」
着替えなど持った昴さんは扉をしめる。ポーチなど荷物が多かった気がするけど何が入っていたんだろう。疑問に思ったが詮索はいけないと思いさっき着ていた服をボストンバッグに詰め夕食を食べようと席に着いた。
昴さんが入れてくれたお茶を一口飲む。温かい緑茶は私の心も潤してくれた。一息ついて安心したのか今日の事思い出す。
怒号と銃声、そして彼の絶対零度の瞳。
取り返しのつかない彼との関係。
これは約束を破った罰なんだろうか。我慢していた分堰を切ったように涙が溢れる。カップを置き嗚咽が出ないよう自分の手で口を塞いだ。
「ううっ……っう、」
泣くな。
自分が知りたくて行動したのに泣くなんて可笑しい。でもあの目が恐い。優しかった彼の目をあんなにしたのは自分なのに。そう思っていても涙が止まらない。もう2度と彼のそばには居られない、その事実が悲しくて仕方がなかった。
昴さんの前じゃなくてよかった。
こんな姿誰にも見せたくない。
殺されるかもしれないと分かっていても、彼に嫌われたかもしれないと思っていても私はまだ彼の事が好きなのだと実感させられた。
不意にユニットバスの扉が開いた。
驚いて反射的に立ち上がり私は慌てて涙を拭う。
「すみません忘れ物を……」
どうやら忘れ物を取りに来たらしいが彼は私を見るなり止まる。私が泣いていて驚いたのだろう。
「あ、ごめんなさい。どうぞ…」
急いで誤魔化したがバレているだろう。目は充血してるはずだし、鼻も啜ってさっきまで泣いていたのがバレバレだ。
動かない昴さんになんて声かければいいか分からず考えていると、彼はいきなり歩き出し私の前に立つ。そして私の腕を引きそのまま抱き締められた。
香水と微かに薫る煙草の匂い。
彼とは全く違う温もり。
あまりにも自然な流れに声も出なかった。
「泣くな」
「…え?昴さん?」
さっきと口調が違い別人みたいだ。でも声も姿も昴さんのままで余計混乱する。驚いて離れようとするが昴さんの強い力で阻まれた。腰と頭に回る力強い腕にどうしても彼を思い出してしまう。彼もよく私をこんな風に抱き締めてくれたっけ。楽しかった思い出が涙へと変わっていく。
「泣かないでくれ」
また泣き始めた私を昴さんは優しく宥める。
どうしてそんなに優しいんだろう。優しくされるとまた涙が溢れてきた。
「ごめん、なさい……」
彼を想いながら昴さんの胸で泣く自分は最低だ。
そう思いながらも昴さんの優しい温もりに私は縋ってしまった。
20.0903
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逃避行