逃避行 | ナノ
 
起床後、身支度を整えながら脳をフル回転させていた。

さて、どうやって彼女の部屋に入るかだ。仮に今、名前の部屋を訪ねても警戒中ならチェーンロック越しにドアを開けてしまうかもしれない。そんな状態では部屋に入れないし、籠られたら厄介だ。それにこれ以上名前に精神的負担を与えたく無い。彼女の警戒を解き、難なく部屋に入る事を目標とするならば、入念な下準備が必要だ。色々考えて作戦を一つに絞った。フロントに電話をして責任者の男に繋げてもらう。

「すみません降谷ですが、制服を1着貸していただけませんか?それと協力して欲しい事があるので清掃員の方を1人呼んで下さい」



しばらくして、ホテルの責任者と清掃員の女性が俺の部屋へやって来た。女性は俺の事について軽く説明を受けたと言っていたが不安そうな表情を浮かべていた。

そんな女性の不安を取り除く為に俺は笑顔で話しかける。

「お話しは聞いていると思いますが、このホテルに宿泊している女性を保護する為に僕は動いています。ですが我々警察に不信感を持っていますので、説得する為にはまずその女性の部屋に入らないといけません。相手を騙すみたいで心苦しいとは思いますがご協力をお願いします」

女性は困惑しつつも同意してくれた。作戦の一つにこの女性が清掃すると言って部屋を訪問し、ドアが開くと同時に名前のいる部屋に押し入る事も考えたが、人が近くにいると分かっている状態なら名前が助けを呼んでしまうかもしれない。

警察だと言ってはいるが名前が必死で叫べばあまりの剣幕に第三者が部屋に入って来てしまうかもしれない。せっかく2人っきりになれるのに第三者の介入は邪魔だ。それに2人の問題は2人でじっくり話し合って解決するべきだしな。

俺は女性に自分の予備のスマホを手渡す。

「貴方は彼女の部屋の清掃をお願いします。そして清掃時間のアラームをセットするフリをしながらこのスマホを部屋に置いてきて下さい。必ず彼女の目の前で操作して貴方の物だと印象付けて下さい。もし彼女が部屋に残った場合はユニットバスなど別の所にスマホを置いて下さい。その場合は出来るだけ分かりやすい所にお願いします」

部屋に知らないスマホが急にあれば警戒するが、清掃員の女性の忘れ物と思えば警戒は解けるはずだ。だがすぐに気づかれて清掃員の女性を追ってスマホを渡されたら、部屋に入るチャンスが無くなる。更に名前にスマホに気づいてもらう事も重要だ。だから別の場所に置き、尚且つ分かりやすい所に置いてもらうのも大切だった。

「大丈夫です、スマホを操作して置く事以外は普段通りやればいいですから。それに彼女は犯罪者では無くあくまで一般人。怯える事は無いですよ」

忘れ物があるとフロントに電話をしてスタッフが行くと伝えれば少しは警戒が解けるはずだ。ホテルの従業員が来ると言う思い込みと名前の優しい性格を利用しよう。必ず鍵を開けてくれる保証は無いが、それについては開けてくれるであろうエピソードに心当たりがあった。

以前宅配便が来た時に名前は鍵を全て開けて対応していた。危ないからチェーンロックをして対応した方がいいと言っても、名前は自分の為に働いている人にそんな事は出来ない、相手を不快にさせるかもと言っていた。彼女はそんな優しい人だ。相手側のミスでの忘れ物でもスタッフが自分の為に部屋を訪ねて来た状況なら鍵を開け対応してくれる可能性が高い。

そうだろう?名前。

もし名前がフロントに直接スマホを持って行ったら、その隙に部屋に入らせてもらう。その時はフロントから俺の部屋に電話でワンコール鳴らして切って欲しいとも伝えた。ここは彼女の部屋の一階下の階だから、すぐに名前の部屋へ行けば間に合う筈だ。ホテルの制服と制帽を借り、名前の部屋の予備のカードキーも受け取って準備は整った。



責任者の男性と清掃員の女性が出て行った後、作戦まで1時間くらいあり時間を持て余したのでシャワーを浴びる事にした。名前を追っていて他の事が疎かになってしまっていた。久しぶりに会うのだ、綺麗な姿で会いたい。

風呂から上がり一度自宅に帰った時に用意した下着とシャツとズボンを履き、ホテルの従業員から借りた制服に身を包み制帽も被る。制帽のあるホテルを選んでくれて良かった。髪と顔が少し隠れて丁度いい。これで覗き穴から確認されても俯けば誤魔化してくれる。まさか彼女も俺が制服を着て訪ねて来るなんて思ってもいないだろう。

そう思っていると備え付けの電話が鳴った。ワンコールで切れないと言う事は、名前はフロントに足を運ばずに電話で連絡を取ったと言う事だ。順調に事が進んでいる事に安堵感を感じた俺は電話の受話器を取る。

「フロントの者です。対象のお客様からご連絡がありました」

「わかりました」

電話を切り、制帽を深く被り直す。


さあ、俺の恋人に会いに行こう。


エレベーターに乗り彼女が泊まっている階へと向かう。静寂が拡がる廊下を歩き名前がいる部屋のドアの前に立ちチャイムを鳴らした。顔を隠す為少し俯き、耳を澄ますと鍵を開ける音がして思わず口角が上がった。俺のシナリオ通りだ、全て上手く行っている。


ドアが開き名前が顔を出す。俺と目が合った後、ゆっくりと引き攣っていく顔にさえも愛おしく感じる。差し出されたスマホが落ちたがお互い気にも留めなかった。

名前は訪ねて来たのが俺だと認識すると弾かれたように急いでドアを閉めようとするが、それよりも早く片足を入れてそれを阻む。扉に手を掛け力任せにドアを開けて無理矢理部屋に押し入った。名前は子猫の様に怯えて俺から逃げるように部屋の奥へ後退りする。そんな彼女を見て、もう二度と俺から逃げられないよう部屋の鍵を全て閉めて制服と制帽を脱ぎ名前に向き直った。

『酷いな、名前。俺達は恋人同士なのに俺を拒むなんて。今のは傷ついたよ』

そんな事を言ったら更に怯えさせてしまうだろうか。それは困る。これ以上怖がらせない為に俺は明るく笑顔で名前に話しかける。

「久しぶり、名前さん。やっと会えましたね」

久しぶり、だなんて自分で言ってて笑いそうになる。アレを見られたのは一昨日だ、何日も会えないなんてザラだったのに。


恐怖で染まった名前の瞳に可愛いと思ってしまったのは、きっと彼女への愛故だ。




21.0111

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