逃避行 | ナノ
部屋に入り、まずしたのはあの男がいないか確認する事だった。あの男なら監視カメラに映らずホテル内に侵入する事だって可能だ。あの男が絡んでいるなら様々な想定をするべきで、もしここにいたら排除しようと思ったが確認した限りではいなかった。

「やはりあの男はいないみたいだな」

「あの男…す、昴さんの事?」

部屋を見渡していた視線をゆっくり名前へと向けた。自分でも失言に気づいたのか名前は慌てて口元を押さえる。

今のは良く無かったな、名前。俺の前で他の男名前を…ましてやあの男の名前を呼ぶなんて。


平常心を保ちつつ苛立ちを抑えながら逃げようとする名前をベッドに押し倒した。関節を塞いで起き上がれないようにもする。仕事上、拘束や制圧は数多くしてきたが俺が今までして来た中で1番優しい拘束だった。

そういえばあの男も電話で名前の事を馴れ馴れしく下の名前で呼んでいたな。その事を思い出すと腹の底からふつふつと怒りが湧いてくる。お互い下の名前で呼び合うなんて俺でさえ恋人同士になってからだったのに。

「もう下の名前で呼び合う仲とは、恋人の俺を差し置いてずいぶんと仲良しなんですね」

我ながら冷たい言い方だと思った。だがあまりにも無防備に馴れ馴れしくあの男の名を呼ぶ。俺がどんな気持ちで君を探していたか知らないで。本当に腹立たしくて愛おしいよ、君は。

「何でここが…」

「俺にとって造作もない事さ。君も聞いていただろう?俺が探り屋だって事を」

「私を…殺すの?」

拘束されてもう逃げられ無いと悟った名前は自分を殺すのかと聞く。アレを見られてここまで追って来たのならそんな考えにもなるが、それは俺が1番出来ない事だよ、名前。

「殺しはしない。だが俺の監視下で過ごしてもらう。勿論俺以外の人と接触はできないがな」

名前の大きな瞳が絶望で染まっていく。しばらくの間は行動を制限してもらうが、そこまでするつもりは無かった。だが見たことの無い怯え切った名前の姿に虐めたくなってしまってついそんな事を言ってしまう。自分にこんな加虐心があるとは思わなかった。

会いたくて仕方がなかった。あの時の事を弁解をするべきなのだが、何よりも名前と会話する方を優先させてしまう。怯えていても俺を見てくれているだけで嬉しさが込み上げてくるから不思議だ。


「君を探し出すのは簡単だったよ。帽子やマスクで変装したとしても個人を特定するのは簡単だからね。例えば膝の形や歩き方とか…」

拘束したまま片方の手で名前の足に触れる。そのまま太腿をゆっくりなぞっていくと名前は口を真一文字に結び声を出さない様にしていた。声を出して欲しかったが俺の手に反応しない様に必死で声を堪える姿もかなり唆る。

「…っ!!」

「そして耳も個人を特定する重要な部位」

名前の髪を耳に掛けながら、耳へのキスは相手への誘惑や独占欲の表れだと思い出した俺は名前の耳にキスをした。そしてそのまま舐めたり軽く噛んだりワザと音を立てて羞恥を誘う。

「い、嫌っ!」

名前はくすぐったいのか激しく抵抗してきた。だがその抵抗も簡単に押さえ込んでしまえるからか可愛いものに感じる。しばらく彼女の耳を攻めた後、最後にもう一度耳にキスをし離れて名前を見ると耳まで朱色に染めていた。

「真っ赤になって可愛い人だ。でもこれは約束を破った罰ですよ。俺は名前さんを信じていたのに…君は約束を破るどころか俺の前から居なくなり、その上あの男と一緒にいるなんて…」

「昴さんは関係ないの!だから…」

それ以上聞きたく無くて言葉の代わりに睨みつけた。名前はびくりと肩を揺らし押し黙る。話しを振ったのは自分だと分かってはいたがあの男ばかり名前を呼ぶ姿が許せない。名前の性格上考えれば分かりきっているが、自分の事よりあの男の心配をする姿に段々と腹立たしささえ感じる。俺は会いたかったのに名前はちっとも嬉しそうじゃない。

2回もあの男の名を言われた時にはもう無理だった。偽名とは言え名前の口からあの男の名前が出るたびに嫉妬で狂ってしまいそうだ。出会ったあの日の様に名前が心配するのは俺だけでいい。

君が好きなのは俺のはずだ。無意識とはいえ公安に配属されてからプライベートでは君にしか俺の名前を教えていないのに。


苛立ちをどこかにぶつけたくて顔を向かい合うように向ける。身を乗り出して名前と唇を重ね、舌を入れて深く絡めた。乱暴な口付けは罰の意味も入っていた。今まで大事に大事にして来たのに、君は他の男の事ばかり。

こんな俺にしたのは名前、君のせいだ。

「ん、ふっ……あっ……」

息をしようと漏れる名前の声は艶っぽく、俺を夢中にさせる。

名前もっと声を出してくれ。俺に君という存在を確かめさせてくれ。

名前…お願いだ、名前を呼んでくれ。
 

口を塞いでいるのに名前を呼んで欲しいだなんて身勝手な願いだと分かってはいたが、それでも名前とのキスをやめる事はしなかった。自分が満足するまでキスをして唇を解放する頃には名前は大分息が上がっていた。

「あの男の名を呼ぶな」

苦しそうに呼吸をする名前を見下ろしながら自分の口元を指で拭い、そのまま名前の唇をなぞる。

「名前さんが男の名を呼ぶ時は俺の名だけでいい」


俺が望むのは、ただそれだけ。



21.0203

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