逃避行 | ナノ
ホテルを出るため昴さんとエレベーターを待つ間、私はどこにメモを入れるか考えていた。居なくなる直前で、尚且つバレないようにしなければならない。

そうこうしている間、エレベーターが到着し扉が開く。チェックアウトの時間帯だった為、人が密集していてギリギリ私達が乗れるスペースしか無い。定員オーバーのブザーが鳴るかと恐る恐る乗るが扉は問題無く閉まった。混雑している今ならメモをバッグに入れても分からないかもしれない。

私はすかさず昴さんのバッグの外ポケットにさっき書いたメモを入れる。密集したエレベーターのおかげで気づかれる事は無かった。


1階に到着し昨日のように昴さんはロビーのソファに荷物を置く。私の荷物もまた持ってもらっていた。

「ではチェックアウトしてきます」

「わかりました。お金はいつか絶対返しますね」

「落ち着いたらでいいですよ」

昴さんから離れるチャンスは今しか無い。私は自分の荷物を持ち、昴さんの荷物は彼に渡す。

「すみませんがお手洗いに行ってきます。荷物置いておくのは無用心だから私の分だけ持っていきますね」

「わかりました。では終わったらここで待ち合わせという事にしましょう」

「わかりました」

私は軽く頭を下げる。本当に良くしてもらった。こんな形で別れるのは本当申し訳ない。深く頭を下げたかったが、ここでそんな事したらバレそうだ。昴さんは感が鋭い方だから私は堪えた。

心の中で謝罪をしつつ私はトイレへ向かった。このホテルの1階トイレは出入り口が2つある。1つはフロント通じていて、もう1つは奥の方にありホテルの裏口へ繋がっていた。友達の結婚式の披露宴で初めて訪れた時面白い構造だと思っていたが、まさか役立つ日が来るとは思わなかった。

私はトイレに入り個室に入らず、そのまま奥のもう一つの出入り口へ抜ける。そのまま裏口へと向かい洋服のついでに買った帽子も被り外へ出た。

すぐ近くに米花駅があったので切符を買おうと券売機に向かう。出来るだけ遠くにと思ったがお金がない。仕方なく隣町の杯戸駅まで行く事にした。

改札を抜け軽く小走りでホームへ降りると丁度、杯戸駅行きの電車が来ていたので飛び乗る。扉が閉まり電車が出発した。周りを見渡しても昴さんの姿は無い。どうやらバレずに済んだようだ。

安堵と罪悪感があったが昴さん為だと言い聞かせる。杯戸駅まではすぐだったので数分もしない内に電車から降りた。

駅構内のATMでお金を下ろしコンビニで顔がバレないようにする為マスクを買い装着する。その後駅近くの適当なコーヒーチェーン店へ入った。標準サイズのコーヒーを頼み2階のイートインスペースに向かい1番窓から遠い椅子に座り一息ついた。


これからどうしよう。昴さんを巻き込みたくないから離れたが行く当てがない。両親は他界しているし、友人の家に行くのも気が引ける。

今日もホテルに泊まるしかない。ネットカフェも考えたがあそこはセキュリティが心配だ。周りを巻き込みたくないから多少は金銭的に痛手を負うしかない。

ホテルのチェックイン時間は大体午後からだろう。サービスで置いてある雑誌を読んだりしながら私はコーヒー1杯で時間を潰した。



昼過ぎになりホテルにチェックインできる時間帯になった。お店を出てどこか泊まれそうなホテルを探す。1番最初に目に入ったホテルにとりあえず入る事にした。

入ったホテルはスタッフ一人一人が制服と制帽を着ていた為、宿泊料が高いのではと警戒した。しかし話しを聞くと連泊すると安くなるらしく、値段を聞くと意外にもリーズナブルに済むのでとりあえず2泊する事にした。

さらにこのホテルではパソコンのレンタルもしているらしい。スマホがないのは不便なので後で借りよう。



部屋に入り荷物を整理しようとバッグを開けるとスマホが無いのに気づく。

「あれ?」

カバンをひっくり返して探しても出てこない。最後に見たのは昴さんの車の中でSIMカードを抜いた時だ。あれ以来触ってないし、もしかしたら昴さんの車の中に落としてしまったかもしれない。

そういえば昴さんはメモに気付いてくれただろうか。あんな別れ方をして後味が悪すぎる。ちゃんと落ち着いたらお礼をしなくちゃ。馬鹿な私はそこでやっと気付いた。

「しまった。昴さんの連絡先知らない…」

自分の不甲斐なさに頭を抱える。電話番号でも聞けばよかった。彼や昴さん並みに頭が良かったらこんな事にならなかったのかな。


どこで間違えたんだろう。彼の後を付けようとしたあの時?たまたま彼の本名を知ってしまったあの時?それとも彼と付き合った事自体間違いだったんだろうか。ずっと不釣り合いだって思ってた。欠点の見当たらない完璧な彼とごくごく一般的な私。告白されたあの日から何故彼は私と付き合っているのか疑問だった。

でも最近になって分かった。偽名を使ってるんだから、私を騙す為だという辛い答えを。


彼から逃げて、昴さんからも逃げて。
どこにも行く当てもない。

「疲れたな…」

もう何も考えたくない。私はベッドに大の字になって寝転ぶ。窓の外を見るとどんより曇ってきた。これから雨だろうか、早めにホテルに入ってて良かった。そんな事を思ってたらいつの間にか眠ってしまった。





目を覚ますと夕日が沈みかけた頃だった。まだ覚めない頭を起こす為、立ち上がり軽く身体を動かして窓へ近づく。街のネオンが夜に向けてぽつぽつと明かりを付け始めていた。


そういえばトロピカルランドで彼と一緒に夜景を見たっけ。今にして思えば、外でデートなんてあれだけだった。私達の関係は内緒だからあの時は特別って事で行ったのだ。あれ以降のデートはお互いどちらかの家で過ごすのが私達の主なデートコースだった。

夜景を見ると思い出す。初めてキスしたあの日の事を。ロマンチックでとても幸せな夜だった。

「…あむろ……とおる」 

大好きな彼の名前を呼んでみる。彼が偽名と知ってから彼の名前を1人でこっそり呼ぶのが癖になった。胸に広がるのは鈍い痛み。初めてキスしたあの頃は彼の名を口にしただけでこんなに辛くなるとは思ってもみなかった。



20.0925

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