逃避行 | ナノ
スマホの電源を切りSIMカードを抜いた辺りで全国展開している衣料品チェーン店に着いた。下着と数日分の私服とボストンバッグを手に取りレジへ向かう。持ち合わせが無かった私の代わりに昴さんが支払ってくれ絶対いつか返すと約束した。

次にコンビニで今日の夕食を買う。食欲が無かったのでおにぎりを一つ手に取った。スキンケア商品も買おうとしたが昴さんに最近のホテルは設備が整っているので不要だと教えられその類の物は買わなかった。男の人なのにそんな事まで知ってるなんて昴さんは本当変わった人だ。

その後彼の調べで近くあるホテルはホテルニュー米花だったので今日はそこに泊まる事になった。

ホテルニュー米花は以前友人の結婚式の披露宴で訪れた事のあるホテルだ。まさかこんな形で訪れるとは思わなかった。しかも恋人ではないさっき出会ったばかりの男性と。


駐車場に車を停め荷物を取り出すと横から昴さんの手が伸びてきた。私の荷物を素早く持つとフロントのある入り口へと歩き出す。

「昴さんそれ私の荷物ですよ。自分で持てます」

「こういうのは男の役割ですよ。それにこうしていた方が自然に見えます」

昴さんは口が上手い。全部言いくるめられてしまう。
ホテルの中に入ると昴さんは近くのソファに荷物を置き私に座るよう言う。

「チェックインして来ます。スタッフに名前さんの顔を覚えられたら困るのでここで待ってて下さい。彼が君を探してスタッフに聞く可能性もありますしね。接触は少ない方がいい」

「わかりました。あの、さすがに部屋は別ですよね」

私の問いに昴さんは軽く笑う。

「もちろん別ですよ。それとも一緒がいいですか?」


軽い冗談に思わず顔が赤くなる。からかわれた、恥ずかしい。私は昴さんに言われた通りソファに腰掛け彼を待った。スタッフに顔を覚えられないように顔を隠すため窓の外を見る。するとしばらくしてチェックインを済ませた昴さんが戻ってくる。心なしか彼は困った顔をしている。

「すみません名前さん。今日この近くで大きなイベントがあったらしくて部屋が一つしか空いてないみたいです。他のホテルも探そうか迷ったんですが他が空いてないと困るのでとっちゃいました」

「え!と言う事は……」

「すみませんが今日は同じ部屋でお願いします。もちろん手は出しませんから」

ここまで付き合ってくれる優しい人だし襲ってくる人ではないだろう。同室で困るのは昴さんが嫌いとか手を出されるとかでは無く気まずさだった。すぐに初対面の人と長時間一緒にいられほどコミュニケーション能力は高くない。しかしもう宿は取ってしまった。ここまでしてくれて嫌とは言えない。


「部屋が無いのなら仕方がないですよね。今日だけはよろしくお願いします」

「じゃあ行きましょうか」

昴さんに促され私は腹を括った。

エレベーターに向かう昴さんの背中を追いかけ今日はつくづく厄日だと痛感していた。 


20.0831

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