耽溺と溺愛



赤司くんと真太郎の試合は、本当に凄い試合だった。終わった後、涙が勝手にあふれて止まらないくらい、視界がぐらぐらするくらい、とっても凄い試合だったのだ。


だけど、結果は、赤司くんが最初に宣言した通りで、秀徳の敗北で幕を下ろした。


そして、それはイコール赤司君と真太郎と私の間で交わされた約束が私の気持ちを一切無視して決行されてしまうということを意味していた。


「真太郎、約束は守ってもらうよ」

「っ」


コートの中で挨拶が終わった後、赤司君と真太郎の内で交わされた会話。私には聞こえなかったけど、絶望的な顔をした真太郎の顔がこちらを向いたので、何を言われたのかは瞬時に悟った。


頬を伝っているそれは、試合で敗北した悔しさだけで流れたものではないと、勝手に思ってもいいかな。


「姫」

「!っ」


秀徳ベンチにいた私を呼ぶ凛とした力強い声。傍にいた監督や選手控え、コート内の先輩たちが驚いたように私に視線を向ける。


真っ直ぐにこちらへ向かってくる赤司君から、一歩、また一歩と後退する私に気が付いたのか、試合で疲弊しきっている先輩たちが駆け戻ってくれた。


だけど、私が一番傍にいてほしい彼はコートの中で動けずに立ち尽くしている。高尾君が必死に何かを言っているようだけど、きっと真太郎の耳には届いていないのだろう。


「逃げるのは、契約違反だ」

「で、でも……」

「おい、ウチの大事なマネージャーに何の用だよ」

「それ以上、近づくな。怯えている」


宮地先輩と大坪先輩が、私の前に立って壁になってくれようとしたけれど、赤司君はそんなもの視界に入っていないとでもいうように、真っ直ぐ私の方へ視線を飛ばす。

オッドアイに見つめられて身が竦むような思いがしたのは、きっと彼が言う契約が成されるのを恐れているからだ。


「どけ。敗者が僕の前に立ち塞がるな」

「「!――っ」」


「先輩っ――あっ!」


身長さこそあれ、醸し出す空気そのものに気圧されて腰を抜かす先輩たちの後ろから引きずられた私は、急激に近くなった距離にさっきまであふれていた涙が引っ込んでしまった。


「僕のところにおいで。異論は認めない」

「わ、わたし……、真太郎のこと好きなのっ」

「知っているよ。断る理由にはならないが」

「どうしてっ」

「簡単だ。真太郎は僕に負けた。君に相応しいのは、僕だと、たった今、ここで証明されたのを君も見ていただろう」


違う。違うよ。
そうじゃない。


ふるふると首を横に振ろうと、手を何度振り払おうとしようとも、赤司君が私を解放してくれることはなかった。

だって、そういう約束だったんだもの。


この試合、真太郎が勝てば、これまで通りに彼のそばにいることを許された。でも、負ければ、その未来は永遠に断たれるのだと。


赤司君が私に好意を持っていてくれていることは、中学の時から聞かされて知っていた。それが、ただの好意でなく、私自身が持つバスケセンスにも加味した上で必要としていることも。


でも、私は、真太郎が好きなのだ。彼のそばで、彼の支えになりたいと、ずっとそう思って、秀徳までついてきたのだ。


「真太郎……っ!どうして、何も言ってくれないの!」

「!――…っ。おいで」

「やっ!」


赤司君は人としてとても尊敬しているし、友人としてとても頼りになって、根はとても優しいこととか、いい人だということは長い付き合いで承知している。

だけど、私が想いを寄せているのは、赤司君ではないのだ。

赤司君だって本当は分かってる。こんなことしても、こんな契約紛いな形で私が傍にいても、心の穴はうずまらないし、ちっとも楽しくなんてない。


「赤司」


私が両手で赤司君の腕を掴んで離れようともがいているその時、すっと横から伸びた手が私の身体を優しく抱いた。

自然と離れた赤司君の手と、掴まれて赤くなったそこを優しく包み込む温かい手。耳の直ぐ傍で聞こえた声に、再びこみあげてきたのは、涙だった。


「真太郎……っ」

「何度も呼ばなくても聞こえているのだよ」

「ばかぁ……っ」


遅いよ、ばか。
両腕で目元を覆って声をあげて泣く私を後ろから抱き込む真太郎の温もりに包まれて、ふわりと軽くなる心。

私を挟んで前にいる赤司君は、しんと黙り込んだままだった。


「俺は、お前に負けた」

「――……」

「それでも、姫だけは譲れない」

「……僕に逆らうのか」


地を這うような低い声。びくりと跳ねる肩を真太郎が優しく抱きしめてくれる。赤司君が絶対。逆らえばその先に待つのは、破滅。

でも、私はこの手を離すことなどできやしないのだ。


「赤司、お前が言ったのだよ」

「!――」

「姫を泣かせる奴は、許さない、と。今、それをしているのは、他の誰でもない、お前だ」

「………」


違う、赤司君だけのせいじゃない。
目を覆っていた腕を外して、ばしっと真太郎の手を叩けば、驚いたような二人の視線がこちらへと飛んだ。


「私、真太郎のせいで泣いてるんだけど!」

「な、なに?」

「そ、そもそも、真太郎がはっきりしないから、わたしっ!」

「お、お前が赤司を見習えだ何だ文句を垂れるから悪いのだよ!」

「だ、だって、真太郎素直じゃないんだもん!」


ぎゃいぎゃい、といつの間にやら始まった口喧嘩は、ここ最近ご無沙汰になっていた私たちの意思交換だ。赤司君が吃驚してこちらを見つめているのを感じながらも、ヒートアップしていく喧嘩は止まらない。

どっちも頑固で譲らないから、結局は仲介が入らなければ終わらないのだ。


「クス、」

「「!」」


今回、仲介になったのは、傍で見ていた赤司君だった。
小さく笑うその声を聞き取って、私と真太郎は顔を見合わせてから、赤司君を凝視した。ここは、笑うところなのだろうか。


「僕の負けだ。潔く引こう」

「え……」

「君はそうしているのが一番いい。真太郎は頑固だけど、君の事はいつだって大切に想っていた」


すっと伸びてきた手が優しく私の頭をひと撫でして離れていく。切なげに揺れる瞳が、優しく笑っているような気がした。


「邪魔をしたな。何かあったら、いつでも僕の所へおいで」

「赤司君……」

「行く予定など今後一切ありえないのだよ!」


真太郎の必死な言葉に小さく笑って、赤司君はそっとその場から立ち去った。試合後に騒然としたその場は、一瞬で安堵の空気に包まれる。

ベンチの方から先輩が駆けてきてくれて、コートの真ん中に取り残されていた高尾君も戻ってきて、監督まで安心した、と傍に来てくれた。

あったかい秀徳の皆に包まれて、大好きで一番大事な人の傍にあれる幸せに今日も、明日も、これから先もずっと、感謝します。


赤と緑が選んだ女の子
(てか、緑間!お前、遅いんだよ!先輩盾にするとかなめてんのか、あ?)
(すみません)
(つーか、真ちゃん、姫ちゃんのこといつまで抱きしめてんの)
(!……離れるな)
(……っ)
(ひゅー、見せつけちゃって!)
(てゆーか、お前ら。そろそろ退場するぞ。次の試合がつっかえてる)
(うわ、まじだ)
(つーか、公衆の面前ですげー告白したな、真ちゃん)
(う、嘘は言っていない。いいから、黙れ高尾)
(・・・(きゅん)


13.11.19
編集20.01.11