きゅんって音がするらしいです



「なあ、蔵馬。お前さ、好きな女とかいねぇのか?」

「唐突だな」

「蔵馬なら別に女に困んねぇだろー?その容姿じゃよぉ」


幽助が突然部屋に押し掛けてきたかと思えば、何とも突拍子もない話を振られて思わず苦笑する。桑原君に到っては、何をそんなに僻んでいるのか、まあ、それはいいとして、困りましたね。

この話題は今までなるべく避けてきたんですが。


「いるだろう。お前」

「飛影。何のことですか?」


この手の会話には絶対参入してこないとばかり思っていた飛影の参戦は正直迷惑極まりない。そもそも、俺の個人情報なんてどっから引っ張ってくるんですかね。邪眼で覗き見とか悪趣味な事でもしてたんでしょうか。

にっこりと笑みを張り付けて飛影を振り返るも素知らぬ顔で窓の外に視線を飛ばしている。


「おおっ、飛影。詳しく聞かせろよ」

「何だぁ?蔵馬、お前俺たちに隠しごととかなしだぜ」

「別に隠し事なんかしてませんよ」

「お前意外と惚れっぽいんだろう」

「だから何のことを言ってるんだ、飛影」


やけに突っかかってくるな。
そもそも俺の一方的なそれは、彼女だって知らない。なるべく平静を装って関わってきただけだ。俺が妖怪だってことさえ、彼女は知らない。

南野秀一としての俺しか彼女は知らないんだ。


「姫とかいったか。あの女、お前の正体知ってるぞ」

「………何の冗談ですか?というか、どうして彼女のこと貴方が知ってるんですか」


思わず言葉に詰まった。止まりかけた思考回路を何とか動かして飛影に答えを求めれば、スッとこちらに視線が向けられる。


「聞かれた」

「は?」

「お前のこと聞かれたから答えてやった」

「……」

「何だ何だ?飛影、お前知り合いなのかよ」

「で、どんな女だ?蔵馬が惚れる女とか、よっぽどなんだろ?」


いやいや。待て。
聞かれたって何だ。
そもそもどうやって飛影と接点を持った?

自慢じゃないが、俺は学校では彼女から目を離したことはない。登下校でさえ一緒にしていたのに、一体どこでそんな――。


「ぼけっとした天然だ」

「へえ。蔵馬って、意外と放っておけねぇ女に惹かれんだな」

「そんで、今どんな感じよ?」

「ちょっと待ってください。飛影。いつ彼女と接点を――」

「まあ、まあ。細かいことはいいじゃねぇか。で、蔵馬、告白しねぇのか?」

「え?や、それはその、ほら、俺にも色々と問題がありますし、彼女は普通の人間で……」

「そんなこたぁ、問題じゃねぇだろ。俺だって、人間の身で雪菜さんに絶賛ラブコール中だぜ」

「貴様は自分の面を見てから出直せ」

「んだとぉ!?チビのくせに!」


ああ、もう何が何だか。
騒然となる部屋の中で大きな溜息をこぼせば、とんとん、と肩を叩かれて横を向く。そこにはにんまりと笑う幽助の姿。

ああ、何か嫌な予感がするんですが。


「実はよぉ。螢子が一緒に連れてきたらしい女がさ、お前と同じ学校らしいんだわ」

「幽助……。知っててけしかけましたね」

「ははっ。まあ、なんつーか、あれだな。ほら、闘いにも休息が必要だろ?」

「……俺の心臓止めるつもりですか」

「ぎゃははっ。んなこと考えてねぇよ。そもそも、連れてって欲しいって頼んだのは、その姫ちゃんらしいしな」


思わず驚き目を見開いた。
彼女が自らここに?
普通の人間がこんな危険な場所に足を踏み入れるなんて、知っていれば絶対留めたのに。ああ、それより、この島に来ているということは、今までの試合も全て見られていたという事じゃないか。

自分の残酷かつ冷酷な姿を晒してしまっていたなんて。

そもそも何で気づかなかった。


「はーい!遊びに来たよー!」

「お邪魔しまーす」

「今日はもう一人可愛い子もいまーす」

「お、お邪魔します……」


俺が頭を抱えた底にノックの音が響いたかと思えば、女子部屋から集団でやってきたらしい女性陣の中に見知った彼女を見つけて思わず凝視した。

白いワンピースを身に纏い、桃色のカーディガンを着て現れた彼女は、普段の学校では見られない可憐さを醸し出していて、思わず口元を押さえて顔をそむけた。

その俺の反応に皆が笑っているのは聞こえたが、俺の頭はそれどころではなかった。


「み、南野君。ごめんね。あの、ほんとは、入学式の時に直ぐ、普通の人とは違うって思ってて、それでも、害のある人じゃないって分かってたから、私……」

「別に怒ってませんよ」

「じゃ、じゃあ、こっち向いて?どうして顔逸らしてるの?」


近い。
頼むからこれ以上、俺の心を乱すようなことをしないでくれ。妖狐の頃の本能が刺激されて何をするかわからない。


「南野君。め、迷惑だったら、言って。私、ただの人間だから、貴方の傍にいちゃいけないのかな?」

「違う。そうじゃないんだ」


というより皆の視線が痛いんだが。こんな泣きそうな彼女をこれ以上突き放してしまえば、後から何を言われるかわかったもんじゃない。


「俺は君が想ってるほど綺麗な男じゃない。その真逆といってもいいほどだか――」

「そんなこととっくに知ってたよ?」


こてり、と首を傾げてこちらを見つめる彼女にえ、と頼りない声が漏れた。様子を伺いながらトランプして遊んでいた周りの連中は一気にその場で吹き出し大笑いし始める。

え、え。


「だって、私に近づく男の子悉く牽制してたでしょ。それに、私に絡んできそうな女の子たちも徹底的に排除してたし。……意外と人に冷たいとこあるしね?」

「………」

「私の幼馴染の凛君が言ってた。南野はお前手に入れるためなら何でもするだろうなって」

「………」

「だからね。私、とっくに南野君のだよって、それ言いたくって」

「待って。ストップ」


これ以上、彼女との会話を聞かせるわけにはいかない。天然程恐ろしいことを平気で口にする。


俺は彼女の手を取って部屋から飛び出した。幽助と桑原君の部屋は隣にある。取り敢えずそこに入って扉をしめると一息ついた。

電気もつけないそこは真っ暗で、窓から差し込む月明かりだけがその場を照らしていた。


「南野君?」

「――俺のものになるってどういうことか分かって言ってるの?」

「え?」


扉に彼女の身体を押し付けて、両腕で退路を断つ。見下ろした彼女は驚いたようにこちらを見上げて、それからほんのりと頬を染めると小さく頷いた。

ああ、駄目だ。


そっと彼女の顎をすくいあげる。びくりとはねた彼女の身体は、それでも俺を拒絶しようとはしなかった。

そっと顔を傾げて彼女の唇に自分のそれを重ねる。


「んっ」


柔らかい感触。くぐもった声が彼女から聞こえたかと思えば、ぷつり、と何かが切れる音が頭に響いた。


「ん!?……みなっん、ふっ」


一度触れてしまえば、もう止められない。ずっとこれまで抑えてきた理性など簡単に崩れてしまった。彼女の唇を夢中で貪っていれば、甘い声が漏れ、それが俺の鼓膜を刺激して、もっと、と求めてやまない。

でもそれは、彼女がか弱い力で胸を叩いてきたことで解放した。


「はっ、……はぁ」


そんな涙目で見つめないで。
もっと酷いことしたくなる。


「南野君、順番違うよ」

「順番、ですか?」

「そう。私は、南野――蔵馬さんのこと、大好きです。気持ちを聞かせてほしい……っ」

「!――フッ」


真っ赤な顔をしてこちらを見上げる彼女の耳元にそっと唇を寄せて甘く囁いた言葉に彼女は花のようにふんわり笑って、俺の首に抱き付いてきた。

甘い香りのする彼女をそっとその腕に抱いて、小さく笑う。

ああ、これで、姫は俺のもの。もう絶対にこの腕から逃がさない。


天然な乙女
(俺は愛しています。姫)
(だぁいすきっ)


15.08.26
編集20.01.10