問われた言葉に乱れた心
「兄様、私、必ず敵を討ちます」
兄の形見である短刀を胸に誓ったのは、兄を死へ追いやった新選組への復讐。
私がこれから歩む道は修羅の道。たとえ、相手と差し違えてでも兄の敵は取る。
そう、心に誓った筈だった。
「すまなかったな。俺は組長としてアイツに何もしてやれなかった」
──この男の言葉を聞くまでは、私の意志は決して揺るがないものだったのに。
─────……
殊の始まりは私の兄、新撰組十番隊組長である原田の右腕と呼ばれていた幸之心が殺されたことだ。唯一の血縁者である兄を亡くし、ショックのあまり涙さえ出なかった私は、真相を突き止めるべく島原の知り合いに頼み込んで潜入させてもらった。
新撰組達がよく出入りするそこで、兄の死の真相を掴むべく。
「そういえばよぉ、佐之の奴まだ気にしてんのか?」 「あー、幸之心のこと?」
真相を掴むのに大した時間は要さなかった。私が潜入させてもらってから数日が過ぎた頃、新撰組幹部が飲みに来たということで座敷に入れてもらった私の耳に届いた兄の名前。
大分酔いが回っている彼等は、ぺらぺらと自分から話し出した。
「あれは佐之さんのせぇじゃねーよ。仕方なかったんだ」 「まあ、あそこで幸之心が佐之を庇わなきゃ、今頃佐之があの世にいるだろーな」
「!──」
「けどさ、佐之さん、幸之心のことだけ気にかけ過ぎじゃね?」 「まあな…。戦で命落とすのは仕方ねぇことだ。組長なら割り切らなきゃならねぇ」
──ふざけるな! 私のたった一人の血縁者を、大事な兄の死を`仕方ない´の一言で済ませるなんて許さない!
「おーい、桜ちゃん。酒注いでくんねーか」 「俺も俺もー」 「はい、ただいま」
沸き起こる怒りを押し殺し顔に笑みを貼付けて、お酌する私の腹は復讐の念で黒く染まっていた。
────……
復讐の機会は思いの外早く訪れた。真相を語った幹部達が兄の死の当事者である`原田佐之助´を島原に連れてきてくれたのだ。
「姫、機会は一回きり。失敗したらアンタの命はない」 「はい、……面倒事持ち込んでごめんなさい」 「気にせんでよろしい。アンタはうちらの光やさかい」 「──ありがとう」
姉のように慕っていた李杞姉さんから渡された盆の上には、睡眠剤を混入してある酒。邪魔な幹部達には寝ていてもらう。
姉さん達の協力で幹部達の酔いはかなり回っている。薬の効き目はすぐに現れるだろう。
「失礼します。お酒お持ちしました」 「おー、桜ちゃん!久しぶりだな」 「!───…」
この間顔を合わせた幹部の一人、永倉さんに笑顔で会釈していた私は、こちらに向けられていたもう一人の驚いた様な視線に気がつかなかった。
「桜ー、酌してー」 「はい」 「平助てめー抜け駆けすんじゃねぇ!」
ギャーギャー言い争う二人に睡眠剤入りのお酒を注ぎホッと一息ついたその時──
「悪いな、騒がしくて」 「!──いえ」
背後からかかった初めて聞く声にびくりと肩が跳ね上がった。振り返った先にあったのは、苦笑を浮かべる綺麗な顔立ちの男。赤茶の髪を一つに束ね、手の付けられていない御膳を前におちょこを手にしている彼こそが兄の敵である`原田佐之助´だ。
「お注ぎします」 「──悪いな」
原田の側に置かれていた普通のお酒を注げば、それを一口に飲み干した。
──不思議だ。 この男、兄様と同じ空気を纏っている気がする。敵を取るべき相手から温和な空気を感じ取る自分から慌てて離れる。
この人は、私の大事な兄を無惨にも死なせたんだ!絶対に許せない!
「──お前、幸之心の妹だな」 「!───…」
──何を。 この男、今何と言った。 目を見開き原田を見上げた私は、切なげに揺れる瞳と出合った。
「一目見てわかった。アイツがいつも話してた通りの女だったからな」 「───…」
──正体が知られるはずない。 だって私は私を偽っているのに。化粧だって、髪型だって、普段の私とは全く違うのに。
「すまなかったな。俺は組長としてアイツに何もしてやれなかった」
──やめろ。 今更偽善ぶったって私は騙されない。寝静まった二人を確認して髪の中に隠していた簪を取り外す。散らばる髪の代わりに手にした簪の形をした小刀を手にすれば、彼は哀しそうに顔を歪めた。
「そいつで俺を殺れんのか?」 「私は許さない!兄を奪ったお前を絶対に!」 「───そうか。じゃあ殺れ。ちゃんと心臓(ここ)狙えよ」 「!──っ」
真剣な顔を見せてトンと自分の左胸を親指で指す原田をキッと睨みつければ、彼はスッと目を閉じて畳に仰向けになった。私が刺し殺しやすいように。
「!──」
──何で、なんで、ナンデ こんな時に兄の顔がちらつくの。やめて!邪魔しないでよ兄様!私はこの男を殺さないとダメなの!兄様の敵を──
『いいか、姫。人を殺すってことはその人の人生を一生背負って生きていくってことだ』 『んー?』 『ははっ。お前にはまだ難しかったか。──直に分かるさ』
ポタポタ─── ああ、何でこんな時に。兄様はいつもそう。私が兄様の言葉を理解した時には、傍にいない。今回なんて、もう手が届かない場所にっ。
「!──…」 「アンタのせいで兄様は──っ!何で兄様なのよーっ!」
小刀を手放し、彼に跨がった体制のままバンバンと胸板を叩く。やる瀬ない思いが涙となってポロポロ零れ落ちては彼の頬を濡らす。
「!──っ」 「本当にすまねぇ──っ」
後頭部と背に手が回ったかと思ったら、ぎゅっと力強くその腕に抱きしめられた。驚いたことで涙は引っ込む。
彼の悲痛な声に胸が締め付けられる思いがした。──本当は心のどこかで分かっていた。兄はこの人の為に命を懸けたこと。この人になら、自分の残りの人生を託してもいいと判断したこと。
全部分かってた、だけどっ!
私はどうなるの。一人取り残された私はどうやって生きていけばいい。何を頼りに生きていけばいい。
「幸之心からお前のことを頼まれてからずっと捜して、やっと見付けた」 「え──」 「これからは俺が守ってやる。アイツの最期の願いを俺に果たさせてくれねぇか?」 「!───っ」
こんなの卑怯だ。兄の最期の願いを私が無下に出来るはずがない。彼の頼みを断れるはずがないじゃないか。
「──兄様の代わりなんかじゃない。アンタはアンタの力で私を守って」 「!──ああ」
──兄様 私、兄様に心配かけさせないように真っ直ぐ自分の人生を歩んでいきます。
心の傷痕はきっと癒えない。それでも私は、この痕を胸に刻み後ろを振り返らずに今を生きる。
最期の願い
11.08.10 編集20.01.10
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