言葉は溢れ出る血に消えた



「どうされた?そのような顔をなさって」

「また、敬語……」

「し、しかし――」


何度頼んでも、何度ふてくされても、彼の話し言葉から敬語が抜けることはなかった。私は、ランサーのマスターではないし、叔父の正当な後継者でもない。今回の聖杯戦争でも、ただのサポート役でしかないのに。

彼は、こんな私にまで、騎士として忠誠を誓い、頭を垂れるのだ。


叔父は、その忠義をも平気で踏みにじろうとしている。あの女が、彼に魅了されてしまったが故、叔父は嫉妬に狂ってしまった。

それでも彼は、死にかけた叔父の命をも拾い、ソラウを新たなマスターとして迎えた。


私には、彼の呪いはきかないけれど、彼の心に寄り添ってしまった分、心はもう、彼に溺れてしまっているのかもしれない。


「運命って信じる?ランサー」

「――…」

「私ね、敷かれたレールの上を歩いていく自分の人生がとても嫌だった。好きでもない男と婚姻を結んで、好きでもないことに精を出して、ただ利用価値だけを頭に置きながら運命に抗えないまま、ただ一つの道を進んでいくの」


私は、魔力の貯蔵量がその他の魔術師に比べて比較的に多い。御三家には及ばないにしろ、今回の聖杯戦争に正式なマスターとして参加しても不思議でないレベルだとまで言われた。


それでもこうして、ランサーの魔力の供給源をしてサポートにまわされているのには、私の嫁ぎ先に問題があった。

身体に傷一つつけることを許さないとするその縛りのせいで、私はマスターとしてこの聖杯戦争に参加することはかなわなかった。

なんて、ばかばかしい理由だと思うだろう。

そんなことで、私の未来は簡単に決まってしまうのだから。


「ランサーは凄いね。愛する人の為に、全部なげうってまで、自分の道を進んだんだから」

「――主君を裏切った過去は、決して、褒められるべきものではない。まして、羨むなど、あってはなりません」

「ねえ、ランサー」

「はい」

「もっと誇ろうよ。自分の生きた人生なんだから。絶望もあった。でも、その中に見つけた幸せまで否定しちゃだめだよ」

「!――……っ」


彼が叔父のサーバントとなり召喚されてから、彼はどんな不遇も受け入れていた。今度こそは、主を裏切らないという彼の意志は痛い程に伝わってきたけれど、それでも、彼の生きてきた人生全てを否定する必要はないと思う。


「叔父さん。本当にソラウが大好きだから、だから、貴方に嫉妬して辛くあたってるだろうけど、でもね、本当は優しくて、とっても聡明な人なんだよ」

「ええ、分かっています」

「うん。ありがとう」


柔らかい笑みに、私も微笑み返した。彼は、本当に、澄んだ心の持ち主で、騎士道を重んじる人だ。忠義を大事にし、情にあつく、心優しい青年。


「あーあ。ランサーが私のお婿さんになってくれたらいいのにっ」

「!な、なにをっ!」

「ふふっ、貴方でもそんな風に慌てるのね」

「からかったのですか」

「半分、本気」


もう、聞きません。
とそっぽを向いてしまったランサーの腕に飛び込んでしまえたら、どんなにいいだろうか。全部投げ捨てて、彼のことを愛するだけの女になれたら、どれだけ幸せだろうか。

こんなこと、口にしてしまったら、彼はきっとまた絶望してしまうから。

だから、私は、彼の呪いがきかない女として、彼をただ一人の友として接しなければ、いけないんだ。


「姫。後ろへ」

「!――セイバー…」


ぴりっとした空気を感じたのと同時に、ランサーがさっと私の前に出て、一歩下がるように進言する。彼の背中に庇われながら、先を見れば、セイバーとその魔力供給者の姿。


「ランサー……」

「心配は無用。このフィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナが必ずや、貴女に勝利の栄光を」

「ええ。ディルムッド。私は貴方の心と共にある。存分に力をふるってちょうだい」


そっと彼の背中に両手を添え、額をつける。彼の温もりを感じて送り出せば、彼の手が優しく私の頭を撫でた。

こんなこと、今までに一度も――。


伸ばしかけた手を宙を舞い、彼は私の傍を離れて、戦場へ。何か、胸騒ぎがした。いつもと違う何かは、終わりの前兆。

別れを意図している気がしてならない。


「!――」


剣戟の火花が散る中、何か負の力を後ろから感じて振り返る。そこに見えたのは、血だらけのソラウと彼女に銃口を向ける衛宮切嗣、それを前にした叔父の悲痛な面持ちだった。





・・・・

「貴方は、本当に彼女の前では強敵だ」

「勝利の女神を前に、敗北は決して許されん」


俺には、彼女がついている。主がどんなに俺を憎み、罵ろうが、彼女が傍にいれば、俺は自分を保っていられる。この槍と共に、闘える。

彼女への想いを告げることは叶わなくとも、俺は騎士道に恥じぬ生き方を貫くまでだ。それが、彼女への恩義を返すこととなるだろう。


「フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ。おして参る」

「おうとも。ブリテン王、アルトリア・ペンドラゴンが受けて立つ。いざっ!」


騎士道の剣に誉あれ。俺は、セイバー、お前に出逢えて本当に良かった。同じ騎士道を志すものとしても。俺は、騎士王と槍を交えられたことを誇りに思うぞ。


「ディルムッド!!」

「!――っ」


彼女の俺を呼ぶ声が耳に届く。槍が突然制止したかと思えば、切っ先が俺へと向いている。令呪の強い働きかけを感じた。

ふり返れば、彼女が、全神経を集中させて、令呪を抑え込もうとしているのが見えた。俺に駆け寄ってくるその姿が、全ての終わりを告げているようだった。


「彼女を殺せ」

「っ。来ては駄目だ!姫!」

「!――っ」


遠くの方から殺気が飛んだ。銃声と共に、彼女の身体が赤く染まる。それでも、倒れず身体を引きずって俺の元へ歩を進める彼女は、自分の治癒さえ行わずに、令呪と対抗するために魔力を使い続けていた。


「貴方を守るのが、私の役目です……っ」

「違う!貴女を守るのは、俺の役目だ。俺への魔力を断て。自分の身体をっ」

「そんな…残、酷なこと…言わないでっ。――貴方は、愛する人を目の前で見殺しにしろと、いうの……?」


槍が俺の胸へと近づいて、制御がきかない。ふらふらと足を引きずって、俺の腕の中に飛び込んできた姫は、血に染まった己の手で、俺の手の上から自らのそれを重ねて、抑え込んだ。

やめてくれ。愛するものを見殺しにできないなどと。貴女がそれを口にしてはいけない。その言葉を俺に向けてはいけない。


「死なせたりなんて、絶対させない…っ」

「セイバー!頼む。姫を俺から引き離しれくれ!彼女を、彼女を死なせないでくれっ」


彼女に死なれては、俺の最後の希望が、願いが全て打ち砕かれてしまう。本来ならば望んではならなかった。欲してはならなかったものを、望んでしまったが故に引き起こしてしまった悲劇など、受け入れられるはずもない。

今度こそ俺は、絶望の淵で、一人佇み、動けなくなる。


「!今行くっ!」

「令呪をもって命ずる。セイバー、その場を動くな」

「なっ!切嗣!貴様っ!!」


どこまでも非道な男だ。
愛した女をこの手にかけるくらいなら、俺は――。


「姫」

「何を言われても、私は――っ」

「貴女は言ったな。愛するものを見殺しには出来ないと」

「!――っ」

「では、俺の愛する人は見殺しにしてもいいという道理はないのではないか」

「――っ」


この想いは決して告げないと誓った。それでも、今、彼女を救う唯一の方法があるとするならば、彼女を言葉の枷でもって、解放する。


「本当に、ズルい人」

「――っん、」

「貴方のいない未来に私の生きる道はありません」

「!やめろっ!」


槍から手を引いた彼女がこちらを振り返る。重なった唇は、血に滲んでいたが、とても温かく優しかった。

微笑んだ彼女の言葉が意味するところを理解するも、時すでに遅く、ゲイ・ジャルグは俺の全てを奪った。


貫かれた痛みより、腕の中で微笑んで逝った彼女を失った痛みの方が何倍にも俺を蝕んだ。それは、激しい憎悪となり、黒く歪んだ闇が辺りに立ち込めた。


「貴様らは、そんなにも、そんなにも勝ちたいか…っ」


俺の全てを奪って、たった一つ抱いた祈りすらも踏みにじって、貴様らは何一つ恥じることはないのかっ。許さん。断じて貴様らを許さん。

騎士の誇りを貶めた亡者どもめ。

俺の愛した、穢れなき純真な乙女すらも血に汚したこと、決して忘れはせん。

その夢を我が血で穢すがいい。聖杯に呪いあれ。願望に禍あれ。いつか地獄の窯に落ちながら、このディルムッドの怒りを思い出せ。


黒い呪いに沈んだこの汚れた身で、貴女を連れて行くことを許してほしい。この手に抱いたまま、俺と共に堕ちていくことを拒まないでほしい。

どうか、俺の心までをも、絶望に染めてしまわないでくれ。


「ディルムッド。私の心は、常に貴女と共に。地獄の果てへでも、闇の底にでも、喜んで、貴女と共に参ります」

「ああ。俺の心は、永久に、貴女のものだ。姫――」


身命を賭して


15.07.11
編集20.01.10