052話 特訓開始



「地図を見ても分かる通り、この島の周りにはいくつか小さな島がある」
「無人島だね!」
「三つもあるんだね」


まこが掲げてくれた地図には、三つの無人島。好島・大島・水島のこの三つの島の間を遠泳、陸をマラソンといったサイクルが今回の合宿での特訓となる。

島の間の距離は1キロ。

つまり、1セット4キロの遠泳と1キロのマラソンとなるわけだ。これは結構厳しい。ブランク云々の前に、私は海で泳いだ経験があまりない。遠泳など初体験といってもいい。


「初日は、3セットを目標にしたいと思ってるけど、まつりは2セットで頑張ってみて」
「……うん。今回はお言葉に甘える」


2セットでも結構厳しいかもしれないけど、それでもこれはでっかいハンデだ。胸がずきっと痛んだのは、皆と対等に泳げない寂しさと、敵わないとわかってしまう悔しさだった。

思わずぎゅっと拳を握りしめて俯いてしまう。そんな私に気が付いてくれたのは、隣にいたハルだった。

そっと包み込んでくれた手がやんわりとほぐれていく。


「お前は、お前のペースで頑張っていけばいい」
「……っうん」


ついこの間、泳げるようになったばかりだろ、と何とも誤解されそうなことを呟いたハルをキッと睨みつける。そうすれば、何故か顔を赤くしてふいっと視線を逸らすハルに頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。

なんでそこで赤くなるの?

わたし、怒って睨んだのに。


「怜ちゃんもそうしたほうがよくない?」
「うん。怜も初心者だし、別メニューを用意してる」
「いえ!皆さんと同じで大丈夫です!遠泳の理論は完璧に叩き込んできましたから」
「理論は完璧でも海は危険だから。同じメニューでやるなら、ビートバンかヘルパーを」


まこの言葉に合わせるように、さっきまで私の手を握っていたハルは、ビートバンとヘルパーを抱えて怜君の前にそれらを突き出した。

彼の美的感覚的にそれらは美しくないものに部類されるだろうか。苦笑しつつ見守っていれば、「まつり先輩はいらないんですか!」と私を指さしてくる始末だ。


「まつりは一応ブランクあるだけで、怜より経験値は上だからね」
「うん、あると余計に危ないかも」


大丈夫か、と目で問いかけてくれたまこに優しく笑って返せばほっとしたような笑顔が返ってきた。


「それじゃあ――」
「特訓開始ー!!」


まこがスターとの合図を切ろうとしたのを渚の声が遮った。一目散に海へ駆けだす渚を追って怜君もビートバン片手に追いかける。

それを見送ったあと、大きく伸びをしてから、追いかけようとした私は、まこの表情を見て足を止めてしまった。それはどうやらハルも同じようで。


「!――大丈夫だって。心配ないよ。俺たちも行こう」
「あ、ああ」
「うん」


そんな作ったような笑顔で言われても心配だよ、まこ。






・・・・・

ああ、気持ちいい。
さっきまで照り付けていた日差しが海の中に入ると中和されるような気がした。足がつかない感覚は何だか空に浮いているみたいで楽しいし、不思議と身体は海に馴染んでいた。



一応、ポイントの島には真ちゃんと和兄が待機している形だ。もしもの場合に備えてっていうのと、水分補給とか諸々の補助にいてもらってる。水島には、真ちゃん。好島には和兄。大島には誰もいないけど、両端の島に全て備えてある。


私は一応、順調に進んでいるけど、怜君は早くも遅れが目立っていた。でもそこは元陸上部。陸に出たらまあ、早いことで。


「ほい。ちゃんと水分とってな」
「ありがとうっ」
「あともう一周頑張れよ」


真ちゃんなんか、熱いだ何だで文句たらたらだったけど、和兄はやっぱりというかめっちゃきらきらした笑顔で出迎えてくれた。

優しいっ。


とりあえず私はもう一周と少しすれば終わりなんだけど、先が遠い。泳いだ後に走るだけでもきついのに、砂浜熱いし、砂で走りにくいしで、本当人魚姫には厳しい世界であります。


「まつり、大丈夫?」
「んーっ」


海に浸かればぐーんと体温が下がって安定。まこの問いかけにへにゃーとなって返せば、大丈夫そうだね、と苦笑されてしまった。ハルは怜君のサポートに回ったりと元気に泳ぎ回ってるし、渚も何だかんだ乗り切れそう。

まこも心配していた事態には陥っていないし、やっぱり私の思い過ごしかな。


取り敢えず今は自分の心配だね。男子組はまだまだ元気だ。負けちゃいられないもんね。



それからはまさに地獄のような遠泳とマラソンに目が回りそうだったけど、何とかたどり着けたその場で電池が切れたように転がった。

江ちゃんが慌てて駆け寄ってきては、私にタオルを手渡して、ドリンクなんてご丁寧にキャップまで外してくれた。


「ふぃーっきっつーい」
「でも、先輩凄い!ハンデあったにしても達成したし、皆さんより早く戻ってこれましたね!」
「といっても、ほんのちょっとね」


ほら、と海に視線を投げれば、彼らの帰還はもうすぐそこだ。いつの間に差を縮められていたのか。全く恐れ入る。

皆が帰ってきて暫く、真ちゃんと和兄も島まで戻ってきた。勿論船でね。二人とも暑い中本当に協力してくれて助かった。

何事もなく、今日が終わって本当によかった。


「こんなに遠泳がきついものだとはっ」


まこのことばかりを気にしていたから。だから見逃していた。気が付かなかったんだ。


「初めてにしては上出来だよ。よく頑張ったな、怜」


何かを堪えたような、もどかしさに苦しむ一人の男の子の悩める声を聞き逃していた。

それが後に恐ろしい事件に繋がるだなんて誰が想像しただろう。


心地のいい倦怠感に溺れて、自分が成し遂げたことへの達成感が胸を占める中、自分のことで頭が一杯だったんだろうか。


「予定の半分しかこなせてない…」
「まあ、初日はこんなもんだよ」
「あ、明日はもっと頑張ります!」
「うん、その意気だ」


江ちゃんの言葉がぐさりと胸に刺さったけど、ここはまこの言葉に同意する。持久力不足は皆に当てはまる重点課題なだけに、そこが一番の弱点となる。

初日に完遂出来ようものならそれは、課題でも何でもないのだから。


「はーい。反省会はその辺にして、暗くなる前に食事にしましょう」


天方先生の明るい声が響いたと思ったら、ぐうっと腹の虫が鳴る。誰にも聞かれてないよねと周りをキョロキョロと見渡すが、誰とも視線はぶつからなかった。


「まつりも限界みたいだし、そうしようか」
「っ!?」
「皆聞こえてる」
「もう、まつりちゃんてば、真っ赤になっちゃって可愛いっ!」
「う、煩いっ!!」


皆してすっごい意地悪だ。聞こえてるなら、女の子なんだからって気を回して黙っているべきじゃないの?からかうなんてもってのほかだ!


「あら、調味料忘れちゃった」
「私宿で借りてきます!」
「私も行くっ!」


その場に居たたまれなくて江ちゃんと一緒に調味料を借りに宿へと向かうことにした。後ろで笑ってる皆の声は無視。面白がるなんて、本当に女心をなんだと思ってんのよ。

あ、そもそも女だと思ってないんだ、きっと。




(特訓開始)
きゃっ!ごめんなさいっ
あ…松岡先輩の、彼女さんと、妹さん……?
え?なに?聞き間違えかな。凛のなんだって?
あ?どうした似鳥……!?
あ、松岡先輩
ちょっと似鳥君。今のちゃんと説明してくれるかな
え、だから松岡先輩の彼女さんですよね
違いますね。私誰ともおつきあいしてませんね
チッ、おい、ちょっと来い、お前ら
わっお兄ちゃん!
な、凛っ!


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