051話 綺麗になった君を追って



さあ、やってきました地獄の夏合宿。船の中で散々潮風にあてられ、波に揺られてダウンしてしまった怜君が慌ててトイレへと向かったその時、私は真ちゃんと和兄と一緒に荷物運びしておりました。


「真ちゃん。何でこんな荷物多いの?」
「何がラッキーアイテムになるか分からないから仕方なく持てるだけ持ってきたのだよ」


眼鏡を押し上げて、キリッとしたそんなカッコいい恰好しててもね、言ってることが常識通り越してるから、ただ面白いだけなんだよね。残念なイケメンってこういう人のこと言うのかもしれない。

これなら、あの時の陰りある表情は気にしなくても大丈夫そうだね。


「征兄ちゃんに何言われたか知らないけど、真ちゃんに頼んだのは私で、征兄ちゃんが関与してくることは一切ないんだからね」
「――聞いていたのか」
「だから何も聞いてないってば」
「――お前は人の心配より先に自分のことを考えるのだよ。男女の体力の差はどうあっても今回の合宿でお前につきまとってくる問題だが」


本当にもう、痛いところをついてくる人だ。人事を尽くすことで常に自分にも他人にも厳しくて。だからこそ、彼の努力は誰にもまねできない、彼だけの武器なんだ。


「見くびらないで。私の覚悟は、こんなことで揺るがない」
「!――」


強く惹きつけられる瞳。揺るがない覚悟と、ぶれない意志。この子の魅力は、ただ守られているだけじゃ決して開花しないものだ。それを理解しているのは、きっと一握りだとおもう。

俺や真ちゃんは、まつりちゃんを大切には想っても、手を差し伸べても、立ち上がれたその時は、その手を離してやる。

それがこの子の為だとわかっているから。


だけど、それは同時にこの子の隠された魅力を表に引き出してしまう。これは、赤司や黄瀬には毒にもなるそれなんだ。


「まつりちゃん。準備体操はしっかりな。海は波がある。その分、体力はどうしたって必要だ。身体を酷使するだけが、成長に繋がるわけじゃねぇってこと、分かってんな?」
「うんっ」
「最初は自分のペースでやれよ」
「ありがとう、和兄っ」


まあ、俺らが心配するまでもなく、さっきから痛い程突き刺さってくる視線の先がこの子を守ってくれる。何かあれば、何より先に駆けつけるんだろう。

本当に、まつりちゃんの周りには過保護な連中が多くて適わないぜ。


ぽん、と肩をたたいて送り出してやれば、はにかんだ彼女は、俺と真ちゃんに手を振って、仲間の元へ帰った。


「なあ、真ちゃん」
「なんだ」
「赤司に言われたこと気にし過ぎなんじゃん?」
「……お前は、その時が来ても、平静に受け止められるのか」


潮風が冷たく頬を撫でる。
ああ、なんか、夏だな。


「妹を守るのは兄貴の役目だ。でもさ、姫を救うのは、王子の役目なんだよ」
「――そうか」


俺の見据える先に一人。
ばちりとぶつかった目は、真っ直ぐ俺を射抜いた。

松岡凛か、七瀬遙か。
それを決めるのは、俺たちの大事な妹だ。


「七瀬」
「……なんですか」
「俺は、お前にちょっと期待してんだからな。裏切んなよ」
「!――…意味が分からない」


ふいっと逸らされた視線の先には、無邪気にはしゃぐまつりちゃんの姿があった。

それ、答えんなってねーよ。


惚れてるだけじゃ、救えない。
それを早く気が付いてほしい。松岡より先に、お前が気づいてやらないと、あの子は全てを拒絶して自分の中にこもっちまうぞ。






・・・・・

「あ、凛だ」
「何で、ここに鮫柄が……」
「ひょっとしてまた江ちゃんが…」
「今回は私何もしてませんから!」


怜君が走って戻ってきたかと思えば、連れられてきたその先には鮫柄学園水泳部のみなさん。窓から覗き見る私たちに彼らが気づくことはなかったけれど、このまま無人島に留まっていれば、どこかで鉢合わせしちゃうんじゃないかな。

そうなると気がかりなのが――。


隣にいたハルを見上げれば、ハルの視線は真っ直ぐ下へと向いていた。凛を見るその瞳には力強い光が見える。


「偶然ならそれでいいんじゃないかな。折角だし、会いに行こうよ!」
「よせ。アイツとは県大会で会うって約束した」


――県大会。
そうだ。私たちが目指すその舞台は、こうしてる間にも着々と近づいてきているんだから。こんなとこで道草くってる暇なんてない。


「戻ろう。私たちは私たちのやるべきことしなきゃ」
「「「!――」」」


さあ、ここからだ。
私たちのスタートは。


「僕、最近思うんだけど…」


まつりが先に行って、それを追うように江が後を追いかけていった。俺たちもと動き出したその足は渚の呟きが止めた。


「まつりちゃん、すっごく綺麗になったね」
「渚君、何言ってるんですか?彼女はもともと女神の様に美しいですよ」


渚のその表情(かお)が何かと重なった気がした。欲しいものがどんどん遠ざかって行って、大切なものを見失ってしまうかもしれない不安と、焦りが入り混じったそれは、俺にも身に覚えがあった。

そしてそれは、たぶん、凛にもある。


「怜ちゃん、それネタだよね」
「違いますよ!」


なあ、渚。
それを感じてるのはきっとお前だけじゃない。


「渚も怜もやめろって」
「渚――」
「ん?なーにハルちゃん」


真琴が止めにはいったことで、渚と怜の口論は終わった。渚は鋭いから、きっと全部わかってる気がする。それでも、間違えてほしくないから、伝えたい。


「まつりを想うことは何も悪いことじゃない。自分を卑下してまでアイツを遠ざけるな」
「!――…」
「俺は、まつりがどんな道を選んで進んでも、ついていくつもりだ。アイツの手を離さないで、一緒にな」
「――もう。だから、ハルちゃんには敵わないんだよーっ」


お前たちなら、一緒に歩んでくれる。それは、予感じゃなくて確信なんだ。昔から、俺たちの一歩先を行ってしまうアイツを一人にしないで傍にいたいと願い走り続けてきた俺たちだから。

一度歩みを止めてしまったまつりを立ち上がらせた今、これから先、またまつりは自分の道を進んでいく。振り返らずに進むその姿は、本当に眩しいくらい綺麗なんだ。


でも、俺たちだって、置いてけぼりなんてごめんだ。


「行こう、ハルちゃん」
「まつりが待ってる」
「ああ――」




(綺麗になった君を追って)
僕にはまだ分からない。
それでも、彼らがまつり先輩を
追いかける姿が
とってもかっこよかったから。
僕だって負けてはいられません。


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