038話 広がる波紋の中心



プール開きになって、漸く練習ができる環境が整ったものの我が岩鳶水泳部には大変な問題が突きつけられていた。


「これだと浮くんだね」
「そのままゆっくり手と足を伸ばして泳いでみて」


だるま浮きをしていた怜君が手足を伸ばせば、そのままプールに沈んでいった。プールに足だけつけて様子を眺めていた私は、傍に来たハルと一緒に首を傾げた。


「なんでだろうね」
「お前も泳がなくていいのか?」
「こないだのあれを見て、まだいうか」


ジト目でハルを見やれば、ケロッとした顔をしている。あの日の出来事などもう忘れてしまったかのようだ。私は、まだ結構精神的に回復してはいないのだけど。

実際、泳げると思って飛び込んだのだ。それが見事無残に打ち砕かれて、そう簡単に吹っ切れるものでもない。


「今度は違う。俺も真琴もいる」
「あの時もいたじゃん」
「凛がいた」


少し躊躇うように口に出された名前に思わず、びくりと肩が跳ねた。それを見逃さなかったハルが、プールから上がって、私の隣へ腰かける。


「お前があの時水に拒絶されたと感じたのは、お前自身がそうしたからだ」
「……凛のせいにはしないんだね」
「凛は引き金になっただけだ。結局はお前の心の問題だ」


こういう時、ハルの正直さというか、率直で真っ直ぐな嘘偽りない物言いには助けられる。だって、本当の事しか言わない。どんなに厳しい言葉でも、それが自分の為にかけられてる言葉だってわかってるから。


「まつり」
「うん」
「取り敢えず、水に入れ」
「え……っわっ」


ぐいっと腕を引かれれば、バシャンと水しぶきが上がり、後ろからは江ちゃんの悲鳴。プールの中で特訓していた怜君や、まこと渚まで何事かとこちらを振り返った。

私はというと、ハルの腕の中にだっこされております。


「ハル!」
「なんだ」
「びしょびしょ!」
「……下着透けてる」
「ひっ」


何で水着着てないんだと心底不思議そうに首を傾げるハルの頭を勢いよく殴ってやった。何でもかんでも水泳バカの心理と一緒にしないでほしい。


「まつり先輩!上着上着!」
「ありがとうっ」


プールから上がれば、江ちゃんが慌ててタオルと上着をもって駆け寄ってきた。ハルは、まこと渚に何やら言われているようだけど知らない!






・・・・・

「ラスト!お疲れ様です!最後のダッシュ凄かったです!松岡先輩!」
「もう一本!」
「え、あ、はい!」


タイムを計りながらふと思い返していた。あの、合同練習の日の騒ぎについて。松岡先輩は、たぶん、まつりさんのこと、知らなかったんだと思う。あんなに慌てている先輩は初めて見た。

僕も驚きはしたけど、それでも、松岡先輩ほどじゃなかったんだ。あんなに、辛そうに顔を歪めている先輩を見て、少しだけ、まつりさんを心の中で責めてしまった。

僕は最低だ。


最後の一本をはかり終えて、練習を終えた先輩は何も言わずに、プールから出てシャワー室に向かった。直ぐに部屋に戻って来ることは分かっていたし、後片付けだけすませて、僕もそのまま部屋へと戻る。


「まだ、自分を責めてるんだろうな……」


松岡先輩は、キツイことを言っているようで、実は凄く優しい人なんだと思ってる。努力も惜しまないし、真っ直ぐに水泳と向き合って、上達への道を進んで行ってる気がした。だから、憧れるし、尊敬できる先輩だ。

そんな松岡先輩に想い人がいるのは、同室だからというわけでなくても、何となく知っていた。机に大事に飾ってある写真だとか、ちらっと見えた携帯の待ち受けだとか。


先輩は優しすぎる。だから、それで余計に今回のことが響いて、足を引っ張ってしまわないかが心配だった。まつりさんを憎んでいるとかそういうことじゃないけど、あの人が、松岡先輩をかき乱す存在なのは、今回のことでよくわかった。

松岡先輩の気持ちが通じればいいけど、もし、想いが届かなかったその時は、どうなるんだろう。

あの人の心にあいた穴は、誰が埋めてくれるんだろう。






・・・・・

まつりから水泳を奪っちまったのは、俺だ。謝ったって、アイツは笑って、凛のせいじゃないよと、受け流しちまうに決まってる。でも、俺はそれじゃ、納得できねぇ。

ハルとの勝負もしなきゃなんねーけど、その前に、やっぱり俺はお前を放ってなんかおけねぇ。何より、水泳部作ったばっかのアイツらに、まつりを任せてなんかおけるかよ。


携帯を耳に当て、何度目かのコールの後、電話の向こうで、考えてやまない大事なお前の声が俺の名前を呼んだ。


「よぉ。ちょっと話があんだけど、明日会えねぇか?」


少しの間もなく、大丈夫だとの返事が返ってくる。その返事にひとまず安堵した。明日は練習休みだ。外出しても問題はない。

直接会って確かめたいこともある。


はぐらかさせはしねぇ。


なあ、まつり。
俺との約束忘れちまってるんじゃねぇか?




(広がる波紋の中心)
松岡君ですか?
何だ。出かけるのかい?
明日は俺が先約だったじゃないっスか!まつりっち!
うん、明日凛と会ってくる
そんなぁあ
涼太兄、仕事あるくせにっ
明日はマジでオフなんスよーっ

送って行こうかい?
大丈夫。
早めに帰ってきてくださいね
はーい


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