036話 嫁取り合戦といきますか



怜君があげた条件は、合同練習に参加はするが、自分は泳がないというものだった。その為、一応私が予備要員として水着を持参していくこととなったのだが。

まこと、ハル、何か大事なこと忘れてない?
私まだ、トラウマ解消してないんだけど!?


「ねえ、ハル」
「どうした?」
「私、まだ無理だと思うんだけど……」


それだけ言えば、何の事か察したのか、少し眉間にしわを寄せてから、ふと考えだした。その結論を待っていれば、思わぬ答えが飛び出してくる。


「一度落ちたプールだ。問題ない」
「なっ!」


問題はありますよね。しかも、それ、凛に突き落とされた時のこと言ってるよね。あの時は、それどころじゃなかっただけで、実際泳ぐために飛び込むとなると話はまた別ものなんですけども。


「ま、まこっ」
「大丈夫だよ。流石に男子校で、女子が泳いだらまずいしね」
「そ、そうだよね」
「何でだ。別にいいだろ」
「ハルは黙ってて!」


心底不満そうな顔をするハルは無視して、まこは大丈夫だと、何かあったら俺が上手く言うといってくれたのでひとまずは安心だ。

鮫柄学園までの道のりは皆でわいわい騒ぎながら向かった。久しぶりに訪れる鮫柄学園。今度は、お互い水泳部として顔を合わせることになるね、凛。


着替えてプールに直行した私たちは(取り敢えず私はジャージの下に水着着込んでる状態です)、今度は忍び込みじゃなく堂々とその屋内プールへと足を踏み込んだ。


「やっぱいいね、屋内」
「だよね!冬でも泳ぎ放題だし!」


渚とそんなことを言いながら盛り上がっていれば、部長さんらしき方が顔を見せてくれた。私は初対面になる。なんだか結構怖そうな感じの人かと思ったけど、気さくそうな人だ。

皆でよろしくお願いしますと頭を下げれば、顔を上げた時にばっちり目が合ってしまった。


「そっちの子は?」
「あ、えと。マネージャーやってます!黒子まつりです!」
「!キミ、あの人魚姫だよね!」
「え、わっ」


人魚姫――。
その名で呼ばれるのは酷く久しぶりな気がした。その名を知っているということは、小学時代の私を知っている人間だということだ。

何でその名がついたかは知らないけど、あの時、大会新記録やら、賞を総なめしていた私につけられた異名だった。


握られた両手をぶんぶん振られて、思わず身体がつんのめってしまう。ぶつかった身体は、ジャージの上からでも分かるほど、逞しい体つきだった。


「すまない。大丈夫か?」
「あ、はいっ。こっちこそ、すみません」
「いや、いい。それにしても、随分と綺麗になったね。本当に童話の中の人魚姫の様だ」
「え、あ、えっと」


これはどう反応すればいいの。両肩をがっしりホールドされて言葉を失くす私を助けてくれたのは、後ろでストレッチをしていたハルだった。ぐいっと後ろに身体を引かれ、すっぽりとハルの腕の中に抱き込まれた。


「君、七瀬君だろ?小学校時代、県の大会で何度か優勝してるよね」


ハルを前にすれば、今度はハルに標的を変えてくれたので、私はハルの腕の中で、小さく縮こまっていた。前に回るハルの腕に両手をかけて、周りを伺えば、赤い髪を発見した。

私同様気が付いた渚と江ちゃんがすぐさま駆け寄っていくのを目で追っていれば、ばっちりと視線が絡まった。

驚いたように見開かれた瞳が小さな動揺を伝えてくる。

そっか。
凛には話していたもんね。
髪を伸ばしていた理由。

凛は切るな、とそう言ったけど、それを聞いてあげられなくなっちゃったの。


「ハル……」
「!……」


小さな声でハルを呼べば、気がついたハルが、少し躊躇いながらもそっとその手を解いてくれた。自由になった私は、そのまま凛に向かっていく。

凛は、ただじっとこちらを見つめてその場に止まっていてくれた。


「凛っ」
「おう」


江ちゃんと渚がそっと凛から離れて、私に場所を開けてくれた。その配慮に心の中で感謝しつつ、凛の切ない表情に、胸がきゅっと切なくなった。

そんな私の表情を受けてか、凛の手がそっと私の髪に伸びる。さらりと撫でる優しい手つきに、心臓がとくり、と脈打った。


「あの頃に戻ったみてぇだ」
「え……」
「似合ってるぜ。お前らしい」


優しい声音と、その言葉につんと鼻の奥がうずく。涙が出そうになるのを必死にこらえて、凛の首に腕を伸ばして抱き付いた。


「!お、おいっ」


慌てたような凛の声と周りのざわめきなど耳に入らなかった。

ただ、凜に一度突き放された場所で、今度は受け入れてもらえたことに、どうしようもなく嬉しい気持ちと悲しい気持ちとがせめぎあってぐちゃぐちゃになってしまったのだ。

中途半端に四年前の告白をしてしまったから、凜はきっと混乱しただろう。


「まつり」
「ん、」
「……お前、ジャージの下、水着?」
「!――っ」


ばっと勢いよく離れようとしてぐらっと傾きそうになった私を腰に回った凜の腕が抱き留める。近い距離に二人して顔を逸らすという珍妙な光景がそこに広がった。


「なんで、わかるの」
「いや、なんとなく」
「凜のえっちっ」
「なんでそうなんだよ!」


ジャージをぎゅっと抱きしめれば、声を荒げる凜の顔が心なしか赤く見える。何を想像したんだこの男は。

大体、着ているのは競泳の水着であって、ビキニみたいな女の子が遊びに着るようなものを着ているわけではない。

そっちを想像していそうだが、この場に不釣合いすぎるではないか。


空気が打って変って睨み合う私たち二人のそばで、笑いを堪えつつも小さく笑っている一人の男の子がいた。

なんとも可愛らしい、渚にキャラかぶりしそうなその子は、どうやら鮫柄の一年生のようだ。


「あ、すみません。何だか、夫婦漫才見てるみたいで。松岡先輩のこんな感じ見たことなかったので」
「凛と夫婦になった覚えないけどね」
「なる予定だからいいんだよ」
「なっ、な!」


凜が可愛くない。
そんなぶっきらぼうな顔して、さも当たり前みたいな感じで、さらりと爆弾発言しないでよ。告白ぶっとばして、プロポーズとか、ありえないから!


「まつりと結婚するのは俺だ」
「ハ、ハル?」


ぐいっと後ろから腕をひかれて傾いた体がハルの方に倒れる。ハルまで何を言い出すのかと見上げれば、少しむっとした顔を向けられた。


「いいや、俺だ」
「ちょっと!」


反対からも腕をひかれ、それを阻止するがごとくハルからも腕をひかれ、結構痛い。


「先に約束したのは俺だ」
「そんなの関係ねぇ」


二人とも何の話してるのよ。それより、この手離してよ。
約束って何でしょうか、遙さん。


「まつりちゃん、覚えてないのかな?」
「みたいだな。てゆーか、二人とも、恋人期間は飛ばしちゃってるけど、問題ないのかな」
「いいんじゃない?」
「いや、よくないでしょう!そもそも、告白もしていないのに、この取り合いは何ですか!」
「怜ちゃん実はまつりちゃん狙ってた?」
「!ね、狙ってません」


途方に暮れるまつりと、止まらない言い合いを繰り返すハルと凜を前に、三人は隅に寄って危機回避をしていた。江はというと、鮫柄の部長に掴まりつつ、まつりの方を気にしている様子だ。

近くにいた後輩君は、少し距離をとって見守っている。その笑顔が何だか冷気伴うものであるように感じるものは、誰もなかった。


「で、まつり先輩が本当に好きなのはどっちなんですか」
「さあ?」
「凜だと思ってたけど、それが違ったみたいだしね」
「ハルちゃんにもチャンス到来なんだよね!」


何だか嬉々としている渚に苦笑をこぼす真琴。怜はただ面白くなさそうに未だ取り合いをやめない二人に腕をとられて困り果てているまつりに向いていた。


「怜ちゃん」
「何ですか」
「まつりちゃんが選ぶのは、きっとあの二人のどっちかだから。早めに諦めつけといた方がいいよ」
「え?」


さっきまでのふざけた空気はどこへやら。急にこっちまで苦しくなるほどの胸の痛みを垣間見せる渚に怜は戸惑ったような声を出すしかできなかった。


「それって――」
「しー。まつりちゃんには絶対内緒だから」


気が付いたのに、渚は核心を突くことを拒絶した。それが何よりの証拠で、それはおそらく、渚の反隣にいる真琴も当てはまるのではないかと、漂う空気の中で確信した。

幼いころから一緒にいるこの二人でさえ、あの二人には並べない位置にいる。それなのに、ぽっと出の自分が、誰よりも彼女の一番近くへなど行けるはずがなかった。


もう一度まつりに視線を戻せば、困っていながらもどこか嬉しそうに優しく微笑む姿が隠れ見えた気がした。




(嫁取り合戦といきますか)
よっし、お前ら。嫁取り合戦は、水の中でしろ!松岡、お前暇だろ。参加していけ。
嫁取り……
わかった。勝負だ、凜。
いいぜ、ハル。どっちが勝っても恨みっこなしだ。
ちょっと待って。私も参加するから
・・・((目がマジだ


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