035話 君の笑顔がみたい



「うわぁ……」
「随分切ったね」
「今の方がいい」


スッと伸ばされた手が、優しく髪を撫でる。ハルの柔らかい表情に笑顔を返せば、肩まで短くなった髪がさらり、と揺れる。

小学生のころに戻ったような、そんな懐かしい感じがする。


「まつり先輩、大人っぽい!私も、髪切ろうかな」
「江ちゃんは、今が一番かわいいよ」
「えっ、そ、そんなことないですっ」


自分の長い髪を掴んで、小さく呟く江ちゃんにそう言えば、照れたように赤くなる姿がとても可愛らしかった。


学校へ来て、直ぐに皆、驚きの声をあげては、可愛いと褒めてくれた。髪を切ったことで、気持ちも整理が出来て、何だか、すっきりしたようだ。


それから一日はあっという間で、練習の時間になって再び顔を合わせた私たちは、江ちゃんから何かお話があるということなので、プールサイドに集まっていた。

何となく、ハルの隣に座っていた私の髪をさっきからいじってらっしゃるハルは、どうやらこの髪形が気に入ったようだ。

私よりも、気に入ってたりして。


「シャンプー、変えたのか?」
「何で分かるの?」
「いつもと違う匂いがする」
「ハル、くすぐったいっ」


さっきからずっと髪触ってばっかりのハルが顔を近づけてくるものだから、何だと思えば、匂いが変わったことに気が付いたようだ。

昨日、美容院に行った時、おすすめだとすすめられたシャンプーに変えてみたのだ。

香りもいいし、髪にもいい。今まで伸ばしっぱなしで、ところどころ痛んでいたそれが切ったことでなくなったから、これからきちんとお手入れをしていかなくてはならない。

どうやら、ハルは気に入ったようだし。


「えー、では、いちゃついてるところ申し訳ないですが、本日は、皆さんによいお知らせがあります!」
「はい、離れる」
「嫌だ」
「ちょ、こらっ!」


江ちゃんの話が始まるというのに離れないハルは、結局私を抱えたまま話を聞くことにしたようで、腹部に回った手にぎゅっと力がこもった。

何だって今日は、こんなにくっつきたがるんだか。諦めたように溜息をついた私の横で集まった皆が小さく吹き出した。

江ちゃんは、何だか微笑ましそうにしてから、そのまま本題に入る。


「なんと鮫柄との合同練習を取り付けてきました!」
「「ええっ!」」


胸をそらして高らかに言う江ちゃんの言葉に、渚とまこが驚きの声をあげる。私は、驚きのあまり言葉を失い、ハルは、小さく反応を示していた。

どうやら、凛にではなく、直接部長さんに話を通しにいったらしい江ちゃんは、部員が少なくとも四人はいるという条件のもとその約束を取り付けたとのことだった。


「じゃあ、あと部員一人は確保しなきゃだね、やっぱり」
「ううーん」


と、なると、何となく、渚が最有力候補として連れてきそうなのは、怜君なのかな。ちらり、と渚を伺えば、ばっちりと視線が絡まった。

たぶん、私が思っていたことであたりだ。


「まつり」
「ん?」
「今日はどこかへ寄るのか?」
「ううん」
「じゃあ、家に寄ってけ」
「うん?」


なんで?
とは思いつつも、何となくいつもハルの家に寄っている気もするので、それはいいかと思ってしまう。たぶん、深い意味はないんだろうし。

まこも、きっと遊びに行くだろうから。


「今日はゆるきゃら特集だ」
「あ!そうだった!」
「二人とも、そんなことより、部員あと一人問題、真剣に考えてよー」


大事な用事だった。とハルと顔を見合わせれば、まこが隣で吹き出して、渚が呆れたような声をもらした。

い、一応、ちゃんと考えてるよ。






・・・・・

「合同練習?聞いてねーぞ」
「先輩の妹さん、岩鳶の水泳部にいるんですよね?」


それと、彼女さんもいるんでしたっけ?
余計なことを言う後輩の頭に拳を落とす。似鳥が彼女だと勘違いしているのは、おそらくまつりのことで、だがそれは昨日玉砕したのだ。


「そういえば、昨日、夜中に抜け出したんですよね?どこか行ってたんですか?」
「ああ、ちょっとな」


帰ってきたのは、結局今日の朝だった。学校には何とか間に合ったが、警備のおやじからは説教くらうは、担任から呼び出しくらうはで面倒な一日だった。

でも、昨日、行かなかったら、絶対後悔してただろうから、それでいいんだ。


まつりが、四年前、俺を好きだったことを知って、どれだけ嬉しかったかアイツにはきっとわからない。だけど、それでも、今分からないと、あんな苦しそうな顔で言われては、その喜びも簡単に消え失せた。

四年間、想ってくれていたのかもしれない。それでも、今は分からないのだという。俺が一番だったはずのそこに、誰が入り込んだかなんて、聞かなくても分かる。

――ハル。

それだけじゃないなら、アイツの周りにいる人間全て。


俺が帰ってきてから、何かが変わってしまったんだろう。俺がまつりと再会したそこから何かが狂ってしまった。


アイツを泣かせたくなんかねぇけど、それでも、俺はアイツの一番を誰にも譲りたくないと、そう思うんだ。


「合同練習、その人も来るんでしょうか?」
「さあな」
「あ、待ってください!松岡先輩!」


なあ、まつり。
謝罪なんかいらねーから、あんな顔しなくていいから。昔みたいに、笑っててくれ。

次、会ったときは、笑顔を見せてくれるよな。




(君の笑顔が見たい)
貴方がハルちゃんさんですか
ちゃん付けの上にさん付けはやめろ
ぷっ、くすくす
まつり
い、いひゃいーっ
合同練習、仮入部でよければ参加してあげてもいいです
ええ!
ただし、条件があります


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