034話 あの夜の真相と各々の覚悟



爆睡だった凛を皆で何とか起こして、騒々しい朝食を終えた私たちは、各々仕事やら、学校やらで騒々しく家を飛び出した。

渚とは学校で落ち合うこととなり、家が近所のハルとまこの家に寄ってから、学校の支度を整えて学校へと向かった。

遅刻を免れた私たちは、ハルの机の周りに集まって項垂れる渚を迎えた。

昨日私の事で皆に迷惑かけてしまってすっかり頭から抜け落ちていたけれど、怜君の部活勧誘の話、まだ皆にしてなかった。

彼は私の推測からするに、たぶん金槌ではないかと思うのだが。


「ぜんっぜんだめだったよ……。ねー…」
「うん。水嫌いみたいだしね……」
「そんな奴はほっとけ。水に入れるな」
「そんなこといってたら、誰も入ってくれないよ!!」


水嫌いはハルとは対極になる人間だ。そんな人間こっちから願い下げだと言わんばかりのハルの表情を受けて、渚が声を荒げたのは仕方がない。

確かに、そんなこと言ってられないほど部員不足であることに変わりはないんだ。


「こうなったら、やっぱりあまちゃんに……」
「だからそれは無理だって」


ここでまたあまちゃん先生を引っ張り出すあたり、渚は相当水着で男を釣りたいと見える。私はもう絶対水着になるもんかと思っているので、ここで再び私が、とは言い出すつもりもないが。

後ろから近づいてくる絶対零度の空気を纏うあまちゃん先生をいち早く見つけた私は、そっと一歩後ずさった。

何も気づかずに話を進める三人にあまちゃん先生の声が冷気に伴って発せられたのは、それからすぐのことで。被害を回避した私をジト目で見つめる三人に思わず笑ってしまった。






・・・・・

放課後、兄に美容室に寄ってから帰ると一報してから、行きつけの美容院へと足を運んだ。途中までハル達と一緒に来て、美容室前で別れたのだが、二人は心底不思議そうにしていた。

そこまで伸ばした髪を切ってしまうのかと。

だけど、私はただ笑って、けじめ、とだけ告げた。


そう、これはけじめだ。
髪を伸ばしていたのは、凛の為。即ち、この髪に宿るのは、凛を恋い慕う私の心であるのだから。

凛に四年越しに告げた想いは、嘘偽りはない。

それでも、わからないままにはさせない。そのために、四年間の想いの結晶は持っているべきではないのだと思うのだ。


『凛』
『ん?』
『ごめん』

――今朝、そう言った私に凛は何も言わなかった。謝ったことに対しても、たぶん気づいているだろう謝った理由にしても。

ただ、そっと頭を撫でてくれただけ。あの夜、私を抱っこしてくれたみたいに、優しい手の感触。温かい温もりだけを残してくれた。

それに込められた想いを私は髪を切ることで、受け止めようと思う。


「本当にいいの?」
「はい、ばっさりいっちゃってください」


美容院のお姉さんも少し戸惑ったような顔を見せてから、私の返事を受けて、とびっきり可愛くするね!と気合を入れて切りにかかってくれた。

髪を切ったその瞬間、私の気持ちはまっさらになる。

誰が一番になるかなんて、まだわからないけれど、誰をも選ばない未来だけは絶対にあってはいけないことだと、そう思うから。だから、私は私なりに自分の中のコタエを探そう。






・・・・・

「ハル、まつりがどうして四年間、髪伸ばし続けてたか知ってる?」
「さあ。聞いたことない」
「俺さ、凛の為かな、ってちょっと思ってた」
「!――……」


真琴がそう言って、俺たちの間に流れる空気が少し重くなったのは、俺がそうしたからだ。凛の為に伸ばし続けて四年、再会した今、もうその意味を失くしてしまった髪を切るということだろうか。

昨日、いなくなったまつりを見つけたのは先に捜してた俺たちではなく、後から捜索に加わった凛だった。

連絡を受けた時、見つかったことへの安堵は確かに大きかったけど、それでもやっぱり見つけたのが凛だったことに、何も思わなかったわけじゃない。

それに、まつりがいたという小学校。そこで、アイツは何を思って一人で佇んでいたのか、結局は聞けずじまいだった。


「よかったね」
「よかった……?」


何がよかったんだ。真琴は、本当によかった、と心の底から思っているようで、訝しむ俺の表情を受けて苦笑した。


「凛の想いを断ち切ったのとは違うと思うけど、それでも今は凛を選ばないってことだろ?」
「何でそうなる」
「だって、凛を想って伸ばした髪を切るタイミング、どう考えてもおかしいと思わない?」


おかしいだろうか。昨日、凛と何かあったことは明白だ。凛は何も言わなかったが、あんなに敵意を向けられても、あの場を動かなかった。


『松岡。見つけてくれた礼は言うよ。もう、帰っていいから』
『まつりが目覚ますまでいます』
『いいから帰れ』
『赤司君!』
『いいすぎッスよ』


凛からまつりを奪うように引きはがして、腕に収めたまま、鋭い眼光を向ける赤司さんの前で、凛は微動だにしなかった。

周りが止めるほど、傍にいた俺たちでもわかった殺気のような冷たい空気を全身に受けながらも、凛はその場を動こうとしなかったし、真っ向からその瞳を睨みつけていた。


『赤司、まつりの具合を見る。一度手を離せ』
『いい。触るな』
『赤司君。まつりは無事帰ってきました。もう、どこへも行きませんよ』
『そんなこと、本人に確かめもしないのに、断言できるのか?』


異常だと思った。
たぶん、それは俺だけではなく、その場にいた全員が。後から駆けつけてきた青峰と火神さんも、足を止めて驚くほどに。

この日、まつりを離さなかった赤司さんの元で眠る彼女を心配しなかった者はなく、その場に全員泊まり込む形になったのだった。

今朝は普通だったが、あそこまでまつりに執着しているとは思わなかった。これはもう、間違いなく、まつりを妹として大切に想っているというレベルではない。

凛は、そんな敵意を一番受けて、凄く居心地の悪かった筈のあの家で、一晩、まつりの傍にいようとしたんだ。


「タイミングはよくわからない。でも、凛は、何か覚悟を決めたんだ」
「え?」
「じゃなきゃ、あの人の前で、あんな毅然としていられない」
「!――…」


もう、子どもじゃない。
俺たちをそう判断したあの人がこれから先どう牽制してくるのか、まつりに対して、どう行動を起こすのか、それが多分、これから一番気を張らないといけないことになる。


「その覚悟が、あの人じゃなくて、ハルに向いていたら、ハルはどうするの?」
「どういう意味だ」
「凛と勝負することになって、また凛が負けるようなことになっても、それでいいんだよね」


誰かから聞いたのか、との俺の問いに、コーチの名前が挙がる。ああ、と納得するだけで、別に話されたことに対しては何も思わなかった。いずれ、知ることだ。それが真琴が一足先だっただけで。


「まつりの気持ちはまつりのものだ」
「ハル――」
「俺たちが競ったところで、結局選ぶのはアイツだから」


真琴の問いの答えにはならないだろう。でも、これが本当だ。今、現時点で、まつりが凛を選ばなかったこと、それは俺にとって、一歩前進だ。今は、それでいい。

最終的に、まつりが俺を選ばなかったとしても、それでも俺は幼馴染として、傍にいるだけだ。




(あの夜の真相と各々の覚悟)
まつり……随分と……
まつりっち可愛いっ!!どうしたンスか!
涼太兄、くるしっ
涼太離れろ。随分と大人びたね、まつり
そうかな?何だか、すっきりした!


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