032話 4年越しの告白



「まつり――っ!!」


静かだったその場所に響いたのは、私のよく知る人のもので。忍び込んだ学校のプールにつけていた足がびくりと反応を示した。

ちゃぷん、と揺れる水面が作る波紋は、まるで私の心のようで、こちらに気が付いた凛とフェンス越しにばっちりと視線が絡まった。

――驚いた。
暗くてよく見えなかったけど、凛の目じりには涙が光って見えたのだ。私を見つけた瞬間、それが一筋こぼれ落ちたのを見逃さなかった。


ガシャン、と音がしたかと思えば、フェンスをよじ登って簡単に着地して見せた凛は真っ直ぐに私の元へと駆け寄ってきた。動けずにいる私に飛びつく勢いで、抱きしめる腕は、熱く、震えていた。

それだけで、彼がどんな思いで私を捜してくれていたのかが痛いほどに伝わってくる。


「り、ん……」
「……っ」


痛くい程に抱きしめる凛の腕の中、肩ごしに見えた空は綺麗な星が散っていて、随分と暗くなっていたことに気が付く。

こんな時間まで外にいることなんて今までにない。

きっと、凛だけじゃなくて、兄さんも、皆も心配しているに違いない。


あ、れ――。
私、何でこんなところに一人でいたんだっけ。
何を悩んで、ここにいたの……?


私を抱きしめるこの人と、私の一番大切な人、それはイコールだろうか。今、この温かい腕の中にいて、私は何を感じている?

安堵?それとも、胸の高鳴りだろうか。


「わかんない……」
「――まつり…?」
「私、分からないの……」


抱きしめていた力が急に弱まる。少しだけ開けた距離で、凛が私の顔を覗き込む。鼻が赤いのは、きっと泣いてくれたからだと思った。


「ハルが、お前は今誰を見てるんだって、そう言ったから、だから考えてたの」
「!――……」
「意味が分からなくて、渚に聞いても、私が一番先に頼る人はって、そう聞いて」
「――……」


じっと耳を傾けてくれている凛に甘えてたどたどしい言葉を口にすれば、何だかよくわからない感情がこみあげてきた。

鼻の奥がつん、としたかと思うと目じりが熱くなる。


「私、ずっと凛の事好きだった……っ」
「!――っ」
「でも、わからなくなった…っ」


幼いころに言えなかった気持ちがこんなにもあっさりと言葉にできてしまうのは、きっと今自分の気持ちを見失っているからだ。

あの頃胸に焦がれた凛への心は、もう、私の中にはないのだろうか。


「征兄ちゃんも、涼太兄も、私にとっては大切な人だよ…っ」
「っ……」
「大切が、好きになる境が分からなくなったの…っ」


征兄ちゃんが私に優しいのは、ただ妹のように可愛がってくれてるだけじゃなかったら。涼太兄が時々真面目な顔して私に向き合う時、私に縋ってくれるとき、それは涼太兄の中での私の存在が大きいこととか。

ハルが、凛の代わりにはなれないけど傍にいてくれると言ってくれたこととか。凛が、このままずっと親友でって言った時に、困った風に眉を寄せたこととか。

ぜんぶ、ぜんぶ、私が知らない感情が見え隠れしていた。


「ねえ…っ私、どうしたらいい…?」


誰も傷つけたくない。誰にも、辛い顔してほしくない。だったら、私が傍からいなくなったら、全部解決するのかもしれない、なんてそんな自意識過剰な考えが過ったりもして、帰れなかった。


私、今すっごく凛に辛い思いさせてるのかな……?

ねえ、凛、どうしてそんな顔するの。どうして、何も言ってくれないの。


すっと、凛の体温が離れていく。
呆れられたのかと、視線をプールへ落とせば、脇に入った腕が私の身体を軽々と持ち上げた。そのままひざの上に乗せられ、抱っこされたかと思えば、背中をぽんぽん、と優しく叩かれる。


「凛……?」
「帰んぞ。――今、悩んでることは、急ぐ必要はねーから」
「!――…」
「初恋が実らねぇとはよく言うけどな。俺は、そんな迷信、信じちゃいねぇ」


心臓が大きく跳ねる。
凛の言葉の真意を悟って、こんなにも切ない気持ちになるのはどうしてだろう。抱っこしてもらってるぶん、凛の顔は見えない、咄嗟に首に回していた腕に力を込めて凛にしがみつけば、一度だけぎゅっと抱きしめ返してくれた。

その後、私を背におぶると、そのまま帰路につく凛に私は何も言ってあげることはできなかった。


4年前に確かに通じ合っていた心は、4年の間に交錯してしまった。平行線を辿るその先に、私たちの気持ちは再び交わることはあるのだろうか。


「松岡ッス。まつり見つかりましたんで、今そっち帰ります」


私を抱えながら器用に、私の携帯から兄さんに電話をかける凛の声をぼんやりと聞きながら、その腕の中で私は何かに誘われるように深い眠りに落ちていた。


急ぐ必要はない――けれど、それはこの先、絶対に出さなければいけない私のコタエ。




(交錯してしまった恋心)
切ないココロが狂おしい程に君を求める


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