001話 日常の一コマ



『行ってくるな、まつり』
『……うん、行ってらっしゃい』

あの頃、伝えられなかった想いは、今も私の胸の中に燻っていた。ぐっとこらえて、涙ながらに笑顔を向けた私を、キミはとても心配そうに見つめて、それでも背中を向けて行ってしまったね。






・・・・・

「ん……っ」
「起きたか」
「ん、ハル……?」


目じりを優しく拭う手の感触に、夢の中に落ちていた意識が現実に引き戻された。どこか懐かしくて、長い夢を見ていた気がするけれど、内容は霞がかってよく思い出せない。ただ、とても胸が苦しかった。

漸く意識がはっきりしてきて初めて、自分が置かれている状況にハッとする。どうして私は、ハルの腕の中で眠っていたのだろうか。いくら幼馴染とはいえ、あまりにも近い距離に、目をぱちくりさせて硬直していれば、こつん、と額同士が合わさった。

じわじわと頬に熱が集まってくる。


「ハ、ハル……っ」
「ん?」
「ち、近い」
「目、覚めたな」
「さ、覚めたからっ」


赤くなって慌てふためく私とは正反対に、顔を綻ばせるハルは、朝から上機嫌な様子だ。ひとしきり、私の赤い顔をからかって、身体を起こしたハルにならい、身体を起こせば、はたり、と自分が今いる場所に戦慄した。どこをどう見たって、ここは、私の家ではない。


「ハ、ハル!ここ、ハルん家!」
「知ってる」
「そんな呆れた目で見ないで!」


状況が全くのみこめずに頭を抱える私を呆れたように見下ろす幼馴染は、どうやら説明が面倒だと思っている様子だ。これは、たぶんきっと、何の説明ももらえない!


「お、お兄ちゃんに連絡って……」
「した」
「あ、ありがとうっ」
「じゃ、風呂入ってくる」


え、ちょっと!
と思わず止めた私の言葉に耳を貸さないでさっさと風呂場へと直行するハルの背中を黙って見送った。心配性の兄に連絡がいっているなら、問題はないのだが、昨夜の記憶がおぼろげすぎて、なぜここにいるのかも定かでないのは、なぜだ。

このままここでハルを待っても、おそらく説明はもらえないので、一旦家へ帰ろう。今日は新学期だ。学校へ行かないとまずい。


「あれ、まつり、早いね」
「え、まこ!?ん?もう、そんな時間!?」
「ハル迎えに来たんじゃないの?」
「違う!今起きたの!」


恰好を見て何か思わないのか。
幼馴染とまではいかないが、小学校の頃からの仲である、橘真琴は、驚いたように目をみはっている。幼馴染の関係であるので、お泊りなんてことは、大して珍しいことではないのだが、今回ばかりは、少しかってが違った。


「ねえ、まこ。私何でハルん家泊まってるんだっけ?」
「俺に聞かれても……。てゆーか、何で覚えてないんだよ!まつりは危機感なさすぎだって!」
「いや、ハルだし。そんなことより、学校遅刻しちゃう!」
「……(ハルだって、男だよ」


何故だか盛大な溜息をついているまこは放っておいて、すぐさまハルの部屋へ駆け込んだ。確か、私の制服の予備、タンスにいれておいたはずだ。タンスをあさり始める私をまこが慌てて止めにかかるが、タンスから引っ張り出された女ものの制服を目にして、硬直してしまった。


「え、ハル……」
「着替えるから、ちょっと出て!ハルはお風呂!」
「ちょ、まっ!」


なんだかとんでもない誤解をしていそうなまこを部屋から追い出して、着ていた服を脱ぎ捨てると、さっと制服に袖を通した。






・・・・・

「ハル!何で、まつりが泊まってるの!?それ以前に、何で女子の制服持ってんの!?」
「朝から煩いぞ、真琴」
「いや、だって!」


いろいろ混乱しているらしい真琴は、顔を青くして頭を抱えている。まつりはまつりで、昨日のことは記憶にないらしいし、朝から厄介ごと続きで、疲れた。面倒くさい……。


「制服は、まつりが予備を置いていったのだろ」
「え」
「何だ」
「いや、だって、ハル……。他人の物自分の家に置いとくの嫌がるし…」


真琴の言葉に顔をそむける。
確かにそれは間違っていない。アイツを除いての話だけど。

微笑ましそうな視線を送ってくる真琴をスルーして、まつりの分の鯖も焼いていれば、ドタドタと騒がしい足音が耳に届いた。振り返れば、寝起きのくせっけを押さえて半泣き状態のまつりが駆け寄ってくる。


「髪の毛、直んない!」
「真琴にしてもらえ」
「まこー!」
「はいはい。おいで」


下に二人も妹弟がいれば、手慣れたもので、手櫛でさっさと髪をまとめてしまう手腕には感嘆する。まつりの髪の毛はさらさらと指どおりはいいが、束ねるとなると、すべってうまくいかない。

苦戦する俺とは違って、いとも簡単にこなしてしまう真琴は、本当に器用だ。




(日常の一コマ)
またサバー!?
文句言うなら、食うな。
あ、食べる!食べます!


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