030話 お姫様のゆくえ



あれから、怜君(呼んでいい許可頂きました)を捕まえていろいろと話し込んではみたものの、彼はスポーツに美しさを感じないと駄目だという結論に至った。

美意識感が半端なかったです。

水泳も綺麗なスポーツだと思いますけどね。


大分暗くなって、街灯の明かりを頼りに夜の道を一人歩く。最近ではこんなことは稀で、一人歩きがこんなにも解放感にあふれるものだということを忘れていた。

別に誰かが傍にいることが疎ましいとか感じるわけじゃない。

だけど、やっぱり一人になりたい時もある、そんな年頃なのです。


こうして一人になると、ここ最近のめまぐるしいまでの日常がひどく遠くに感じた。

涼太兄が下宿を始めて、凜が帰ってきて、征兄ちゃんまで一緒に住むことになって、水泳部ができた。

水から、水泳から離れていたはずの私が、凜が帰ってきてからそれらに捕われてしまったかのように繋がりを深めてしまった。


凜は知らない。
私が泳げなくなってしまったこと。水がずっと怖かったこと。今でも、昔のようには泳げなくなってしまったこと。

水への恐怖はもうない。
ハルとまこが一緒に克服を手伝ってくれたから。

でも、泳ぐことはまだ、できないのだ。

凜と一緒に海へ行ったとき、水に触れても恐怖心は抱かなかった。そのあと、凜にプールに突き飛ばされても、何も感じなかったくらいだ。

だからきっと、泳ごうという意志が固まれば、またあの頃みたいに自由に泳ぐことだってできると思う。


ふと足を止める。
懐かしい小学校が見えた。いつの間にか、家から離れてこんなところまできていたことに、今更ながらはっとする。

目の前にはプールがあった。


『まつり、大丈夫だ。落ち着け』
『こ、こわっいっ、は、離さないでっ』
『離さないから。俺につかまってればいい』


中学時代――。
何故だか、一年の冬に退部したハルは、それからずっと私につきっきりで私の水への恐怖を取り除く手伝いをしてくれた。

理由は聞かなかったけれど、何となく凜が関与している気がしてならなかった。

それでも、ハルが言わないなら、聞かない。その時がきたら、きっとハルから話してくれると思っているから。


そっとフェンスに手を伸ばす。
カシャンと音がして、プールを近くに感じた。


無意識に向いていた足が私をここへ連れてきた。
昔を振り返って、気持ちの整理でもつけようとしているのだろうか。

整理して、何が見えるんだろう。


渚が言っていた、私が昔から変わらず真っ先に頼る人――それは、その時すぐに分かったの。

でも、それは、もっと違う、もっと大切な思いがそうさせるからだ。

一人の男の人として、とかじゃなくて、一人の人間として、私は彼を頼りにしているのだと思う。

一番、安心して身を任せることのできる人だと――。


通学カバンの中に入っている携帯が数分置きに鳴っていることを知らずに、私はその場に立ち尽くしていた。

時刻は、門限をとうに過ぎていた。






・・・・・

八時少し前になって、家のインターホンが鳴らされた。真琴はさっき帰ったばかりだと不思議に思って、外に出れば思わぬ人がいて目を丸くする。


「七瀬君、まつり来てませんか?」


少し息切れしながらそんなことを聞くその人は、まつりの兄のテツさんだった。汗だくなところを見ると、走り回ってまつりを捜していたのだとうかがえる。

だけど、こんな時間にまだアイツは家に帰ってないのか。

確か、最後は渚と一緒だったはずだ。


「家には来てません。ちょっと待ってください」


家に駆け戻り、携帯をひっつかむと渚の番号を引っ張り出す。何度目かのコールの後つながった電話から、渚の声が聞こえてくる。


「渚、今まだまつりと一緒か?」
(え?まつりちゃんとは五時くらいには駅でバイバイしたよー?)
「まだ帰ってない。どこか寄るって言ってなかったか?」
(えっ!き、聞いてないけど……)


動揺する渚に、わかった、と告げて電話を切る。そのままテツさんの元まで戻る。渚と最後まで一緒だったことと、どこでいつ別れたのかを告げる。それを聞いて、益々表情を曇らせるテツさんは、小さくお礼を言った。


「俺も捜します」
「もう遅いですし、こっちで捜しますから」
「大勢で捜したほうが早いですから」
「!……じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「はいっ!」


テツさんが他の人に連絡を回す中、俺は真琴と渚と共にまつりの捜索に出た。一応凛の妹にも連絡を入れたが、そっちにはいっていなかった。凛には、多分そっちから連絡が入るだろう。

もう、日は沈んでいる。こんな暗い中、アイツは一人でどこにいるんだ。

迷子にでもなったのかとも思うが、それはそれで何かしら連絡が来るだろう。

何かに巻き込まれていない限り、連絡は絶対にするはずだ。


「いたか?」
「いないよっ……まつりちゃん、どこ行っちゃったんだろ」
「こっちにもいなかった!」


自分の責任だ、と酷く落ち込んでいる渚だったが、たぶん、それは違うと思う。アイツを追いつめたのは、きっと俺のあの一言だ。

今、誰を見ているのかと、そう聞いた。

あの時のまつりの顔、酷く動揺していた。

俺は、何でもないと会話を切ってしまったが、それでもあそこで、あんなこと言うんじゃなかった。


「ハルちゃん、僕、まつりちゃんに余計なこと言っちゃたんだ」
「渚?」
「まつりちゃん、何か悩んでる風で、だから僕、アドバイスしたんだけど……」


逆効果だったのかな。
そんな風に言う渚が、まつりに何を言ったのかはわからないが、それだけが今回のことに繋がったとは思えなかった。

全ては凛が帰ってきてから一変した日常がそうさせたような気がしてならない。

そして少なからず、それにスパイスを加えてしまった俺の言葉と、昨日何かあったらしい赤司さんとのこと、それが全て嫌な方向に繋がってしまっただけ。


「今はとにかく捜そう!まつりのことだから、ひょっこり顔出してくるかもしれないし」
「ああ」
「うんっ!」


真琴の言葉を受けて再び散った俺たちは、ただまつりの無事を祈って走り回った。






・・・・・

テツヤから連絡が入ったのは、八時を回ったころだった。

少し慌てたようにまつりがまだ帰らないのだという。こんな日に限って仕事が長引き、中々退社できなかった僕は、すぐさままつりの携帯に連絡を入れるが、いつもなら直ぐ繋がるそれは、何かに遮断されたかのように繋がってはくれなかった。


九時近くになって家に帰っても、出迎えてくれる笑顔はなく、ただテツヤが珍しく取り乱して僕を出迎えるだけだった。


「今、七瀬君たちにも捜しに出てもらってます」
「他に連絡は?」
「今岩鳶にいる人には連絡は回してありますから、見つかるのも時間の問題だと思いますけど……」
「後行ってないのはどこだい?」


まつりが何故帰ってこないのか――。
何となく、この間出かけた時に取ってしまった自分の態度が関係しているような気がしてならなかった。

まつりが純粋に僕を兄のように慕ってくれているのを分かっていながら、混乱させるようなことを言った。

これまで築き上げてきたものを、僕から壊すようなことは、あってはならないことだ。


「黄瀬君と桃井さんには、駅周辺に行ってもらってます。緑間君と高尾君は、学校周辺。七瀬君たちは、よく寄り道する繁華街の方へ行ってもらってます」


それだけ捜してまだ見つからないのか。連絡があってから、もう一時間は過ぎようとしているのに。

もしかして、外にはいないんんじゃないのか。


「テツヤ。まつりの居所が知られた可能性はないのかい?」
「!――いえ。それは絶対にありません」
「そう……」


少し動揺して見せたテツヤの様子から察して、僕が考えたそれを考えなかったわけではないようだ。寧ろ、そっちの心配をしているように見える。

まつりが知らないそれを、僕たちはずっと守ってきた。

それが、今になって、崩れ落ちてしまう恐怖に怯えない人間は、きっとあの子の周りにはいないだろうから。


「僕もでるよ。見つかったら連絡してくれ」
「はい、お願いします!」


もしも、まつりの居場所が知られてしまったのなら、それは全ての終わりを意味する。そうなったら、あの子の幸せはこの先ずっと失われてしまうから。

それだけは、絶対に僕がさせない。






・・・・・

風呂から上がってきて、着信を知らせる携帯を見て、思わず眉間にしわをよせた。ディスプレイには、松岡江の名前。こんな時間に何かあったのか、と思い、鳴りやまない電話に出れば、慌てたような妹の声が電話の向こうから聞こえてきた。


「どうした?江?」
(お兄ちゃん!そっちにまつり先輩いる!?)
「まつり?いねーけど」


もう九時を回っている。こんな時間にまつりが俺の元にいるはずがない。そんなこと、江なら頭の回りそうなことだが、かなり慌てて混乱しているらしい妹は、泣きそうな声を上げた。

嫌な予感が頭を過る。


(まつり先輩がまだ帰ってないって!皆で方々捜してるんだけど全然見つからなくって!)
「!――…」
(お、お兄ちゃんっどおしよー…っ)
「わかった。俺も捜す。ぜってー見つけるから心配すんな」


ベッドの上にあった上着をひっつかんで寮の部屋を飛び出す。こんな時間に外出するのは校則違反だとか、門限過ぎてるとか、そんなこと言ってられなかった。あのまつりがこんな時間に家に帰っていない。

何かあってからじゃ遅ぇ!


寮を出る瞬間、警備のおやじに止められたがそれさえ無視して走り抜ける。ただ、まつりの無事だけを祈って、思い当たる個所を捜し回った。




(お姫様のゆくえ)
きーちゃん、そっちいた?
いないっす!もうっまつりっちどこいったんすかー!!

しんちゃん!そっちは?
いないのだよっ!

敦、いたかい?
いないよー…っどこ行ったの、まつりちん…っ

まつり――、お願いですから電話に出てください…っ


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