029話 駅のホーム



廊下でハルに言われた言葉が頭の中で無限ループする中、お昼休みを終えて放課後、渚に呼ばれてぞろぞろと皆で向かった先は、学校のグラウンドだった。

陸上部が高飛びをしているそこに、思わぬ人物を見つけて、あっと声を上げる。


「あれ、まつりちゃん。竜ヶ崎君のこと知ってるの?」
「え、あ……うん」


渚も知っているとは驚きだ。もしかして、同じクラスだったりしたのだろうか。首をこてんと傾げていた渚は、まあ、それは置いといて!と、ここに来た目的を話してくれた。


「もう、これは運命だと思うんだよ!」


目をキラキラさせて何を言うのかと思えば、僕たちとおんなじなんだ!と渚が続けた運命の正体は、何とも根拠のないいい加減な理由だった。

男なのに女みたいな名前――。

ここにいる三人は、まさにそれに当てはまる人物であるし、竜ヶ崎くんもまた、怜という名前からそのくくりに当てはまってしまったのだ。


「そんな理由?」


誰もが思っただろうそれを口にした私に渚がぶくっと膨れる。


「飛ぶみたいだぞ」
「あ――」


ハルの声に顔を上げる。遠目でもこちらを気にしていたらしい彼の様子は見てとれた。お邪魔だっただろうか。なんて思いつつも、彼が走る先をじっと見つめる。

バーを構えて、勢いよく飛んだ竜ヶ崎くんは、とてもきれいだった。

ハルの泳ぎを初めて見たときに感じたそれとよく似た不思議な感覚。


「あれなら飛び込みもうまそうだね」
「ああ……」


皆が皆、息をのんだ。
江ちゃんは私の横で、筋肉が!と目を輝かせていたけれど、私は、彼の飛びだった姿に釘付けだった。


「おーい、まつりちゃーん」
「まつり固まっちゃった?」
「んー……見惚れちゃったのかな?」
「――オイ、まつり」


ばちっと両頬に走った小さな痛みで我に返った私は、目の前にあるハルの顔に驚いて、わっと声を上げた。痛みからではなく、ハルの手が触れるそこから頬が熱くなる。


「は、遙さん……っち、近いです……」
「何赤くなってるんだ」
「だ、だから、近いんだってば!」


どん、とハルの胸板を押し返せば、すっと身を引いてくれたハルだったけれど、私を見つめる瞳はどこか心配そうにしていた。熱があるとでも思ってくれているのだろうか。断じて違うけれど。

さっきのハルの言葉にどうしようもなく動揺した自分が、胸の内で暴れている。

何がこんなにも胸をしめつけ、心臓の鼓動を異常に早めているのか、この時の私には理解することが出来なかった。






・・・・・

「ねえ、渚。私、今日変だった?」
「へ?」


結局あの後、ハルとまこは先に帰っていき、私と渚は駅のホームで竜ヶ崎くんを待っていた。私の突然の投げかけに、ぽかん、とした顔をする渚に対し、私は眉尻を下げたまま答えを待った。


「変っていうか、体調崩しちゃってるんでしょ?」
「あーうん、それもあるけど……」


勿論、寝不足が引き起こした体調不良も大いに関与していることは間違いない。それでも、それが引き金になったとは思えないのだ。

そう、凛が帰ってきてから、私の日常は大きく一変した。


「まつりちゃんさ、今でも凛ちゃんが好き?」
「え?好きだよ?」
「一人の男の人として?」
「え――?」


私の顔を覗き込むようにして、真剣な双眸が問いかける。私の心の底にある答えを探るように、真っ直ぐ私を見つめる渚の言葉は、ハルが私に向けた問いと同じ破壊力を持っていた。

凛を一人の男の人として――?

そんなの、わからない……。


「僕たちさ、もう高校生だよね」
「う、うん……」
「まつりちゃんが思ってるほど、凛ちゃんも、周りの人も、優しくないと思うよ」


え――?
渚、どうしちゃったの?
どうして、そんなこと言うの。


「ああ、別に性格が、とかじゃなくってさ!その、まつりちゃんのこと、今までみたいに考えられないってことね」
「どういう意味?」
「――幼馴染の女の子じゃなくて、一人の女の子として見てるっていうことかな」


どこか遠くを見るようにしてそんな言葉をこぼす渚に、どくん、と心臓が鳴った。それが何を意味しているのかは分からない。だけど、凄く嫌な感じがした。

何かが壊れてしまいそうな、そんな音。


「直ぐに答えを出す時が来るなんて言わないけど、予兆を感じたから、さっきあんなこと聞いたんじゃないの?」


予兆――?
何の予兆だと言うの。私は何も分からないのに。私は今のままがいいのに。皆と仲良く、このままずっと一緒にいたいのに。

凛だって戻ってきた。

あの頃、確かに好きだった彼を前にして、胸が高鳴らなかったと言ったらウソだ。

だけど、だけど、私は今、凛を男の人として意識しているだろうか。


「僕はまつりちゃんから離れてた時間が長いから、口出しできないけど。一つだけ思ったのはね」


ふんわりと優しく笑う渚に思わずどきっとする。天使みたいな可愛い子だと思っていた渚が、男の子の顔をしている。


「まつりちゃんって、昔から変わらないのは、何かあったら真っ先に頼る人が同じことかな」
「え――?」
「深い意味がないからこそ、本能的なものが教えてくれることもあるよ」


渚が難しいことばっかりいうから、余計に頭の中がごちゃごちゃになった。ハルの言葉の意味も理解できないままに、難問を増やさないでほしい。

答えを教えてほしくて、渚に聞いたのに。


「渚は、好きな女の子いないの?」
「僕?」
「うん」


これ以上は、思考回路がショートしそうなので、話をシフトした。渚がもし、好きな女の子がいるのだとしたら、私が今、誰を思っているのか分かるきっかけになるかもしれないし――。

だけど、聞いてしまったことを私はひどく後悔した。


「僕はいいんだ。あの子が笑っててくれるのが一番だから」
「!……ごめっ」
「何でまつりちゃんが謝るの」


謝らずにはいられなかった。
渚のこんな顔初めて見たんだよ。

哀しそうで、辛そうなのに、その人の事を想う心が隣にいてひしひし伝わってくる。


苦笑する渚が、ぽんぽん、と私の頭を撫でるのを私は俯いたまま受け入れていた。

ねえ、渚――。
私も願うよ。渚の想い人が幸せであってくれますようにって。




(駅のホームでキミと)
あ、怜ちゃん!
え?あ、
怜ちゃん!?……!あなたは――
朝はどうも!
ああ、いえ。それで、どうしてあなたまで
まつりちゃんも水泳部なんだあ!
え!?
渚から話聞いて、お詫びついでにお話でも、って
い、いえ。僕は陸上部に――
取り敢えず話だけでもね!
ちょっと!


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