028話 痛みはどこから



「ん……っ」


子どもがぐずるようにぬいぐるみにしがみついて、眉を寄せるまつりを振り返る。どうやら、覚醒したようだ。瞼をあげてぼんやりとこちらを見つめる瞳がとろん、としていて正直、目のやり場に困る。

寝起きは、絶対に男を近づけさせん。


「真ちゃん、今何時……?」
「もうすぐ昼だ。七瀬が迎えに来ると言っていた」
「……ん、分かった」


目をこすり、上体を起こしたまつりは、まだ少し寝ぼけているのか、ぬいぐるみを抱いたままだ。何か温もりがないと寝つきが悪いと、中学時代、黒子が言っていたのを思い出す。

あの時は、本当にシスコンで変な奴だったのだよ。今も大して変わらんが。


ぼーっとしているまつりは、じっと保健室の扉を見つめたまま動かない。迎えを待っているのだろうか。まつりが起きる少し前に終業チャイムがなっていたから、もうじき来るだろう。

その予想通り、がらり、と無遠慮に開かれた扉から入ってきたのは、七瀬だった。


「まつり、大丈夫か」
「ハル……」
「!――ほら」


七瀬が近寄ってきてすぐ、ぬいぐるみから手を離したまつりは、そのまま七瀬に手を伸ばした。その意味を悟って、そっと手を引いた七瀬は、よろけたまつりの身体をしっかりと抱き留める。

その時の表情がひどく優しいものだったのを見て、何かとダブった。

それは、俺が知っている中で、誰よりまつりを必要として、執着している奴の顔だった。


「真ちゃん、ありがとう!またねっ」
「!――ああ」


七瀬と一緒に保健室を後にする小さな背中を見守って、俺が心に思うのは、誰を選ぶにしても、まつりが涙を流すことのない、そんな未来が果たして存在するだろうか、ということだった。

今月のおは朝占い。
まつりは最上位をキープしつつも、恋愛面での波乱は激しさを増す暗示が大きく出ていた。

だが、俺はお前に泣いてなどほしくはないのだよ、まつり――。






・・・・・

「ごめん。ちょっと寝ぼけてた」
「ああ。分かってる」


別にいい。
短い、単調な言葉だったけれど、ハルが私のこと心配して迎えに来てくれたことがただ嬉しかった。寝不足だって聞いても、呆れないでいてくれるそんなハルが――。


「真琴たちも心配してた。……昨日、あの後、何かあったのか?」
「!……何かっていうか、征兄ちゃんがちょっと変で」


変っていっても、いつも通りなんだけど。なんか、映画見た後の様子が――。


「まつり」
「ん?」
「今の関係を壊したくないなら、はっきりさせたほうがいい」


え――?
廊下の真ん中でぴたり、と足を止める私と一緒にハルも足を止めた。私を見つめる瞳は、真剣な色を帯びていて、少し焦りのようなものも見て取れた。

何に焦っているのかはわからないけれど、ハルの言葉の意味は何となく察しがついた。

だけど、征兄ちゃんは、私の事本当の妹みたいに思ってくれてるだけで、それ以上の何かはそこに存在していない。


「征兄ちゃんは、私の大事なお兄ちゃんだよ」
「――向こうは、そう思ってない」
「ハルの考え過ぎだって」


ずっと小さいころから一緒にいるの。
そんな、急に男の人として意識するとか、そんなことできない。まるで、家族みたいに思ってきた人を、そんな――。

征兄ちゃんだって、そんな感情、いらないって、思ってるはずだから。そんな感情なくたって、私たちの間にある絆は、ずっとこのまま――。


『もしも、俺が幼馴染の立場だったら、絶対逃がしたりなんてしない』


ふと、征兄ちゃんが口にした言葉が頭の中を過る。

あれは、どういう意味だったんだろうか。あの映画の中で、自分が幼馴染の立場だとしたら、譲らないって、それは、誰を思って言った言葉だった――?


「じゃあ、お前は一体、今、誰を見てるんだ」
「え――?」


ハル、どうしちゃったの?
質問の意味がよく分からないよ。


「何でもない。行くぞ。真琴たちが待ってる」
「あ、うん……」


ずきん、と頭が痛む。
いろんなことが頭の中でぐちゃぐちゃになっていく感覚に、胸の中がざわざわとした。

先を行くハルの背中を追いかける足がとても重たく感じて、どこか遠くに感じた。




(痛みはどこから)
あ、まつりちゃん!
大丈夫?
うんっ!ばっちり回復!
よかったです!まつり先輩っ
江ちゃん……、皆ありがとう


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