027話 王子様を選ぶのはキミ



「しーんちゃん、遊びに――」
「静かにしろ。やっと眠ったとこなのだからな」


いつものごとく、体育の授業の空き間に保健室へと顔を出せば、珍しく穏やかな顔をしている真ちゃんの視線の先には、ぬいぐるみを抱えて丸くなっているまつりちゃんがいた。

相変わらず天使のような寝顔を見せているまつりちゃんを見て、思わず俺まで頬が緩んでしまう。


「なになに、どうしたわけ?」
「単なる寝不足だ」
「うっわ、目の下隈凄いな……」


そっと頬に伸ばしかけた手は、ばちん、と音を立てて弾かれた。ああ、勿論、おっかねー顔してる真ちゃんにな。

まつりちゃんは、俺にそんなことしねーし。


「寝不足って、何かあったの?」
「……しらん。アイツが帰ってきてから騒がしくて適わないのだよ」
「松岡か――」


アイツ――。
俺ら高校バスケ部員にとって天使のような、お姫様のようなまつりちゃんのにっくき初恋相手。

満面の笑顔で「凛がね!」と話された日には、絶不調の中、部活をしなければならず、真ちゃんでさえ、運勢が悪いだのなんだの言って、ボールを持たなかった。

うん、宮地さんとかマジで松岡轢きそうで怖かった。


それほどまでの天敵が戻ってきた。

あれから四年も経つ。
人間が心変わりするには十分すぎるくらいの時間が流れた。


「真ちゃんさ、ぶっちゃけ、松岡とまつりちゃんくっついてもいいっしょ?」
「よくないのだよ!」
「しーっ」
「ぐっ……」


よくないのか。
そおっとまつりちゃんを見やれば、ぬいぐるみに顔を押し付けて気持ちよさそうに寝息を立てている。どこか疲れた顔をしているのも気にかかるが、今はぐっすり眠っているようで、ひとまず安心した。


「じゃあ、七瀬?」
「……お前はどうなのだよ、高尾」
「俺?俺はー……、まつりちゃんが笑顔でいられる相手がいいんじゃねーかと思うけど」
「――もう少し」
「え?」
「もう少し、帰ってくるのが早かったら、何か違っていたかもしれん」


何だそれ。
それってつまり、もう手遅れになってる感じ?


真ちゃんのどこか深刻そうな顔を見て、ふいに頭をよぎったのは、まつりちゃん家に居候を始めた二人の元バスケ関係者たちだった。

一人は、対戦経験もある。

そして、この男がおそらく、真ちゃんの言う手遅れのキーパーソンだ。


「あの頃は、まだ可愛いだけですんだのだよ」
「ん、大きくなったよな。あんな小っちゃかったお姫さんが」


そう、あの頃はまだそれでよかった。
可愛い妹が出来たみたいで、むさくるしい男たちの中に無邪気に飛び込んでくる天使でよかった。

でも、もうそれは通用しないんだ。


女の子の成長程早く感じるものはない、とどこかで耳にしたことがある。すっかり大人の女に成長してしまったまつりちゃんを、もう昔のように見ることのできない人間も中にはいるってことだ。

高校二年生にもなったら、歳の差などそこまで気にすることもない。ましてや、ずっと傍にいて警戒心も根こそぎ取っ払われている相手ならば、躊躇はないだろう。


「真ちゃんは違うんだろ?」
「当たり前だ、馬鹿め」
「うん。俺も妹いるし、その感覚と一緒だから、問題ねーけどさ」


確かに、まつりちゃんは可愛いし、すっげーいい子だけど。守ってやりたいと思うのは、女の子としてじゃない。俺は、この子の頼りになるお兄ちゃんでいいんだ。

そっと髪を梳けば、まるで子供がぐずるようにますますぬいぐるみに顔を埋めてしまった。


「おっと、いっけね」
「触るな、馬鹿が移ったらどうする」
「酷くない?!」


布団を優しくかけ直す真ちゃんを遠目に眺めながら、真ちゃんが今、一番に心配している事態にだけは陥らないでほしいと、ただそれだけを願った。






・・・・・

「まつりっ!」


がらっと勢いよく開かれた扉から飛び込んできたのは、馴染の顔と見慣れない少女だった。後から名前を聞いて、頭が痛くなるような気がしたのはたぶん、俺だけではない。

真ちゃんは、自分の聖域に踏み込まれた挙句、可愛い妹分を横取りされて面白くない様子だ。


俺たち二人などお構いなしにまつりちゃんを囲む四人は、どうやら階段から落ちて保健室に来たまつりちゃんを心配して駆けつけたらしかった。

まあ、どっかでいらんヒレがついて話がでかくなっちまったんだろーな。


まつりちゃんの頬に手を添えて、手を握って顔を覗き込んでいる七瀬の顔は酷く焦燥に駆られて見えた。

いつも仏頂面してるから結構貴重だよなー。


「なあ、真ちゃん。やっぱ、俺、七瀬押しかも」
「何の話だ」
「だから、まつりちゃんの王子様」


ぶちっと血管が切れるような音を耳にしたような気がしたのはスルーして、そっと二人の様子を盗み見る。

七瀬の手にすり寄るように身を寄せているまつりちゃんは、さっきよりもどこか安心したように、幸せそうな顔をして寝息を立てていた。

それを見た七瀬の表情が和らいで、それが伝染するかのように他の三人もほっと安堵の息をついている。

なんか、こういうのっていいよな。
学生だった頃に、まつりちゃんみたいな子が傍にいたなら、俺もきっとキミに恋をしていたんだろう。




(王子様を選ぶのはキミ)
あの、階段から落ちたって聞いたんですけど、てゆーか、高尾先生まで何でいるんですか?
あー、さぼり?
今日授業変更で、一時間目体育だよ?
うっそ、まじで?!やべっ!
あ!私のクラスだ、それ!

まつりはどこも怪我してない…
ああ。単なる寝不足だ
……まつりをお願いします。昼には迎えに来る…
わかった。……さっさと授業に戻れ


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