025話 映画の結末に揺れ動くのは



「まつり」
「あ!ごめんなさい!待ったよね?」
「僕も今来たところだ。そんな顔するな。可愛い恰好が台無しになってしまうよ」
「!あ、ありがとうっ」


待ち合わせ場所であるあっちゃんのケーキ屋さんに出向けば、既に車を停めて外で待っていてくれた征兄ちゃんに慌てて駆け寄るも、笑顔で出迎えてくれるだけで、遅れたことを咎めたりしなかった。

それに、さり気なく私の頑張りを評価してくれる所が、本当に大好き。


「行こうか」
「うんっ」


征兄ちゃんと一緒にあっちゃんのお店に顔を出せば、直ぐに気が付いたあっちゃんがこちらまで出てきてくれた。相変わらずの繁盛具合で、座る場所があるだろうか。


「まつりちーん!」
「わ、わわっ」
「こら敦、急に抱き上げたりするな」
「はーい。あ、赤ちんもいらっしゃーい」


私を抱っこしたまま征兄ちゃんにも挨拶するあっちゃんからは、甘い香りがいっぱいした。口元にクリームが付いているところを見ると、また味見とか言って、つまんでいたんだな、ということが分かる。

口元に手を伸ばして指で拭ったのをそのまま口に含む。口の中いっぱいに広がる甘いクリームの味に頬がとろけそうだ。


「このまままつりちん、食べたい」
「私食べ物じゃないよ?」
「うん、でも、おいしそう」
「あ、あっちゃんっ」


頬をぺろり、と舐められてくすぐったくて身をよじっていれば、どこか冷たい気にあてられる。背筋がぞわりとして、ぶるりと震えた。


「敦、まつりを返してくれないか」
「!…はーい」
「あっ」


あっちゃんから征兄ちゃんの腕におさまった私は、腰回りにある征兄ちゃんの手と近すぎる距離に思わず赤面する。何か怒っている風な征兄ちゃんだが、その矛先は、どちらに向いているのかよくわからなかった。

何やら注文をつけた征兄ちゃんに言われて、あっちゃんがお店の奥に引っ込んで、私はそのまま店の奥の席へと連れていかれた。


「あ、あのっ征兄ちゃっ」
「まつり、いくら馴染の人間であっても、男に軽々しくあんなことをしてはいけない」
「え?」


席に着いてから開口一番、何やら説教らしい言葉が飛び出してきたことに首を傾げた。一体何のことを言っているのだろうか。


「ああいう行動は、男に飢えた雌猫がやるようなものだ。お前みたいに純粋で可愛い子がやっては駄目だ。分かったね」
「え、あ、はいっ」


何だかよく分からないけど、ここは頷いておいたほうが賢明だと思った。それに、さり気なく言葉の端で征兄ちゃんが思う私のイメージがわかって、何だか気恥ずかしい。

赤面して俯く私には、周囲がどのような視線を向けているのか知りもしなかったのである。


「はいお待たせー」
「ああ、ありがとう」
「あ!これ、新作?」
「そうそう。よくわかったねー。こないだまつりちん寝込んだ時にあげたの改良してみたー」
「あ、あの時はありがとうっ!すっごくおいしかったっ!」
「んー、喜んでくれたならよかった」


あっちゃんのケーキはどれも絶品なのだ。いただきますをしてすぐさま食べにかかる私を二人が優しいまなざしで見ていたなどと知る由もなく、ただ美味しいものを口いっぱいに頬張って幸せをかみしめていた。


「あー、俺ー、この後、大量に来てる予約のケーキ作んなきゃだからー、帰るときは声かけてねー」
「うんっ」


あっちゃんにばいばい、と手を振って苦そうなコーヒーを飲んでおられる征兄ちゃんを伺う。ケーキ、食べないのかな?


「どうかしたのか」
「美味しいよ?」
「ああ、それならよかった」
「……はい、あーん」
「!――…」


にっがいのばっかだと、口の中酷いことになりそうだし、と思ってちょっとお行儀悪いけど、征兄ちゃんにケーキを切り分けて差し出せば、硬直してしまった。


「征兄ちゃん?」
「あ、ああ……」
「はい、もっかい」
「!……(ぱく」
「美味しい?」
「……(こく」


ゆっくり頷いた征兄ちゃんに嬉しくなって笑顔を向ければ、ふいっと視線を逸らされてしまった。なんだか、今朝のハルみたいだ。


結局その後は、お話に花を咲かせて、最後にはあっちゃんに挨拶してからお店を後にした。店の外に駐車していた征兄ちゃんの車まで行けば、わざわざ征兄ちゃんが助手席に回って扉を開けてくれたそこから車に乗り込む。

私が乗り込んだことを確認して閉められた扉とは反対の運転席へと乗り込んだ征兄ちゃんを見て、何だかちょっと新鮮な気持ちがした。と、同時に桃姉ちゃんがこっそり教えてくれた言葉を思い出す。


『赤司君て、助手席には誰も乗せないの!だから、まつりちゃんは特別なんだよ』


ぼっと頬が赤くなるのを感じて、慌てて両手で覆うもそれは、ばっちり征兄ちゃんに見られておりました。


「何を今更緊張してるんだ」
「し、してないっ」


おかしそうに笑った征兄ちゃんの手が頭に触れる。セットした髪(結局あの後、まこにやってもらった)を崩さないように撫でてくれる手がとても優しくて心地よかった。

凛なら、もっとこう、ぐしゃっていくよね。

そんなことを考えていれば、車が発進する。向かう先は映画館だけど、征兄ちゃんがちょっとだけドライブしてくれるみたいで、海沿いに遠回りしていくんだ。

窓の外を眺めながら、どこまでも広がる海をじっと見つめる。


「ところで、まつり。その髪は誰にしてもらったんだい?」
「じ、自分で?」
「いつからそんな器用なことできるようになったのかな」
「さり気なく酷いよ、征兄ちゃん!」
「そうか、すまなかった」


笑いながら言われても反省の色が伺えないのですけど。むっと膨れる私をちらりと見て、何か考え込みだした征兄ちゃん。これは、本気で私が自分で努力したほうには考えてないんだ。


「ああ、橘君かな」
「!…なんで分かるのー」
「彼、器用そうだし、下に二人妹弟がいただろう」


時々思うんだけど、征兄ちゃんて、ほんと何でも知ってるよね。家族構成まで話したことあったかな、私。それともまこが直接?んー、それはないかな。だって、まこってば極端に征兄ちゃん避けるとこあったし、昔っから。


「他の男に簡単に触らせるのはいただけないけど、まあ、今回は大目にみようかな」
「あーヤキモチー」
「!――妬いてほしいのか?」
「!――っ、ず、ずるい」


今回こそ勝った、かに思われた勝負は、またもや征兄ちゃんの勝利で幕を下ろした。本当に何枚も上手なんだ、この人は――。






・・・・・

さて、映画館につきまして、映画鑑賞スタートです。お話は、まあ、何とゆーか私の今に近い環境の話だったりする。

小学校の頃別れた初恋の男の子が、高校生になって再び自分の元へ帰ってくるところから物語はスタート。でも、この時、自分には幼馴染として、ずっと傍にいて支えてくれていた彼がいたのだ。

もう幼馴染ではなく、恋人として傍にいてくれる男の子と帰ってきた初恋相手に動揺する女の子。


結局、物語の終わりは切ない想いを残して終わる。


『お前は、アイツが好きなんだよ。昔からずっと』
『違うよっ!今は、今は――』
『責めてるんじゃない。お前が幸せになれるほうを選べばいいんだ。そうしたら、俺はまたお前の幼馴染に戻る。――それでいい』
『っふ、う、うぇえっ』


――凛がいなくなってこの4年。
私の傍にいて、私を支えてくれていたのはずっとハルだった。凛の事で泣く私を見て一番傷ついた顔をしていたのは、いつだってハルだったのに。

私は、見てみないふりをしてハルに甘えてきた。

本当は知っていたのに――。
ハルがどれだけ辛い感情を押し殺して、傍にいてくれていたのか。それがたとえ幼馴染としてでなく別の感情があったとしても、あの頃の私に応えることは、きっとできなかった。

それは、今もそうなのだろうか。


映画の中のシーンが自分のこれからとだぶっているように錯覚してしまう。こんなの自意識過剰なのに、涙が頬を伝い落ちて止まらなかった。


『今度は置いて行ったりすんなよ』
『ああ』
『泣かせんなよっ』
『…ああ、こいつはぜってー俺が幸せにするから』


私がもし、同じ状況になったら、どうするだろう。
誰の手を取るのだろうか。


分からない。


ほろり、ほろり、と涙が伝う頬に誰かの手が伸びる。ハッと我に返って隣を見やれば、不安げにこちらを見つめる赤い双眸があった。

今日はデートだから、とわざわざ両目を揃えるためにカラコンを入れているため、二つの赤がこちらを見つめている。


「……っ」
「――…」


何かを言いかけようとしてやめてしまった征兄ちゃんは、頬から手を離すと、ぎゅっと私の手を握った。それが、言いかけた何かであるのに、私にはそれがあの頃の征兄ちゃんとだぶって見えたんだ。

何もかも押し殺して、一人で立っていたあの頃の彼に――。


映画はエンドロール。
お客さんたちが退出していく中、私たちは最後までその場にいた。




(映画の結末に揺れ動くのは)
まつり
は、はい…
もしも、俺が幼馴染の立場だったら、絶対逃がしたりなんてしない
!――そ、そう
ああ、覚えておくといいよ
え――?


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