024話 願わくは



「っくしゅ、」
「ハル、大丈夫?やっぱ、風邪ひいちゃった?」
「……死んだばあちゃんが言ってた。くしゃみするときは、誰かが噂してる時だって」


んー…。
まあ、それもあるにはあるんだろうけど、ハルの場合はやっぱり風邪だと思うんだ。まだこの肌寒い時にプールになんて入っちゃうんだから。

ハルの額に手を伸ばして熱を測ってみる。


「ちょっと熱い?」
「熱くない」
「……ほんとに?」
「……お前が触るからだ」
「え、なに?何で?」
「うるさいっ」


私の手を掴んだままぷいっと顔を逸らしてしまったハルに首を傾げる。確かに熱いと思ったのだけど、私の勘違いだろうか。ちなみに、ハルさん、手はいつ離していただけるのでしょうか。


「ところでハルちゃん、いつまでまつりちゃんの手握ってるの?」
「っ!……」
「あ……」


ばっと離れた手が行き場を失って宙をさまよった。ぽとりと膝の上に落とす。なんだか気恥ずかしくて二人して反対を向いている私たちをまこと渚は苦笑しながらも微笑んでいた。

と、そこでハルの家にある時計に目が行く。


「あっ!もうこんな時間!」
「え?まだ、昼だけど……」
「私、今日デートなんだっ!」


そう言ってにっこり笑うまつりに部屋の空気がぴしり、と固まる。そろそろとハルの見やれば、驚き硬直している様子だ。それが徐々に険しい空気を伴っていく。

これには、俺も渚も声を上げられなかった。


「変じゃないよね?このかっこ」
「え、ああ、うん。可愛いよ」
「よかった!」


俺の方を見て問いかけるもんだから、答えるしかない。嘘を言ったわけじゃないんだ。まつりの格好は本当に可愛らしかったから。今日何かあるのかなとは、思っていたけど、まさか、デートだなんて――。


「まつり」
「ん?」
「凛と出かけるのか?」
「え?凛?違うよ」


凛とは約束してません。と言ってハルの家を出る準備を始めるまつりは、どうやら俺が最悪を想定していた人物とは違っているようだった。

ハルも的が外れたのか、困惑した顔をしている。


「じゃ、じゃあ、誰と行くの?」
「征兄ちゃん!」


満面の笑顔と共に発せられた名前に俺たちは絶句する。だって、あの人に口答えできる人なんて、俺たちの中にいないんだ。俺なんか、目見て喋ることすら結構きつかったりする。

幼いころからまつりに特別な感情を抱いていたことが分かり切っていたハルと凛には、これでもかというくらい冷たい人間だった。

扱いが違うっていうか。


そんな人間と、まつりのようにどこかほんわかしている人間が一緒にいるのはミスマッチな気もするのだが、如何せんまつりは超が付くほどあの人になついているのだ。


「あっちゃんとこのケーキ食べに行くの!」
「それで?それで?」
「映画行って、夜ご飯はホテルでバイキングだって!」


楽しみ〜!
そう言って笑うまつりを見て俺たちは三人して口を閉ざした。思いっきり定番のデートだ。これで映画がど真ん中の恋愛映画だったら、かなりいい雰囲気とかになって――て、何考えてんだ、俺。


「映画って何見るの?」


渚が直球で聞いた映画の系統。恋愛は駄目、と頭の中で繰り返し唱えながらまつりの答えを待つ。


「アニメ!」
「「え」」


少し恥ずかしそうにしながらも教えてくれたまつりに三人の声が重なった。


「幼馴染同士の純愛ものなの!原作の小説すっごくよくて、征兄ちゃんに声かけたら、いいよって言ってくれたから」


最初、ハルに声かけようとしたんだけど、興味ないってはねつけられそうだったからやめたー、と苦笑するまつりを見て、そんなこと言わない!と何故か語気強く言うハルをみて、俺もそう思うと、納得する。

ハルにとってはまつりと遊びにでかけられることがそもそも重要なことだ。それに、その映画、うまくいけば、まつりの心を動かすにはもってこいだ。


「じゃあ、ハルも一緒に行く?」
「!――それは遠慮する」
「えー……」


えー……じゃないと思う。
ハルは正しい。一緒になんてついていこうものなら、あの人が何を言うか、どんなとばっちりを受けるかわかったもんじゃない。


「……まつりと二人で行きたい」
「ハ、ハル…?」
「今度一緒に出かけるぞ」
「う、うんっ」


ハルは凛が帰ってきてから大分積極的に動くようになったと思う。自分の心の中に留めておくのではなくて、きちんと言葉にしてまつりに伝えようと努力している。

たぶん、そうでもしないと鈍感なまつりには一生気が付いてもらえない想いだから。


二人を見て微笑ましいな、と思う反面、凛の事も頭にちらついたりする。


俺たちは、あの頃から随分と大人になった。あの頃はまだ、皆のお姫様だったまつりも、これからは誰か一人のお姫様になるのかもしれない。

それを選ぶのは勿論まつりだけど、もし、彼女が今のままがいいと、そう言ったなら、ハルと凛は納得するだろうか。

それに、赤司さんや、黄瀬さんはきっと、妹のようとしてでなくまつりを好きなんだと思うから、こっちもまた問題だ。


――て、まあ、こんなことで俺が頭を悩ませていても仕方ないのだけど。願わくは、皆が笑顔で、幸せであれあすように、と。





(願わくは)
ね、まこちゃん
ん?
僕さ、時々ハルちゃんが凄く羨ましい
え?
まつりちゃんって、何だかんだ言って一番先に頼るのは、ハルちゃんだよね
!――渚……
えへ。何言ってるんだろうね、僕


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