019話 鉛のココロ



あまちゃん先生に職員室に呼ばれて告げられたのは、水泳部設立が認められたという嬉しいニュースだったのだが、それにはやっぱりというか条件が付いてきて。今、まさに私たちの前に広がっているのは、大自然と称せるほど荒れ果てたプールの姿だった。


「だめだよ。逃げちゃ」
「何でもやるって言ったわよね」


渚とあまちゃん先生の笑顔がきらきら輝いて、逃げられないように手を掴まれたハルとまこから距離を取ろうとした私の両手を、掴まれているハルとまこが掴んで止めた。

そろっと二人を見上げれば、逃がすものか、と目が言っている。


「よし、じゃあ、頑張ろうっ!」
「「・・・」」


張り切る渚に私たち三人は小さく溜息をこぼして、大自然の中に踏み込んだ。


「まつり、滑るから気を付け――!」
「わっわ!ごめん、ハル」
「……いいからどけ。重い」
「なっ!酷い!」


プールの中に踏み入って直ぐ、雑草に足を取られて転倒した私を支えるのに失敗したハルと一緒にひっくりかえって、私が押した倒す形で転んだ。

女の子に向かって、重いとは何だ、重いとは!


「ハルちゃん、顔赤かったね」
「しー…。ここは見なかった振りしてればいいんだよ」
「そうだね。僕らはあっちやろっか」


皆で始まった草むしりは、制服が泥だらけになるまで続けて漸く片付いた。結構、プールの底はひび割れていて、随分と長い間放置されていたことが伺える。

ひび割れをなぞっていれば、まこが横からひょっこり顔を覗かせた。


「これは危ないね」
「だよね。修繕しなきゃだよね」


うーん、と頭を悩ませていれば、まこの提案で翌日のお休みにあまちゃん先生と一緒にDolphinsにペンキやらの修繕道具を買いに出向くことになった。

取り敢えず今日は、もうおしまい。


皆で帰路を共にしながらの帰り道、じんじんと痛む足腰に、ああ、年とったんだーと女子高生とは思えないことを考えながら、前を行く男の子たちを見上げる。

全くとは言わないが、疲れが見られない彼らを見てやっぱり男女の差かな、なんてちょっと悔しく思ったりもして、重たい足を引きずって彼らのあとを追った。


「まつりっちー!たっだいまーっ」
「ひゃわっ!?」
「「まつり!?」」


皆の後を追っていた私の足は、後ろから飛びついてきた何かによって遮られた。ぎゅーっと抱き込まれてしまっては身動きが取れず、もがく私を「可愛い」だなんて言って抱きしめてらっしゃるのは、言わずもがな涼太兄だ。

前にいた三人は何とも言えぬ顔でこちらを見つめている。


「ちょっと、苦しいってば!」
「一緒に帰ろっ」
「わ、分かったからっ!」


まつりはきっと知らない。
アイツらがお前の傍に来るたび、ふっと気の抜けたように安心した顔をして警戒を一切取っ払ってしまうことが、どれだけ俺の心を縛るか。

お前が心を許している人間は、俺や真琴たちだけじゃない。ずっと昔から一緒にいるのに、お前は俺たちとその人たちの間にも線引きなんてしないんだ。


あの時、テツさんを迎えに中学に行かなければ、きっと、お前は俺たちだけの傍にいて笑っていてくれたんだ。

――行かなければよかったんだ、あの時。


「ハル?」
「……何でもない」
「じゃあ、皆今日はここで!また明日っから頑張ろうね!」


さり気なく手を掴まれても振り払わない。年が離れているせいか、異性として意識しないのも、俺にはただ無知で危機感のないバカにしか見えない。


「まつり、明日は迎えに来い」
「え、うん?」
「ハルちゃんが迎えに行くんじゃないの?」
「朝は水風呂入りたい」
「じゃあ、俺が迎えに行くよ。その後、まつりと合流すればいいだろ」
「――…」


それじゃ、意味がない。
まつりと黄瀬の繋がった手から、黄瀬に視線を移せば、ばっちりと視線が絡まった。少し驚いたように目を見開く黄瀬からふいっと視線を逸らす。

こんなの子供みたいだ。


「ハル、明日は勝手にお風呂場入っても文句なしだよっ」
「!……文句なんか言ったことない」
「くす、じゃあね。明日はお迎えに上がりまーす!」


結局は、こうなる。
黄瀬と手を繋いだまま帰っていくまつりの後ろ姿を見送りながら、心にわだかまるどろどろした気持ちをぐっと押し込めた。


「まつりは、何とも思ってないよ」
「そうそう。お兄ちゃん感覚で一緒にいるんだから、考えだしたらキリないよー」
「――…わかってる」


二人はほほえましげにしているが、これが凛でも同じことを言えるんだろうか。


「でも、アイツは昔から、凛だけだ」
「「!――…」」


ほら、否定できないだろ。
つまるところ、そういうことだ。

どちらにしても、アイツが俺を選ぶことはない。




(鉛のココロ)
ね、涼太兄。怖い顔してどしたの?
んー?なんか、思ったよりも早く衝突しそうだなーって
ん?撮影でトラブル?
何でもないっすよー

お帰り。遅かったじゃないか
え、何で赤司っちがここにいるんすか!?
何言ってるんだ。今日から俺もここに住む
え、えっ!?
まつり、顔が赤いようだが大丈夫か?
だ、大丈夫ですっ!


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