018話 水泳部結成の第一歩



「慌ただしくなっちゃってごめんね。こんな遅くまで引き留めちゃって」
「いや、こっちこそ長居してごめん。まだ病み上がりなんだからちゃんと身体休めなきゃだめだぞ」
「はーい」


兄さんが買ってきてくれたケーキを皆で食べて、大分日も傾いた時分。

征兄ちゃんを兄さんに任せて皆のお見送りに出た私を気遣って声をかけてくれたまこの手が優しく頭を撫でてくれた。こうやって皆が同じ場所に集っていることに今更ながら感動する。

このまま、ずっと仲良しで昔みたいに過ごしていけたら、なんて高望み過ぎなのかな。


「あ、まつりちゃん」
「ん?」


小さく渚が手招きするので近寄れば、こっそりと耳元で囁かれた。


「水泳部作ることになったんだ!」
「え、ほんと?」
「うん!だから、明日は一緒に申請だしにいこーね!」
「うんっ!」


渚がこっそり教えてくれた水泳部結成の話は私にしか聞こえていないようで、周りで皆が首を傾げていた。余程顔が緩んでいたのか、ハルの訝しげな視線が向けられる。

でも、いいの。すっごく嬉しいから。


「まつり明日は、ちゃんと来いよ」
「うんっ」
「弁当に鯖入れ忘れるなよ」
「私が作るの?」


まこと渚が先に歩き出したのを見て、ハルが最後に一言バイバイしてくれているのだが、なぜだか、明日は私がお弁当を作っていかないといけないらしく、しっかり注文を付けて、じゃあ、と手を振って二人の後を追うハルに苦笑した。

一応病み上がりの私に弁当作らすか、この!


「遙先輩って意外と可愛いとこあるんですね」
「どこがだよ」


最後に出てきた松岡兄妹は、並んでみるとやっぱり似ている。くすくす、と可愛らしく笑う江ちゃんだが、凛はどこか不機嫌そうにハルの方を見やっていた。それからすぐに私に視線を戻したかと思えば、頭にずしりとした重みを感じる。


「ハルの弁当、鯖なんかいれんじゃねーぞ」
「もう、お兄ちゃんってば。やきもち妬いてるー」
「はあ?違ーし!つーか、お前は先行ってろ」
「はーい」


こみあげる笑いを押さえて駅までの道を先に行く江ちゃんの背中を凛と二人見送る。角を曲がって見えなくなったところで、凛が再び私を見下ろした。


「昨日は、悪い。言い過ぎた。俺、思ってねーから…」
「え……?」
「お前が、俺の事騙したとか、そーゆーの」


ふいっと逸らされた顔が少し赤く染まっている。必死に言葉を捜して昨日のことを謝ろうとしてくれてる姿勢はひしひしと伝わってくるのに、どうしてだか顔は笑ってしまうのだ。


「な、なに笑ってんだよ。てめー」
「んくっ、い、いたっ」


私の笑顔をなんだと解釈したのか、凛の細くて長い指が鼻をつまんで引っ張った。痛いと声を上げるのに、離してくれる気はないようで、そのうち、仏頂面だった凛の顔には笑みが浮かんだ。

そのことにどこかほっとして。


「凛、これからもずっと仲良しでいよーね!」
「!お、おう……」
「ずーっと大親友っ!」
「!………、ん」


ちょっとこれは、逃げかもしれない。なんて思ったけれど口に出してしまったことは消すことはできない。凛の表情が微妙に曇りがちになったのを見逃さなかったのは、私がそう望んだからかもしれなかった。

凛が、私との関係をどうしておきたいのか、それが知りたかった。


ずるいけど、私は凛の特別でいたい。それは別に彼女とか、そういうことではなくて、凛の一番近くで一番支えになれる女の子としての立ち位置がほしい。

これも、ずるい考え方かもしれないけど。


凛が私を傍に置いてくれるのは、これから先も変わらないでこのままずっと――。


「じゃ、帰る。今日は早く寝ろよ」
「うん」


男女の友情はあるのでしょうか――?

――はい、私はきっとあると思います。


凛の背中を見送ったこの日、私はまだ知らなかった。
自分が思うよりもずっと、自分を想ってくれてる気持ちがぶつかりそうになってしまっているのを――。






・・・・・

「じゃーん、申請用紙げっとしてきましたー!」
「おーっ!渚さっすがー」

皆でお昼ご飯をもって屋上で昼休憩。私のお手製の弁当に若干目をキラキラさせてくれたハルは、今はご飯に夢中。正確にいえば鯖に夢中?

今朝は大変だったんだ。本当に。


『ずるいっ!まつりっち!俺も弁当っ!』
『えー。涼太兄、ロケ弁でるじゃーん』
『やだやだっ!作って、作って!』
『涼太、お前はもう少し大人としての自覚を持て。みっともない』


ハルの弁当作って、自分のも作って、それから征兄ちゃんのも作って。泊まらせちゃったから会社直行で申し訳なかったし、朝もろくに食べないっていうから、作ったんだけど、今度は涼太兄がうるさくて。

結局、皆の分作る羽目になった。


『そーゆー赤司っちだって、ねだってるくせに』
『俺はいいんだ。まつり、できたのか?』 
『ん、こんなもんかな?ちょっとつまむ?残りは朝食に回すし』
『……ん、おいしい。また腕を上げたね』
『えへへー』
『ちょっとそこ!新婚夫婦みたいな会話しないでほしいっす!』


朝から騒々しいと、兄さんがお怒りになったのにも二人は耳を貸さないまま家を出た。征兄ちゃんまで行ってきます、って言ってたことが非常に引っかかるけど、たぶんそれはまた家に帰ってくるってわけではないだろうし。

私の取り越し苦労だと、そう思いたい。


「ハル、おいしい?」
「……(こく」
「そ、よかった」


でも、まあ、朝の苦労はこうして報われている。ハルの嬉しそうな顔見たら、何だかいろいろ吹っ飛んだ。自分の作ったものをおいしいと言ってくれる人がいることは、幸せなことだと、そう思うから。


「はい、新婚さんはちょっとこっち注目ー!」
「まだ新婚じゃない」
「そうそう、新婚じゃないし」
「……(まだって、そういうプランは頭にもうあるのか」


渚の言葉を否定する私とハルにまこは苦笑しながら何を思っていたのか、私にはわからないけれど、まあ、取り敢えずそれはよくて、今は水泳部結成に向けての第一歩を成功させないとね。


「じゃあ取り敢えず部員は僕たち四人でー、部長はまこちゃんだよね!」
「えっ俺!?ハルじゃないの?」
「ハルに部長なんて無理無理っ。廃部になっちゃう――っぐ、ぐるしっ」


後ろから羽交い絞めにされて、首に回った手が手加減なしに私を窒息に追い込む。何度かハルの腕を叩けば、漸く力は弱まったけど腕が離れることはなかった。


「まあ、向き不向きってあるじゃない。ハルちゃんは副部長で、会計は僕がやるよ」
「おい、勝手に――」
「あ、じゃあ、私マネージャーになるのかな?」
「え?まつりちゃん泳がないの?」


さも当たり前のように首を傾げる渚にこちらが首を傾げる。いやだって、高校で男女合同の水泳部はいろいろまずいでしょ。私もそれなりに、女の子らしく成長しているわけで。

スイミングクラブに通っていた頃とは、いろいろ変わってしまった……。

そう、いろいろ――…。


「!…まあ、それはおいおいさ。取り敢えず今はサポートに回ってもらえばいいんじゃないか?」
「んー、そうだね。じゃあ、あとは顧問の先生!」
「あ、真ちゃんに頼んだら?」
「保健医はさすがに無理じゃない?」
「そっかなー」


真ちゃんなら、しょうがないのだよ、とか何とか言って承諾してくれそうだけど。まあ、ここはもっと適任者がいるか。

あまちゃん先生とか、まだ部活の顧問もしてなそうだし。


「「あまちゃん先生!」」


私と渚の声が重なって、それが決定打となり申請書は無事提出されることとなった。後は、よき返事を期待するのみ!




(水泳部結成の第一歩)
慎重な検討の結果――
・・・・
見事承認されましたー!
やったぁ!
さっすが元水着メーカーのOLさん!


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