010話 沈みゆく日の海で



駅で皆と別れて、凛を待つこと数分、ぽん、と頭に手を置かれて顔を上げた先に、ぶっきらぼうな顔をした凛がいた。制服姿の凛を見るのは、初めてで、真っ白な学ランを着た美少年が私の前におりました。

すっごい、かっこいい……。


「何見とれてんだよ」
「そ、そんなことない!はい、服!忘れないうちに」
「おう」


紙袋を受け取った凛は、私の頭から手を離すと何とも自然に私の右手をとった。きょとん、として凛を見上げれば、何だよ、と睨まれた。いや、別に嫌とかじゃなくて、何か、こそばゆいってゆーか。

ハルと繋ぐのとはまた違ってて。


「凛の手、あったかい……」
「!……ハイハイ」
「照れてるっ」
「照れてねー」


ただ素直な感想をいった私に凛は照れたのか、そっぽを向いてしまった。それでも離されることのない右手は、ぎゅ、と力が込められたまま繋がっている。凛の温もりがくすぐったくて、ひどく私を安心させた。


「どこ行くの?」
「……どこ行きてーの?」
「んー……」


どこ行こうかなー、と駅から二人で出てぶらぶら歩いていれば、気持ちのいい潮風がどこからともなく吹いてきた。左側を見れば、どこまでも青い海が広がって見えた。急に立ち止まった私を見て、凛も立ち止ったようだ。


「海、行くか」
「うん!」


私が言わずとも察してくれた凛は、私の手を引いて海岸へと向かってくれた。二人で浜辺に降りて、夕闇に染まる海を眺める。じっと黙っている私の横で、凛はどんな顔をして海を眺めていたんだろうか。

ずいぶんと長い間そうして二人でいた気がする。


「ねえ、凛」
「ん?」
「折角だから、足だけでも入る?」
「!……ちょっとだからな」


靴と靴下を脱ぎ捨て、凛と共に薄暗くなった海へと走っていく。まだ肌寒い季節にもかかわらず、海の水に足を浸して、大きく息を吸い込めば、とても気持ちがいい。空には一番星が輝き、藍色に染まってきた。


「気持ちいっ」
「冷てー…」
「プール入ってる時よりましでしょ?」
「それとこれとは、違ーし」


ぶつくさ文句言ってる割には、どこか嬉しそうな凛に思わず顔がほころんだ。何だかんだ言っても、凛と私の手は繋がったままだった。足先は冷たいのに、凛と繋がった手が温かいから、全然寒くない。


「何笑ってんだよ」
「何でもない!」


繋いだ手をぶらぶら揺らせば、訝しんだ視線を投げてくる凛。それでも文句は言わない。
いつか、皆一緒に来られる時が来るだろうか。

昔のように、皆笑い合って、バカやれる日が――。


「まつり、そろそろ出るぞ」
「もう、帰る……?」
「……冷えるから、とりあえず上がれ」


不満げに見上げる私を見下ろして、押し黙りながらも、とりあえず、と私の手を引く凛に従って海から出る。流石に四月の海は、まだ冷たく、気温も低い。

荷物と靴を脱ぎ捨てた場所まで戻って、すとん、と腰を下ろせば、自然と凛も隣に腰を下ろした。


「ほら」
「うわっぷ」


白い学ランを頭からかぶって、真っ暗になる。手繰り寄せて顔を出せば、小さく笑っている凛がいた。何だか恥ずかしくて学ランを肩にかけて袖を通せばぽんっと優しく頭に手が置かれた。


「おっきい……」
「当たりめーだろ」
「凛のにおいする」
「っ………この天然ばか」
「いたっ!」


頭に鈍い衝撃が走って、凛を見上げれば、そっぽを向いていた。何だっていうんだ。もう、学ラン返してやんない。膝を抱えてうずくまれば、凛が私の名を呼んだ。


「なに?」
「ハルん家にいたんだろ」
「ん、いたよ?」
「……アイツら全員いたのか?」
「?……うん。皆でご飯食べてた」


正直に答えれば、凛の眉間に深いしわがよった。あ、怒ってる?と思ったけれど、そういうわけではないようだ。何かと葛藤してる?


「凛も今度一緒に――」
「食べねーよ」


全部言い切る前に遮られて言葉がのどの奥につっかえた。声がひどく冷たくて、顔が怖かった。私に怒っているわけではなさそうだけど、皆に怒っているといった感じでもない。オーストラリアで、何かあったのだろうか。

渚が言っていたように、皆の表情が物語っているように、凛は変わってしまったのだろうか。


「じゃあ、じゃあ、私が作るから、私と一緒にご飯食べてください」
「……食えんのかよ」
「!な、なんてことを!食えますよ!」


ぼそり、と呟かれた一言を聞き逃さないで反論すれば、じと目でこちらを見つめる。この目は、信用していないな。


「調理実習で、野菜黒こげにしたの誰だよ」
「!………」
「あーあ、あん時は大変だったよなー。俺らの班だけ別の日にやり直しさせられてさ」
「……り、凛だって、味噌汁ひっくり返したじゃん!」
「!……ありゃ、ハルだろ」
「ハルはずっと鯖焼いてたもん!」


暫くにらみ合いっこが続いて、それに終止符を打ったのは、どちらからともなくこぼれた笑いだった。ひとしきり笑って、凛と向き合った私は、学ランからちょこっと出ている手を伸ばして、凛の手を握る。


「今度は失敗しないから、一緒に食べよう」
「!……おう、」


ぐしゃりと頭を撫でられてへにゃりと、ふぬけた笑いがこぼれる。

約束だよ、凛。絶対に忘れないで。




(沈みゆく日の海で)
鮫柄に迎えに来てもらうから、送って
兄貴に頼んだのか?
まだ!涼太兄が近くで仕事してるはずだから、おまけに
・・・・(あの金髪か
凛?
兄貴呼べ
えー、でも兄さん忙しい……
いいから、呼べ
……はーい


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