008話 早引きでーと
「まつりちゃーん、話聞いてた?」
「え、あ、ごめん」
中庭で皆でお昼中、ぼーっとしていた私が、聞いてませんでした、と正直に答えれば、渚が頬を膨らませて怒っている。ハルとまこは、今朝から変だぞ、といった視線を飛ばしてくるが、それは仕方ないと思う。
今朝から疲れたんだ。私は。
昨晩、こっぴどく兄に叱られたらしい涼太兄は、朝からうじうじしてるし、兄さんは兄さんで、どこかカリカリしていて(私には普段通り優しかった)二人を家に残してくるのが、凄く心配だった。
桃姉ちゃんにでも連絡入れておこうかな。
とか考えていれば、自然と私の意識は、携帯へと向いており、三人の会話も右から左へ抜けていった。
それに私の頭を悩ます種は、これひとつではない。
昨晩、凛が帰ってからメールのやり取りをしたんだけども……。
(凛、寮ついた?
長い間引き留めてごめんね
洗濯物は今度お返しします
今日、凛と話せて
とても楽しかったです)
(おう。
別に急ぎじゃなくていい)
(うん。
凛の時間あるときにでも
今度どこか遊びに行こうね)
(わかった。
早く寝ろ)
・・・・・・・・。
何か、冷たくない?
早く寝ろ?
考えれば考えるほど、どこか腹がたってきて、これより先は返信すらしなかったのだけど、凛からの反応もなし。一応、学校帰りに返しに行けるように服、持ってきたんだけどな。
とまあ、朝からいろんなことが頭をぐるぐるしているわけである。
「だからー!昨日ね、凛ちゃんに会ったんだよ!」
「あー、うん。私も会った」
「「「(え)!?」」」
「え……?」
凛でしょ?私も会ったけど……、
皆が驚いてこちらを凝視するので、何か変なこと言ったかと繰り返せば、皆は再び大声おあげて私に詰め寄った。ハルを除いて。
「どこで!?まつりちゃん、昨日結局家にいたんでしょ!?」
「凛、何か言ってた?」
「え、と…。偶々コンビニ行って、その帰りに偶然家の近くで。何かって、うーんと」
凛と話したことなんてそんなに多くなくて、実際は、私ほぼ凛の腕の中で泣いてたんだよね。家に来てからは、なんか凛の様子おかしかったし、連絡先交換して、それからは、別になんも……。
「連絡先交換して、で、終わり?」
「ええ!?凛ちゃん、まつりちゃんには普通だったの!?」
「ど、どういう意味?」
自分が泣いたことはどうにも恥ずかしくて言えずに、当たり障りないことを口にすれば、渚が大声を上げるものだから、吃驚して上体を後ろに引いてしまった。
普通とは、どういう普通だろうか?どっちかといえば、普通でもなかったような気もするけれど……。
「凛ちゃん、すっごく冷たかったんだ。僕らに。ハルちゃんにはいきなり勝負もちかけるしさー」
「え……?」
思わずハルの方を見やれば、ごろんと芝生に寝転んだまま空を見上げている。ボーとしているだけに見えるが、表情が少し曇っていた気がするのは気のせいじゃない。
凛と、何かあったの?
そう聞きたいけれど、これは私が口出していいことではない気がした。だって、私は知らないもの。ハルが競泳を頑なになってやめた理由すら――。
「どうした?」
「え、何でも?」
「……今日、家来るか?」
私の小さな表情の変化に一番敏感なのはきっとハルだ。まこも侮れないが、逐一気が付いて声をかけてくるのは、ハル。私の大好きで大事な幼馴染。
「ハル、今日、夜ご飯一緒に食べよう」
「……ああ」
「私、作るね!帰り、一緒に買い物していこう」
「俺、鯖しか食わないから」
「たまには違うもの食べるの!」
隣で渚がずるーい!と声を上げていたのを皆で笑って、じゃあ、皆で食べよっか、と話を切り上げたところで校内放送が入った。呼び出された人間が、私以外の三人だったことに不審な目を向ければ、まこが思い当たる節があったように小さく項垂れている。
「何したの?」
「昨日、スイミングクラブに忍び込んだのバレたんじゃないかな。たぶん」
「あー……」
不法侵入で呼び出しとか、何と災難な。
あれ、でも凛とあっちで会っているなら、凛も今頃呼び出されてんのかな?
「まつり、帰るぞ」
「え?呼び出しは?」
「面倒くさい。……買い物行くんだろ?」
「あ、うん!」
まこの方を振り返れば、苦笑しながら「後から行くよ」と声を掛けられた。まあ、午後はあと一時間だし、一度くらい早引しても問題ないか。
私は先に立ち上がって教室に向かうハルを追いかけて、一緒に早退することになりました。
(早引きでーと)
ハルー?いつまで鯖缶前でにらめっこしてるのー?
これは、まだ食べたことない…
一つだけだよ?鯖で冷蔵庫いっぱいなんだから
……わかった
ハンバーグにしよっかな
…かご、持つ
あ、ありがとう!