18 報告
<Side沙羅>
今日は部活、サークル紹介と称した学校主催のクラブ勧誘会が開かれている。
部活やサークルにまだ入っていない学生をとりこもうというのが目的だ。
わたしも自転車部の勧誘に集められていた。
女子が勧誘したほうがいいと言われて、マネージャーの先輩と一緒に勧誘することになった。
「俺と付き合ってくれるなら、自転車部入ってもいいよ」
女子2人だとなめられて、結構絡まれてばかりだ。
そもそもうちの部は練習が厳しい部だし、こんなチャラい勧誘でいいのか?
こんなので入部したヤツなんてすぐに退部するんじゃないの?
いい加減、勧誘相手のうっとうしさに嫌気がさしていた。
アラキター、キンジョー…助けてくれーーー。
荒北も金城も見つけられずに、一緒にいたマネージャーの先輩はイケメンくんと話し込んでいる。
「自転車部の勧誘?これに付き合ってくれるなら考えてあげてもいいよ」
わたしの前の男子がコップを差し出してきた。
おそらくアルコールなんだろう。でも、飲むわけにはいかない。
それだけで終わればよかったのだが、コイツはわたしの肩に手を置いてきた。
なにコイツ、マジでうざいんですけど!あーもう離してぇ!
「いや、別にアンタは勧誘してないから!」
いい加減殴って逃げ出そうかと考えていると、
わたしは誰かに手首をつかまれ、グイッと引き寄せられた。
「こいつ、俺のなんだけどォ。勝手に手ェ出さないでクレルゥ?」
わたしを引き寄せたのは荒北だった。視界が荒北でいっぱいになる。
「いくぞ」
荒北は私の手首をつかんだまま、足早に会場の外を目指して歩いていく。
息苦しい会場を出たところで、手を離してくれるかと思ったのに、まだ離してくれない。
荒北はなにも言わず、ズンズン歩いていく。
ウザメンを引き離すためとはいえ、わたしのことを「俺の」と言った。
誰にでもそんな風に言ってると、勘違いされるぞ!
それでも、少しは嬉しい気持ちがあった。
うれしい気持ちのわたしとは対照的に、荒北はやっぱり何も言わず、機嫌が悪そうに感じる。
なんか言わなきゃダメかな…?
「あ…荒北、助けてくれて、ありがとう!もう大丈夫だし、手、離して?」
「イヤだ」
「なんで?なんか怒ってる…?」
「っるっせ!おめーがベタベタ触らせてんのがイヤだったんだヨ!!」
わたしが触られるのがイヤ…?
わたしの方からは荒北の顔は見えないが、真っ赤になっている耳が見えた。
どういうこと?
さっきの「俺の」発言といい、触られるのがイヤ、といい…
そんなこと言われたら、ほんとに勘違いしちゃうよ。
ダメダメ
彼女がいるヤツを好きになるのは仕方ないけど、それで手を出してしまったら…
啓太が付き合ってた子たちと一緒になってしまう。
彼女がいるヤツが他の女に手を出すのが一番悪いけど、彼女がいるって知ってて付き合うのもダメだ。
だから、わたしは絶対そんなことしない。しちゃいけない。
今のこの空気を換えたくて、必死で何か言おうと考える。
「あ…荒北!なんか飲まない?喉乾いた!」
「…アァ?わーったよ。」
荒北はようやく手を離してくれた。
荒北はベプシ、わたしはオレンジビーナを買って、近くのベンチに座る。
夏の生ぬるい風が私たちの間を通り過ぎていく。
わたしは、荒北に報告しないといけないことがあったのを思い出した。
「あ…あのさ、彼氏と別れました。心配かけてごめん。」
「やっとかよ。けどよ、この前、彼氏の親も旅行に来てたんじゃねーの?」
「そうなんだけど…。将来の話とか、来年一緒に住めばとかごちゃごちゃ言われて…。耐えきれなくって、もう好きじゃない、将来とか約束できない、って言っちゃったんだよね。」
荒北はベプシを飲みながら、静かに聞いてくれた。
「ソッカ。言えてヨカッタネ。」
「…うん」
わたしたちはそのまま黙ってそれぞれ飲み物を飲んだ。
飲み終わってから、いつも通りの道をいつも通りの会話をしながら歩く。
「次は、お前を大事にしてくれるヤツと付き合えよ。」
わたしのマンションの前まで来たときに、荒北に言われた。
大事にしてくれるヤツ、かぁ…
わたしが一緒にいたいのは、あんたなんだよね。
失恋確定でも、すぐにあきらめて別の人を好きになれるほど器用じゃない。
わたしは、あとどのくらいこの痛みと付き合わなきゃいけないんだろう…
そう思うと、足元が蟻地獄の砂のようにどんどんと吸い込まれていくような感じがした。
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